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海砂糖【シロクマ文芸部】

海砂糖はもう絶滅したと言われて久しい。
では、この目の前にある青みがかった透明の巻貝のようなものは何だ?絵や写真でしか見た事はない。が、たぶん海砂糖・・・だ
「やっと出来たんだ。見てくれ、本物の海砂糖だ」
興奮気味の親友を前に僕は戸惑っていた。

この夏の初め、海辺に越した親戚が泊めてくれるというので二人で海水浴に行った。高校生になって初めて夏、生まれも育ちも海無し県の僕らは、親の同行しない友達同士の旅行にはしゃぎまくった。初日から潮の香りと波と十分に戯れた後、休憩場所を求めて岩場の方へと移動した。

「ここいいね。影だし、波が冷たくて気持ちいいわ」
僕は浅く水に浸かっている岩に腰かけてゆらゆらと波の揺らぎを楽しんでいた。周囲を見渡すと岩間に人ひとり通れるくらいの隙間がある。
「お~い、この奥行けそうだぞ」
先に見つけて少し探索してきたらしい彼が手招きをする。僕は彼の後についていこうとして横に小さな祠があることに気が付いた。僕は嫌な感じがして引き止めたが彼は「すぐ戻る。ちょっとだけ」と言ってひとりでいってしまった。

彼が戻ってきたのは3時間後だった。無事に戻ったはいいが何があったのか話そうとしない。それどころか話しかけても焦点の合わない視線で言葉にならない返事だけだった。

尋常ではない様子に翌日には家に引き上げることにしたのだが、彼は帰りの電車の中でひとことだけ発した。
「海砂糖ってさ・・・」
僕に言っているのか、ひとりごとなのか。

帰るなり彼は目が覚めたように調べものを始めた。当然「海砂糖」のことだろう。夏休みが終わる頃には二人とも何事も無かったかのように過ごしていた。ただ彼は海砂糖については調べ続けているようだった。

そんな彼とはいつの間にか遊ばなくなり、1年も経つとあの時の事も思い出さなくなっていた。そろそろ親友を名乗れないかと思っていた時、2か月も学校を休んでいると聞いて久々に彼にLINEを送ってみることにした。
「よう、どうしてる? 休んでるって聞いた」
「おう、元気してるよ」
レスポンスのタイミングも内容も普通だ。大丈夫そうだ。
そのまま取り留めもないアホな雑談をして、誘われるままに久々に彼の部屋に遊びにいく流れになった。

彼は大丈夫ではなかった。
久々の挨拶も省いて、いきなり海砂糖を出してきたのだ。
「半分はお前のために作ってるんだぞ。食べてみろよ」
「お前、あれからずっとこれしてたのか?」
「いいから、いいから。食べたらわかるから」
勧められたがあの時の彼の様子を思うと、とても口にする気にはなれない。
「ほら、ほら。絶対後悔しないって、てか食べないと後悔するぞ」
相手が親友だとしてもこんなに勧められて怖がらない方がおかしい。
「わかった!じゃ作ったお前が先に食え。そういうもんだろう」
「何だよ。わかった。じゃお先に」
テニスボールサイズの海砂糖には金平糖のようなツノがいくつもあった。彼はそのひとつをポキンと折って口に含んだ。見た目は美味しそうだ。

「どうだ?」
少しの間があり、嫌な予感が当たったと思った。
彼があの時と同じような表情になっている。
いや、ちがう。泣いている。
「違う!違う!違う!!!! これじゃない」
「おい、大丈夫か?どうした?気分悪いか?」
僕にすがりつくような目をしながら彼は奥の部屋の扉を開けた。

いくつもの水槽とその中には大小さまざまな大きさの海砂糖。虹の色をそれぞれ切り取ったかのようにキラキラしている。しかし、その横には割れているもの、スポンジのようになっているものなどがいくつもの段ボールに粗雑に入れてある。

「あの時、これを見つけたんだよ。そこにいた銀河売りが育て方を売ってくれるっていうから・・・」
「お前、銀河売りって!なんて馬鹿なことしたんだ。お前、何を払ったんだ」
「大丈夫だよ、ほんの少しの時間だけだよ」
「でも、駄目だった。どんなに丹念に育てても、きれいに出来上がっても、あの時みたいにはならないんだ。お前と一緒に食べたら変わるかと思ったんだ」

銀河売り絡んでいたことを知って、あの時ひとりで行かせたことや、もっと親身になってやれなかったことの後悔が押し寄せてきた。その罪悪感と彼のすがりつくような視線が僕に絡みつく。それを振りほどきたくて僕は海砂糖の欠片をひとつ口に放り込んだ。

口に甘さが広がると同時に目の前の景色と脳内が入れ替わる。夏なのに冷たい雨が降っていて、長い間雨に打たれた彼が体力を奪われて死にそうになっている。冷たい。温めなくては・・・だめだこのままでは

ブルッと我に返り、今は何曜日の何時何分で、どこにいて、どうしていたかを思い出した。背筋に汗が流れる。

「なぁ、これやっぱ自然に還した方がいいよ。きっと人間が扱っちゃいけないものなんだ。銀河売りが居たんならなおさらだ。だから絶滅したってことにしてあるんだよ。きっと」

彼は何も言わずに頷いた。
その日のうちに二人で海に行き、あの岩場へ海砂糖を還した。

海砂糖は巻貝の一種で岩に生えた苔を餌として成長する。幻覚作用を持つ浪漫苔を特に好むがその毒性は弱い。しかし1才以上の海砂糖の殻にはその毒が蓄積しており、人体に影響を及ぼすほどになる場合もある。

「幻覚?あなたの心の中をちょっと劇画チックに演出して見せるだけのことです。あの日の彼はよほど楽しかったんでしょうね。ちょっと羨ましかったんで、彼の時間を3時間ほどいただいてしまいました」

銀河売りは祠の影から二人を見送り、彼らが置いていった海砂糖をいくつか拾ってガラス瓶に詰めたのだった。

<了>
2200文字超え!?

こちらの企画に参加でございます。
ショートショートではないですね。長さ的に掌偏ですね。皆様もそうですが銀河売りと相性が良い海砂糖。だんだん力量不足を銀河売りに押し付けた感。何だか色んなテイストを言ったり来たり。

イラストは「ガラスの手」と「ミニバラ」の合わせ技のようになりましたね。はい。今まで描いたものを色々素材を切って貼ってです。

他の方の真似して文字入れてみました。
今、マイブームの書体です。









ペンギンのえさ