窓越しの世界・総集編2019年1月の世界
1/1【今年のはじまり】
長い眠りから覚めると、今朝も富士山が美しくそびえている。時計を見ると12時間も眠っていたらしい。
いつもと同じように先に起きていたトトがご飯を待っている。
夢うつつにキャットフードの入っている瓶がゴトゴト鳴っていたから、もう随分まえからお腹をすかせているはずだった。
一緒に日向ぼっこをして、今年のはじまり。
1/2【よく星空を眺める少年】
とにかく寒くて、そして星空が綺麗だった。
美しい星空を仰ぐのはとても久しぶりな気がした。
とても懐かしい気持ちになって思ったことがある。
きっと僕は、よく星空を眺める少年だった。
1/3【少しずつ生まれ変わる】
一段だけ、引き出しを整理する。たったそれだけ。
明日は、もう一段を整理してみる。
そうやって、僕は少しずつ生まれ変わっていこうと思う。
1/4【求めるところまでいけば】
一音一音を確かめながら進むと、どうしても時間がかかる。
スタジオの利用延長は1時間、また1時間と重なっていく。
時間とお金が肌身にしみて、なおさら身が入る。
この声の響きの改造、客観的に見れば少し狂気的でもある。
音の流れの中で、とても高度な間違い探しが連続していくよう。
この声が僕の求めるところまで行けば、
誰も理解できないだろうけれど、誰もが無意識に感じ取るだろう。
1/5【最後に一番効くこと】
昼間のアルコールが完全に抜けると、まだ今日を終わらすにはもったいなくスタジオへ向かう。
年末から年始にかけての不調はデトックス効果もあるようで、心をはっきりさせてくれている。
体はまだ本調子とはいかないけれど、そのぶん余計なことの入る余白がなくスッキリしている。
すぐには思い出せない大切なことも、ノートにびっしり書いてあるそれを頼りに忘却と再生を繰り返していく。
心の高鳴りや高揚感とは無縁なこの繰り返しが、実は最後に一番効くはず。
1/6【新月の夜】
遅くなって、やっぱりスタジオに行こうと思った。
自転車に乗って夜風に紛れていると頭の中が晴れて、結局のところ僕のするべきことは一つだった。
いつものスタジオに入ると、静けさの中に自分を感じられる。
歌を歌って生きて行こうと、決意新たにする新月の夜。
1/7【本当は】
真摯に音を出す。
たったそれだけのことが、遠くなってしまうことがある。
それが何よりも大切なことで、
本当は、それ以外のことは何一つ必要ない。
1/8【今も、昔も】
入間市駅へ降り立つと、その光景だけで胸が熱くなる。
ギターを背負った女の子が二人、僕の前を歩いている。
サイズ的にアコースティックギターだ。
階段を上がると、たくさんの学生服とすれ違う時間帯だった。
僕はもういい大人だけれど、どこか気持ちはあの頃のままだったりする。
表面を取り繕う一つずつを剥がしてみれば、
今も、昔も、同じ気持ちで歌が書ける気がしている。
むしろ、これまでも、そうしなければ曲は生まれてこなかっただろう。
1/9【冷凍庫の中】
遠い夏の記憶。
祖父の経営していたスーパーマーケットのアイス売り場の冷凍庫に顔を突っ込んで、鼻からいっぱいに冷気を吸い込んだ。
この頃の冷たい夜風を同じように鼻からいっぱい吸い込むと、ほとんどあの時と同じ。
ペダルを漕ぐに連れて温まる体に気がつく頃、僕の家の明かりが見えてくる。
1/10 【腑に落ちる】
今夜も遅くなってしまったけれど、スタジオへ自転車を走らせた。
カレンダーを見ると、今年に入ってほとんど毎日のスタジオ通い。
課題が山積みだから仕方がない。
技術がなければ演技はできない。そう考えると、さらに腑に落ちる。
1/11【真夜中のguzuri】
長い一日が終わろうとしている。
朝目覚めた場所と、眠る場所が違う夜。
現実感が乏しいのは、眠気のせいか、
それとも、さっきまでの暖かいリビングを遠く離れて、
数年ぶりに立ち寄ったスーパー銭湯のぬるいお湯に、過去と現在をかき乱されたせいか。
真夜中のguzuriの静けさに身を任せて。
おやすみ。
1/12【強い決意があっても尚】
タバコをやめるまではとにかく徐々に、緩やかにだった。6年かかった。
決意という決意はことごとく打ち砕かれて、たどり着いた時には28歳だった。
今も同じように変えたい事があるけれど、また同じように数年かかるだろう。
僕はきっと、緩やかにしか変われない。強い決意があっても尚。
1/13【創作 構築 建設】
創作の時間。構築の時間。創作と構築を建設する時間。
この三つが割と曖昧だから、しばらく意識してみたい。
朝は創作。昼は構築。夜は建設。
1/14【見つめているだけの時間】
長い時間をかけて積み上げたものも、崩れる時は一瞬だったりする。
崩れた山に手をつけてみても、さらに崩れてしまうだろう。
もうすく今日が終わる。
スタジオの扉を開けて、夜風をいっぱいに吸い込む。
始めてみようかな。
つい触れたくなるそれを、見つめているだけの時間を。
1/15【天才たちと僕】
レールが見えた。声のレール。道というよりレールだった。
これまで書き留めたいろいろとは違うけれど、解釈の問題だと思った。
こんなことを、天然で天性でやっている人がいる。
やっぱり天才はいる。
僕はそれではなかったけれど、その人たちのようになりたいし、
もし、レールを見失ってしまうそんな人がいたら、きっといつか僕が役に立つだろう。
1/16【制限の必要】
もうすぐ時計は深夜0時。今夜この時間は僕だけだった。
時計を気にして音楽をすることが昔は嫌だった。
今、時計を気にして、追われるような時間を楽しんでいる。
限りある時間で、何かを成し遂げる為には、それが必要。
1/17【今日も今日なり】
今夜も今日なりの成果に胸を撫でおろし、夜道にペダルを漕ぎ始めた。
ホームセンターへ寄って壊れかけのソファーのための部品を調達。
割れた洗面台の補修剤と、窓の隙間を埋めるテープも買う。
家に帰り、ソファーを治す時も窓の隙間を埋める時も、
トトが興味深そうに寄り添ってくる。
だいぶ夜も更けてからストーブ点火。そのくらいの寒さ。
風が強くなって、隙間テープを明日もう少し買い足そうと思う。
1/18【ほぼ毎日】
太陽の傾き方が刻々と変化している。
強烈な西日が廊下を突き抜けて、僕の部屋の扉に陽だまりを作った。
もうあと何日もすれば、ここから見える日没はまさにダイヤモンド富士。
カレンダーを見て驚くのは、今年も12分の1が過ぎようとしていて、
僕は今年に入ってほぼ毎日、スタジオに通っているのだった。
1/19【抜け出したい】
本当に必要なものは、僕の身の周りにどれだけあるだろう。
忘れ去られた物たちに、再びスポットライトの当たる日は来るのだろうか。
手放すために手に入れることから、抜け出したい。
1/20【時が経てば】
残された時間を考えるようになった。
まだまだこれから、の筈だった今世は、気がつけば随分と目減りしている。
ほとんど満たされた月の明かりと、故郷の街が美しい。
今夜、この場所に立ったことが何を意味していたのか。それとも意味などなかったのか。
時が経てば、答えがそこにあるはず。
1/21【旅立ちの夜】
これでもかというくらいトトとハグをして、そして家を出た。
バスの時間まで少しあるので、スタジオで時間を過ごす。
本当に怖いと思うのは、たった昨日というブランクで少し調子を落としているということ。
それはとても繊細で、まだ僕の身に付いている物では無いという証拠だった。
今日の夕焼けの具合だと、ここ数日のうちに日没はダイヤモンド富士を迎えるけれど、
僕はそれを見ることができない。
東京上空から見る夜景は、ビルの点滅の赤色で、すこし気味が悪く、でも美しかった。
期待していた満月は見つけることが出来なくて、僕はすぐに眠くなって、
空いている三列シートに横たわる。
1/22【聖域】
人は心に聖域を持っているはずだけれど、ほとんどその外で暮らしている。
その境目は曖昧で、常に出たり入ったりしているのだろう。
この国には、人々の聖域を守ってくれる場所が日常的にあって、それが寺の持つ役割だと思った。
僧はそれを守る門番。人々は門番を敬い、そして保護しているように僕の目には映る。
ブッダの鎮座する本堂は紛れもなく聖域で、その聖域の中で僕は、僕自身の聖域を思い出していた。
1/23【幻想への憧れ】
チェンマイを発つ汽車が動き出す。曇った窓ガラスに日没前の低い太陽の光が差し込んで、まだゆっくりと徐行する車窓から、新型のピックアップトラックの周りで戯れる兄弟のような3人組を見た。
急にさみしい気持ちになったのは、これから家路につくであろう彼らに、過去の自分を投影したからだろうか。
そのあとも、線路沿いに続く道を行くバイクやトラックを見るたびに胸が軋んだ。
きっと僕は幻想に憧れを抱いているのだけれど、そんな気持ちを尊いと思った。
1/24【耳を澄ます】
バンコクの小さなスタジオ。
日本と変わらず、ギターを持った青年がやってきて練習に励んでいる。
2日ぶりにしっかりと声を出してみて、やっぱり一日一日が命取りだと思った。
はたから見れば同じでも、僕の中では確実に衰えている。
自分だけは騙すことが出来ない。
周りが許してくれることに甘んじて生きることが決して悪いとは思わない。
それでも、自分を騙し騙し進めば、
自分を騙していることさえも、見失ってしまう。
うるさくて生音がかき消されるスタジオの冷房装置を切って、
自分の声と体に耳を澄ます。
1/25【矛を知り、矛を収める】
何かを攻める気持ちというものは、そのまま自分に帰ってくる。
気がつけば心が痛んでいる。
そういう感情そのものを消し去ることが今は出来ないのなら、
せめて、矛を知り、矛を収める。
そんな風でありたい。
1/26【悲しさから】
チャオプラヤー川の水面が日差しに瞬く。
その美しさに波を立てるのは、引っ切り無しに横切る観光船や貨物船、そして小さな漁船達だった。
黙っていればただただ穏やかだろうこの川を見ていると、
美しいものを破壊してしまう人の業を感じずにはいられない。
父と話せばな話すほど、残念な気持ちになるのはそれと同じで無情だった。
本当に悲しくて、そこから学ぶことが、確かにあった。
1/27【家族】
ゆりかごのように揺れる寝台列車。
2時間置きくらいに目が覚めるけれど、そのどれもが、もう朝なのではないかと思うくらい深い眠りで驚く。
最後に目覚めた時、
僕はずっと家族が欲しかったのだと気がつく。
当たり前の家族の日常。
父がいて、母がいて、姉たちがいる。
夕方家に帰るとみんながいて、食卓を囲む。
日没の始まりとともに出発した汽車で過ごす父との時間は、
もしかしたらあった筈の日常を感じずにはいられなかった。
そして、父が、こんな遠いところまで来て見つけた精神世界は、何かを信じる心は、
きっと母の中にも見つけられただろうなって、そう思うと、
涙を堪えるのは難しかった。
明日の最後の時間の中で、僕はそのことを伝えるべきなのか、
伝えるべきことのような気がするのだけれど、
それはその時に決めようと思う。
あぁ、車窓から、木々が、山々が、ぼんやりと輪郭を成してゆく。
チェンマイへ向かう食堂車で迎える夜明けの中にて。
1/28【僕の知っている答え】
天空の寺院を観光する父は楽しそうだった。
その微笑みが抱える苦悩や後悔、寂しさが、時折、なんだか自分の一部のようで切ない。
父が僕に微笑みかけてくる度、一つ、また一つ、心を縛っていたものがほどけていった気がする。
こんな遠い国で、孤独に身を置いて、生涯を一人で終えようとしている父の寂しさを、
僕はどんな風に受け止めれば良いのだろう。
父は老いたけれど、学び舎で学ぶ少年のように生き直している。
僕の知っている僕の見た答えは、秘めておくことにした。
1/29【父の背中】
雲ひとつ無いの東の空が朝日を浴びて薄紫が染み込んでいく。
少しずつ遠ざかる父の背中が不意に立ち止まり、その前でひざまずく人影が見えた。
明日も、明後日も、父はこの道を行くのだろう。
そして、何かを思い、何かに悔いたり、学んだりを繰り返すのだろうか。
そして僕は、明日からの、またいつもの景色に何を見るのだろう。
羽田空港まではあと45分。東京は摂氏7度らしい。
初めて見ると言っていいだろう父の背中は、老いて、弱々しくて、それでもしっかりと立っていた。
1/30【書き留めておけば】
朝食越しの景色が日常に戻った。
疲れていたのだろう。また無意識の中に緊張感もあっただろう。
旅の間はほとんど夜明け前に起きる生活だったから、久しぶりに深い眠りに落ちた。
久しぶりのトトは、僕が目覚めるまでずっと添い寝をしてくれた。
朝食をとりながら、昨日までの9日間が、不意にさっきまで見ていた深い夢の出来事のような気がして、ちょっと不安になった。
旅の中で強く感じた何かも、すでに消え始めていることが恐ろしかった。
やがて、スランプに陥ったバッターのように、芯の捉え方を忘れてしまう日がくるだろう。
今はただ、そんな日が必ずやってきてしまうと肝に命じておくことしかできないけれど、でも、大丈夫。
ここに書き留めておけば。
1/31【未知とロジック】
骨盤底筋の存在に気がついて、ネットで調べると、やっぱり歌との因果関係があった。
ここまでくると、底なし沼のような気がしてくるが、神秘とか不思議というものには、
必ずロジックが存在するのだという確信めいた気持ちになってくる。
テレパシーや霊、エネルギーの存在も、きっとロジックの中にあるのだと思うと、
未知の世界への畏怖や尊敬の気持ちが、ますます否応なしに育っていく。
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