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来世でまた #シロクマ文芸部


消えた鍵は多分、フジロック会場で無くしてしまった。

消えた鍵というのは、彼氏と同棲している部屋の鍵だ。
もう私たちは別れるだろうなと思いながらも、
別れを告げるのはフジロックの後がいいかなと、私たちは今年も一緒に参戦した。


彼とは、高校の時から付き合っている。
好きな海外のバンドが一緒で、なかなか他に知っている人なんていなかったから、初めて話した時は大いに盛り上がった。

その海外のバンドは、イギリスのTHE MUSICという4ピースバンドで、何度かフジロックに出演し凄く日本を気に入っていた。
THE MUSICは解散ライブをイギリスと日本で行うことを発表し、今回のフジロックは、日本での解散ライブだった。

解散ライブなら行くしかないと彼とチケットを取ったが、その時も既に別れの予感はあった。
ただ、これは2人で行くしかないなと思い参加することを決めた。

彼とは、きっと趣味が合うだけの関係だったのかもしれない。
音楽の好きなジャンルは似ていたが、付き合う友達の層も、食の好みも、笑うツボも違う。
最初の頃は趣味の話題ばかりしていて、よく2人でライブやフェスに参加したり、CD・レコード屋をまわったりするのがデートだった。
段々と互いのことを話すようになると、あぁ、この人はきっと同じ趣味じゃないと出会わない人なんだなとフワリと感じた。

社会人になり互いに忙しい日々を過ごす中で、趣味とも疎遠になりがちで、会話も前ほどの温度が無かった。
無言の時間が心地いい、というのは本当にいい関係を築けているからかもしれないが、私は彼との無言の時間が苦痛だった。

そんな中、半年前に今回の解散ライブが発表され、行くことなった。
きっとこれが区切りかな、と私は勝手に思っていた。

THE MUSICのライブはきっと今まで観た何よりも、熱くて、綺麗で、切なくて、かっこ良かった。
ただただ、キラキラしていた。
高校の時、有線イヤホンを片方ずつ彼と聞いたことや、
部活帰りのあの何色も重なっている夕焼け空に思いを馳せた。

彼も、高校生の時私と初めて話した時のような、あの興奮した少年の顔でステージを観ていた。
あぁ、この顔が好きだったな。

ボーカルのロバートは、「また来世で会おう」と再結成はないことを示していた。

ライブは夜の12時過ぎに終わり、始発で帰るしか無く私たちは朝まで会場をふらついた。

歩き疲れていて足はパンパンだし、
服は汗ばんでいて気持ち悪いし、
寝不足で頭が痛いし、
でもとんでもなく良いライブを観たもんだから、
とても良い気分だった。
その時荷物を整理していたら気づいたのだ、家の鍵がないと。
だが、もう探す気力はないし、ここで焦って探すのも嫌だしこのままでいいや、後で彼に言おうと思った。

私たちは無言で始発のバスに乗り、新幹線を乗り、最寄りの駅から自宅までのバスに乗った。
ギラギラと夏の日差しになる前の、キラキラとした朝日が窓から入ってきていた。
「ごめん。私鍵無くしちゃった」
「なんの鍵?」
彼の顔は、あのライブを観ていた時より10歳も年老いた男の人の顔に見えた。

「家の鍵、私たちの。ごめんなさい」
「…そっか。家出るとき大家さんに謝ろうか」
彼も、これが最後と思っていたようだった。

「あのさ、またTHE MUSICのライブあったら一緒に行こうね」
彼はたまに変な冗談を言う。
「えっ、それ来世ってこと?」
彼は口角をあげ、それ以降口を開かなかった。

それから家に着くまで無言で過ごしたが、その無言がとても心地よかった。

▼以下の企画に参加しました!


THE MUSICの解散ライブは、2011年7月31日です!ちなみに再結成してます!
おすすめの曲は「The People」です、是非聴いてください!

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