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Archipelago(多島海)

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詩・散文詩の倉庫01
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2023年2月の記事一覧

二つの塔

頑丈な鉄骨で構築された四角柱の塔が立っている。錆びた梁が上から下までを六つの立方格子に区切り、東側の面を太い配管が真っ直ぐに上行し、頂上で鋭角に折れ曲がって塔の中心を下行すると、やがて漏斗のような物体がそれを受け止める。海辺のセメント工場はとっくに稼働を止め、臓物めいた装置を内部に支え続けた塔も死んでしまった。夜になると、黒々とした塔のシルエットの天辺に紅い灯が二つ、中腹と下部に二つずつ、さながら亡霊の目のように点灯し、眼下のJR駅や国道を走る車を夜警のように見つめている。

岸壁

コンクリート舗装したエプロンに 黄色と黒の斜め縞の車止めがある 飴を曲げたような形の繋船柱が 数メートル置きに並んでいる 幾つかには繋船ロープが掛かり 小型の貨物船が停泊している 陸には貨物上屋が立ち並び 遠くに材木置き場が見える 繋船柱に腰掛けて沖を眺める 鳥が飛んでいるが鷗ではない 乾いた風が全身を撫でて行く 貨物船から低い稼働音が聴こえる 身を乗り出して直下の海を覗く 海面近くを小魚の群れが泳いでいる 空と 海と 陸と 岸壁だけの惑星に 独り

暗渠

山の斜面の家と家の間の、曲がりくねった歩道の裏側を下りて来た暗渠は、海岸線の国道脇に立つゴミ収集ステーションの手前でコンクリートの蓋が無くなり、幅狭な水路に変わる。だがすぐにアスファルト道路の裏側を横切り、海辺の家と家の隙間に開口する。流れ落ちる水が引き潮の砂泥に浸み込み、庇の影がその上に落ちる。左右のコンクリートの縁はもう少し続き、庭先の海岸堤防の開口部で終わる。石積み造りの突堤が湾曲しながら海へ伸びて行く。遠くに島が浮かんでいる。

路上にて

アスファルト道路の表面に、蛇のような黒い波線がひとすじ、進行方向に沿って横たわっている。近寄って見ると亀裂の補修痕のようだ。指先で表面に触れてみる。ゴムのような素材だがとても固い。歩いて行くといろんな形の補修痕が次々に現れて来る、対向車線には道教の呪符みたいなややこしい模様のものもある。 「街を歩いてもアスファルトに走る無数の亀裂から滲み出てくる闇を見つめるだけだ」 遠い大都会の街に住んでいた青年の頃、ノートに書き留めていた言葉。今は海辺の町の路上で補修痕を見つめている。