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見えないものは怖がれない       ――140字では収まりきれないちょっとした違和感

■ うっとーしい左目

小さい頃の私には、俗にいう「霊感」という類のものがあった。より正確に言うなら、それが見えるのは左目だけだったのだが、とにかくこの世ならざるものが見えていた。

見え方はさまざま。
ミストのようにかろうじて人形ひとがたと認識できるギリギリのものもあれば、本当にリアルな人間そのものと同じく見えて、思わず声をかけそうになるくらいのものまで。

最初は、それは誰もが見えているものだと思っていた。
だから、そういう体で普通に話すのだが、誰一人として話にはのってくれないし、勿論、同意も共感も得られない。それどころかこちらが具体的に説明すればするほど、周りの反応はどんどん冷たくなっていき、しまいには、そういう類の話をしようとするだけで嘘つき呼ばわりされた。
怪訝そうに眉をひそめてこちらを見てくる人たちの冷たい視線は幼心にも理不尽に思えたが、所詮、多勢に無勢である。

自分一人だけが見えている「真実」は、社会的には「事実」ではないということ。

小学校に上がる頃になると、さすがに「社会」というものを学習した私は、自分が見えている「異物」について他人に話すことはもうなくなっていた。

それでも時折は、私が「こっち」の人だと思って
「すみませーん、ボール捕ってくださーい」
と声をかけたのが「あっち」の人だったりすると、当然、転がっていくボールはとってもらえず、虚空に向かって呼びかける頭のイカれた小学生に周囲の訝しげな視線が注がれる。そんなこともちょくちょく散発した。

こうなるともう、うっとーしいことこの上ない。
「あっち」の人は、名札でもいい、帽子でもいい、なにか「あっちの者です」という分かり易い目印をつけて出歩いてもらえないものだろうか。勝手な言い分だが、そう思ったことは一度や二度ではない。

時折、霊感がある人がうらやましい♪などと仰る方を目にすることがあるが、この異能を持って得をしたことなどただの一度もない。
人はないものねだりをするものだ、というが、このテの異能は恐らくねだってもろくなことがないものの筆頭だと思う。

■ うっとーしい旅行

それは小学校4年の夏のことだった。
私の住んでいる地域に新設の小学校ができて、既存の3つの小学校から寄せ集められた子どもたちが新しい学校の第一号生徒になることになった。私もその一人だ。

よく、中学校に進学するとき、地域のいくつかの小学校出身者が一つの中学校に進学する、というケース。あれが3年ほど前倒しになったものと思ってもらえたら分かりやすいかもしれない。

こういう場合、最初のうちはどうしたって同じ小学校出身者同士がグループを作り、クラスの中でいくつかのグループができていくのが自然な流れというものだろう。

私はというと、そもそも元の小学校でも特定のグループに所属してはいなかったし、同じ小学校出身者にも親しい友人はいなかったから、新しいクラスでもどこか特定のグループに属することはなかった。

こうして、新しい環境から数ヶ月が経ち、夏休みに入ったある日のこと。

我が家には、普段から家族ぐるみで親しくお付き合いさせてもらっているご近所さんの家族が二つあって、その二つの家族にはそれぞれ、私と同い年の子どもがいた。いや、むしろ私を含めたその3人の子どもつながりで3つの家族が親しくなったといった方が正しいかもしれない。

そんなご近所さん3家族で、ちょっと離れたリゾート施設に1泊2日で旅行しようという計画が持ち上がったのだ。

自分の中では、正直めんどくさい、という思いが大半を占めていて、気乗りしないことこの上なかった。
だが、4月からの数か月を見て、私がクラスの中で軽く孤立しているということを案じている両親の想いも理解はしていたので、表向きは喜んで賛成、という体でその旅行に臨んだ。

私と同行する2人の同級生を簡単に紹介すると、
一人は誠くん(仮名)。
一言でいうならアカレンジャーだ。正義感の塊でやたらめったらリーダーシップをとりたがる。決して悪い人間ではないのだが、親しく付き合うとなると少々暑苦しい^m^

もう一人は骨川くん(仮名)。
一人がアカレンジャーなので、もう一人の子も、なにがしレンジャーで例えられたら都合が良かったのだが、どう考えても一番しっくりくるのは『ドラえもん』に登場する骨川スネ夫なので仕方ない。
小学校に上がる前から誠くんとは親しく、というか、はっきりいえば誠くんの腰ぎんちゃくである。こちらも決して悪い人間ではないが、何をさせてもそれなり以上にこなせる誠くんにべったりで、あからさまに媚びへつらっているさまは、子ども心にもいささか卑屈に映っていた。

かくして、個人的にはまるで気乗りしない1泊2日のリゾートツアーが幕を開ける。

■ うっとーしくはないが滑稽なもの

最初に入ろうと言い出したのは、アカレンジャー……もとい、誠くんだ。
「お化け屋敷」。正確には、なにかもうちょっと具体的なおどろおどろしいタイトルがついていたと思うが、そこまでは覚えていない。

誠くん的には、己の勇敢さ、リーダーシップの高さを誇示したかったのかもしれない。
面白そうじゃん、ここ。行こうぜ!と特に他二人の同意をとるわけでもなく、意気揚々と入り口に向かって進んでいく。
スネ…骨川くんは、嫌だよう、怖いようを連発しながらも、結局は誠くんの決定には逆らえない。
私も、そんな二人の後ろを仕方なくついていくような形で中へ入った。

いざ入ってみると、そこはまだまだ10歳の小学生、最初は威風堂々だった誠くんも、5分と経たず戦々恐々となり、隊列の先頭も気が付けばいつの間にか私に替わっていた。

ただ、戦慄のお化け屋敷も、常日頃から「そういうもの」を見慣れている私にとっては照明の行き届いていない迷路でしかない。
とにかく先を急ぎ、とっとと終わらせたかった。

そもそも、お化け屋敷の一体何をどう楽しんでいいのかが分からない。普段から「本物」をいやというほど見ているのだから、今さらそのフェイクを見せられても……というのが正直なところなのだ。

随所で突然飛び出してくる「人間」にビックリさせられることはあっても、決して怖いとは思えない。
が、それが繰り返されると、だんだんうっとうしく感じ始め、早く終わらせたい、という気持ちはますます強くなっていった。

そんな「演出」を繰り返し見せつけられた中でのとある部屋。
扉を開けると、そのすぐ先に「お化け」がいて、半ば早足で駈けこんだ私と思わずぶつかりそうになってしまった。

危なっ!
すんでのところで横にかわして避けることに成功した私は、相手にぶつかっていないことを確認するように振り返った。

――?
振り返ったが、そこに「お化け」はいなかった。
あれ?
不審に思い部屋を見渡すと、さして広くはないその部屋の奥の方に「それ」は移動していた。明らかに異質な存在感。

「いや、本物もいるんかーい!」

思わず声が出てしまった。
意表を突かれるとはこういうことなのだろう。散々フェイクを見せられ続けた末の「本物」のご登場なのだから。

今となってはどうでもいいことだが、幼い頃に比べると、「あっち」の人たちの見え方も少し変わっていた。
的確に表現するのが難しいのだが、見えてるその姿の「色合いオーラ」みたいなもので、こちらに興味を持っているとか、警戒して怯えているとか、あるいは敵意をむき出しにしているとか。
そういった相手の感情みたいなものも朧気ではあるがだんだんと解るようになってきていたのだ。

突然遭遇した「本物」は、思わず上げてしまった私の声に反応して、ちょっと警戒感を強めたように思えた。
が、その警戒の色も一瞬だけで、あとは私の方にちょっと興味っぽいものを示しながら、視線をまっすぐに向けて距離を置いている。とりあえず危険な感じはしない。

と、そこで、あることに気づいた。いや、思い出したといってもいいだろう。
今、自分には連れが二人いたのだ、と。
それでなくても、ここまでの道中の「お化け」たちの演出で絶叫を連発し、さんざんビビらされている二人である、ここにきて「本物」を見たりなんかしたら、良くて失禁、ヘタすれば気絶でもしかねない。

しかし、後ろを振り返った私が見たのは、恐怖に固まった友人ではなく、怪訝そうな目で私を見ている二人の小学4年生だった。

え?
私は、今一度部屋の奥にたたずんでいる「本物」がまだいるのを見て、それから二人の友人を見る。やはりキョトンだ。
さして遠く離れてはいない部屋の奥に佇む「本物」には一瞥もくれず、ただ私を凝視している。なまじ恐怖が混じっているだけに、脅かすんじゃねーよボケ、的な苛立ちすら微かに感じる。

この感覚は、例のアレだ。
誰もいない虚空に話しかけるイカれた小学生を見る不審な目。明らかに二人にはこの「本物」が見えていない。

そのことに気づいた私は、無性に笑えてきた。
だってそうだろう。ここまで、さんざん「人間フェイク」の演出にさえ恐怖の叫びを挙げ続けていたのに、いざ「本物」が現れた時にはそれを驚くことができないなんて。
言い方は悪いが、こんなトコまでわざわざ来たのは何のためよ、そう言いたくもなる。申し訳ないが、二人の連れが滑稽に見えて仕方がなかった。

人は、見えないものに恐怖する。
見えないからこそ恐怖するといってもいいかもしれない。
でも、本当に見えないものには恐怖しようがないのだ。
つまり、人が恐怖しているのは、結局、自分自身の「恐怖心」に他ならないのではなかろか。

私は、不毛と思っていたこの小一時間で、そんなことを学んだような気がした。

すんでのところで笑い出すのを堪えた私のもとに、二人が恐る恐る歩み寄ってきた。その表情には、まだ恐怖心が見てとれる。

「あ、ごめんごめん。なんかいたような気がしたんだけど、気のせいだったわ」
その場の平穏を取り戻すためのウソ。
でも、これはそう、方便だ。そう自分を繕いながら横目で部屋の奥をチラ見する。
「本物」はいつの間にかいなくなっていた。もしかしたら、私のウソを気遣って本当にしてくれたのかもしれない。

こうして、3人の「冒険」は無事にエンディングを迎えることができた。
光あふれる世界に戻ったことで、二人の表情にも安堵感が見てとれる。

いやあ、怖かったねぇ、怖かったねぇ、
言葉とは裏腹に心持ちホッとした声色の骨川くんと、
いや、全然、大したことなかったじゃないか、
とやはりホッとした声の誠くん。

そんな二人のやりとりに、堪えきれずに小さく吹き出してしまった。

ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、お化け屋敷が好きになれたかもしれない。


画像ヘッダーは、メイプル楓さんの「みんなのフォトギャラリー」から「Vol019440no010」をお借りしました。この場をお借りして厚く御礼申し上げますm(__)m♪

相変わらず、味のあるステキなイラストですね(o^-')b♪

こんなダラダラと長ったらしい記事に最後まで目を通していただき、その忍耐強さと博愛の御心にひたすら感謝☆です ありがとうございます ご覧いただけただけで幸甚この上なっしんぐなので サポートは、私なんかではなくぜひぜひ他の優れたnoteクリエイターさんへプリーズ\(^o^)/♪