窓越しの世界 2022.8.19~9.29
8/19【僕は空へ】
欲求は或る幸福の形。
それを満たすことから離れられたら、僕は空へ帰るのかもしれない。
それよりも先に欲求が耐えたら、どうなるのだろう。
8/20【無力と称賛】
トトが朝からセミ待ち。
僕は木製CDを作る。
午後はスタジオに出かけ、無力と称賛を繰り返す。
8/21【その対比】
高速道路を降りると、スカイツリーがそびえていた。
かつて巨大だと思っていたアサヒビルの金色が、なんとも言えないほど小さい。
その対比と時間の流れが、僕を少し苦しめた。
8/22【薮を】
健康診断の結果を聞き、法務局へ行き、税務署へ向かった。
今のところは健康の体で、自転車をたくさん漕いだ。
薮をかき分けていくような心地でアスファルトを行く。
8/23【Lonely People】
新しさと、懐かしさ。
どちらも行ったり来たりして前へ進む。
アメリカ「Lonely People」の中に。
8/24【家の塀】
今日も一日中事務仕事に明け暮れる。
ただただ数字を積み上げていく。
家の塀を積み上げているようなものだろう。
8/25【心はもっと】
停滞する思考の切り抜け方も、知らず知らずに覚えた。
思考というものを心と混同してはいけない。
心はもっと、多分もっと簡単だ。
8/26【記憶の丘】
知らなくてもいいことばかり知ってしまったけれど、それが生きるということ。
知るという禁断の果実。
知らないという孤独。
湾岸エリアの殺伐の中にも、僕の記憶の草花が育っていた。
シガーロスという記憶の丘で。
8/27【理解などは求めない】
こんなふうに、ただ明るすぎる星に驚き立ち止まることが嬉しい。
トトに知らせてみた。
理解などは求めない。
8/28【人は変わるんだな】
いつか来た窓辺に座り景色を眺める。
喫茶店のアプローチが変わっていて記憶は曖昧のまま。
10数年前の僕を思い返しながら、人は変わるんだなと思った。
8/29【5時半】
曇り空で夜明の雰囲気乏しい早朝。
目覚ましのアラームが3回繰り返す間に、昨晩の洗い物とトトのトイレを片付ける。
ちょっと寒いな。
長袖を着てスタジオに向かう5時半。
8/30【子供のまま】
富士宮の町へ入ると、胸がキュッとなる。
いつかの僕や君の影ばかり目について、今の僕はどこか薄くなる。
晩御飯が運ばれてくる。
僕は子供のままだ。
8/31【揺らいだまま】
母とお茶をする尊い時間が、この先どのくらい残されているのだろうか。
スーパーマーケットで買い物をして、晩御飯のことを話したり、過去や未来のことを話したり。
こうして遠く離れて暮らす意味は一体なんなのだろうか。
たくさん思いつくけれど、どれも絶対ではなく、揺らいだままの量子が確定しては不確定な留まりに変わり続ける。
9/1【ゆっくり走る】
ゆっくり走ると、眠くならないし、景色もよく見える。
3時間が2時間半になるメリットが見当たらなければ、ゆっくり走ろう。
サービスエリアへも二度立ち寄る。
駿河台でソフトクリーム。
海老名でトイレ。
9/2【守ってあげたい】
スタジオの窓から外を眺めると、数日間の休息が嘘のよう。
たくさんの人たちに守られている。
その顔が浮かぶと、守ってあげたい。
そう思うのだ。
9/3【トトへ】
君のこと、僕はわからない。
君自身にも、わからないだろう。
僕も僕をよく知らないのだ。
わかっていることもあるのだけれど、
わからないことの方が多いと思う。
それでもお互い、見つめることをやめない。
やめないってことが、嬉しいよ。
9/4【朝の日差し】
影が濃くてハッとする。
始まる時と同じくらいの熱量。
終わりが始まる知らせのような朝の日差し。
9/5【僕の家においでよ】
作品に誰かの音が入るとき、家に招くような気持ちになる。
ただの友達ではなく「僕の家においでよ。」
そう言いたくなる人にだけ、僕は声をかけるのかもしれない。
9/6【父に会う】
3年半ぶりに父に会う。
僕たちは、前よりも父と子になっている気がした。
西荻の古い喫茶店で。
年が明けたら、またチェンマイに行きたい。
9/7【雨宿り】
強くなる雨音を聞きながら、次第に大きな水溜まりになる公園を眺めた。
雨雲レーダーによるとそろそろ雲が途切れる。
知れる便利さと、知らぬまま待ちたいという思いが拮抗する。
9/8【制限時間の引力】
バイト前の集中力を思い出した。
あと10分。
制限時間の引力を。
曲作りをしている僕は、あと10分でレコーディングエンジニアに切り替わる。
9/9【言葉が育つ】
思いを言葉にしなくなると、言葉が育つ。
5秒、10秒、1時間。
少し寝かせると、言葉が育つ。
9/10【合いの子を手に】
トレーニングの帰りで立ち寄ったサウナは満員で入れなかった。
仕方なしにテレビのある中華料理店へ。そこも僕で満席となる。
街は賑やかさを取り戻して、人々は諦めと慣れの合いの子を手にしている。
9/11【足りないくらいでいい】
久しぶりに西武線の下り電車に揺られていると、少し昔の記憶が滲んでくる。
ホームで電車を待つ間、新しい曲をリピートし続けた。
納得とか自賛とかは特になく、出来てしまった作品の言葉足らずについて考えていた。
言葉は足りないくらいでいい。
9/12【終わりの季節】
税務署帰りにいつもの喫茶店へ立ち寄り、公園を眺めている。
午後の来客までは少し時間がある。
蝉の声も、風も、光も、終わりの季節。
9/13【経験値に委ねられる】
驚きと嫉妬、尊敬。
自分には無いものを目の当たりにした時に押し寄せる波。
そのバランスは、経験値に委ねられる。
9/14【僕の抜け殻よ】
水風呂に入り、全身の血管を呼応させる。
3セットを終えて夜風にあたる。
サウナ室に脱ぎ捨てられた薄い僕の抜け殻よ、さようなら。
9/15【持っている幸せと】
従うことが強制の意識から、享受になったのはいつ頃だろうか。
決して揃うことのない足並みが潜むことを徐々に実感として蓄えてきた。
そんな実感は捨ててしまいたいけれど、無理だろうから、持っている幸せと共に歩む。
9/16【君になりたい】
狙っていたセミが飛び立った時、トトは何を思うのだろう。
すぐに忘れ、執着せず、次の楽しみに向かう君になりたい。
9/17【不器用さの中でしか】
ピアノの弾き心地が良くないので、ここ数年で一番爪を短くする。
鍵盤の硬さが指先に触れると、気持ちまで伝わる気がした。
この不器用さの中でしか表現できない今がある。
9/18【せい】
集団でいることを離れた理由。
エラーをした誰かのせいで試合が負けたとき、心の片隅でひっそり思うその感情が嫌いだった。
僕は誰かのせいにしてしまう自分が嫌いだった。
9/19【暗黙】
言葉を使わずに終わりにする。
暗黙。
それはこの世界に必要なこと。
誰も傷つけないために。
それでも誰かは傷つく。
9/20【微かに、確かに】
感情を受け流したり、受け止めたり、洪水を防ぐための構造が整えられた河川のように構築されていく。
人生とは河川改修の連続で、それでも僕の川の中で未改修な小川が存在すると思いたい。
ピアノの弾き語りをしていると、そんな源流を微かに、確かに感じた。
9/21【新しい扉を開けた夜】
仄暗いビストロの扉を開けると、小さな蝋燭がいくつも灯る窓のない閉塞感のある部屋だった。
壁の一角に推し込められた古い本たちが唯一その空間に奥行きを添えている。
知識とか教養、ユーモアという4次元的な目には映らない奥行きを感じると、不思議とその場所に留まる苦から離れられた。
運ばれてくる料理はどれも好みで、後から来たカップルと、4人組の会話の刺々しさを忘れさせてくれた。
知らない扉を開けることが少なくなったこの町の、新しい扉を開けた夜。
9/22【記念日】
トトとよく似た猫のポストカードから、長谷川潾二郎の世界に触れた。
ロマンスカーに揺られ帰路に着く間も、その出会いに感謝した。
おそらく、インターネットをウロウロしたところでアルゴリズムに囲われ、決して出会うことのなかった人。
発見の充実感がみなぎる、記念日。
9/23【食事】
食事は特に、共通項。
同じ釜の飯を食べることは、同じ素材で体を満たすことは、前提を一つ共存させる。
今日も帰れない、帰れるが、帰れない、それは帰らないと同じこと。
玄関を開けると暗い部屋。土鍋に半分の冷えた白米。
トトだけが眠い目に眩しそうな表情で食卓へ現れる。
9/24【あとは何もせず】
修理中の車を取りに東所沢まで電車に揺られる。
西国分寺下車のつもりが国分寺で、東所沢下車のつもりが秋津でと、少しバグを起こしている自分を可愛らしいなと眺める。
家に帰っても疲れが溜まっているのかやる気がせず、スタジオへは行かず家で過ごす。
今夜はカレー。買い出しに少し出て、あとは何もせず。
9/25【頭の片隅】
苔の草原をゆく蟻を眺めているた。視点を変えるとそこは大草原であり、そこから僕の家は遥か地平の彼方であった。
何かをしてみるといいよ。
そんな言葉はもう何年も人に言われたことがなく、先日父に「何か書いてみないか?」そう言われたことが頭の片隅にある。
9/26【すぐにでも】
ドラムの増村とベースの伊賀さんと3人で一発録音をする。今日はその一曲だけ。
17テイクの中の12テイク目が、雰囲気がいいし誰もミスをしていない。
これだね、そう言って午後23時、解散。
こんな録音を何ヶ月も続けていたいと思った。
全てのバンドメンバーの生活を保護できる財力さえあれば今すぐにでも実行するのだけれど。
9/27【何かが動き始める】
てつさんにドラムを録音してもらう。
立夫さんの時と同じような、本物のプロの音がした。
練習すればたどり着くという類のものではない達人の領域。
早めに録音が終わったので池尻まで足を伸ばして晩餐。
全ての会話に解釈がもたらされ、藤井さんを思い出した。
静かに、賑やかに、また何かが動き始める。
9/28【敷居】
生まれながらにして携えているものと、生まれてから得ていくこと。
諦めと絶望から発生するホルモンに動かされて生きる。
充実や満足の敷居が高くなる必然の中で。
9/29【移行と消去】
忘れていない後回しのことが積もる。
金木犀の香りがあからさまになると、思い出すことも押し寄せてくる。
メモリの移行と消去の繰り返し。