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読者の皆さんとラジオと宴は終わったがと

大沢悠里と同時の終了

 TBSのラジオ番組「大沢悠里のゆうゆうワイド(以下「ゆうゆうワイド」)」終了の発表後(※1)、同局ラジオ番組「伊集院光とらじおと(以下「らじおと」と略)」(※2)の終了が発表された。「らじおと」は平日に放送されていた時間帯の大沢悠里(以下「大沢」と略)」の後任という形で始まった番組であったが、引き継いでからわずか6年で幕引きとなった。

 私は朝の通勤時間にラジオを聞く習慣があり、大沢が平日に「ゆうゆうワイド」を担当していたとき「ゆうゆうワイド」を聞いていた。ただ、伊集院光(以下「伊集院」と略)の番組も深夜のラジオ番組「伊集院光 深夜の馬鹿力(以下「馬鹿力」と略)」は聞いたことがなかったが、日曜日の昼に放送されたラジオ番組「伊集院光 日曜大将軍(以下「日曜大将軍」)」、「伊集院光 日曜日の秘密基地(以下「秘密基地」)」を聞いており、それらは面白いと思った。だから、伊集院は大沢とはタイプが違うが、日曜日の昼に放送されたラジオ番組の面白さを踏まえると同時に「ゆうゆうワイド」に親しんできたリスナーも楽しんでもらえるようなラジオ番組になるのだろうと思い、最初は「らじおと」を通勤途中や休みの日に聞いていた。

 だが、伊集院の特徴である大きい声とハイテンションでしゃべる雰囲気が自分の持っている朝の雰囲気のイメージとは合っていないと感じるようになり、文化放送のラジオ番組「くにまるジャパン 極」を聞くようになった。それでも「らじおと」は聴取率1位が続いていたので「らじおと」も長寿番組になるのではないかと思っていた。それが「ゆうゆうワイド」と同時に番組終了発表となったのにはある種の皮肉を感じた。

芸の問題なのか

 伊集院ファンの中には今回の放送終了の件を、ラジオに対するスタンスが伊集院と異なるとされるTBSサイドが、今年9月に降板したアシスタントへの「らじおと」の放送中における伊集院の発言をパワハラに仕立て、週刊誌に書かせたことが原因と主張する者がいる。(※3)しかし、それ以前にも伊集院はパワハラとしか思えない言動を「らじおと」のスタッフに行っている。

 「らじおと」のスタッフがLINEでの伊集院の悪口を誤って伊集院に送ったことを知った伊集院は、自身の番組「馬鹿力」でその顛末を面白おかしく話したことがある。(※4)身内に関する問題は、当事者本人の人格の尊重や関係のない第三者を巻き込まないよう、問題があれば人目を避けて本人に直接叱る、注意をするということが社会常識である。にもかかわらず、ラジオ番組という公開の場でネタとして話すのは社会常識に欠ける「らじおと」のスタッフを辱める行為でしかない。

 伊集院は芸能界で仕事を続けてきた人であり、芸能界の徒弟制度の世界ではよくあるネタとする意見もあるだろう。しかし、仮に芸能人同士や自分の弟子であっても社会常識に反するようなことを面白おかしくネタにするべきではない。また、今回伊集院が対象にしたのは芸能人や弟子ではなく番組のスタッフである。面白おかしく芸の形で披露をするのであれば、社会の非常識を容認ないし黙認してもいいという風潮は許されるべきではない

出演者中心主義は支持を得られるか

 「ゆうゆうワイド」の放送で印象に残っているのが、放送の最後に大沢が行うスタッフ紹介である。「ゆうゆうワイド」の番組スタッフの各担当者をそれぞれ読み上げて、最後「以上○○でした」と○○の中に茶化すような言葉で〆て視聴者、パートナー、スタッフの笑いを誘うというものである。また、「ゆうゆうワイド」の冒頭で大沢はお仕事中の方、病気療養中の方もお聞きください、と語りかけている。(※5)社交辞令とか、形だけと言ってしまえばそれまでなのかもしれない。ただ、こうした大沢の姿勢からは大沢がスタッフやリスナーに対して神経を使っている様子をうかがい知ることができる。

 実際、「ゆうゆうワイド」における大沢のラジオに対する姿勢は伊集院とは対照的だ。伊集院は自分中心に番組内容を手掛け、企画し、番組を進行することでリスナーを満足させようという傾向が強いトークバラエティ型のタイプである。これに対し、大沢は「ゆうゆうワイド」が始まった当初はいろいろな出演者が「ゆうゆうワイド」の番組内で独自の放送をするケースが多く、各出演者の放送を紹介する必要性があったため、番組の司会進行に徹している側面が強い。大沢と対談するゲストへの対応も、大沢が知りたいことをリスナーに面白く感じさせるインタビューを行うというよりは、リスナーが何を求めているかという視点でインタビューを行うことでリスナーの支持を得ようとする司会型の聞き上手タイプである。私は、大沢のそうした聞き上手のスタンスが1986年から2016年までの30年、ラジオのゴールデンタイムである平日の朝に「ゆうゆうワイド」を続けることができた一因ではないかと考えている。

 もちろん、伊集院が持つラジオパーソナリティとしての才能は高いと考える。「馬鹿力」が深夜リスナー層の中心である若年層(※6)からの支持を獲得し続けた主たる理由は、伊集院が持つトークバラエティ型のラジオパーソナリティの才能にあろう。また、日曜日の昼間はファミリー層を含めた幅広い層を対象としているが(※6)、伊集院は「日曜大将軍」、「秘密基地」で通算10年にわたり番組を続けた実績があり、幅広い層向けのラジオ番組がダメというわけでもない。

 それでも、伊集院のラジオ番組のイメージは「馬鹿力」にあるような毒舌を売りにしたものであることは間違いない。現に伊集院ファンの多くは「馬鹿力」の毒舌にこそ伊集院の良さが活かされると考えている傾向が強い。ただ、平日朝のラジオ番組リスナー層である主婦、OL、商工自営、オフィス、ドライバー(※6)-私個人はこれらの層に加えて高齢者と考える-が望むラジオ番組は「馬鹿力」のような内容ではない。伊集院が平日朝のラジオ番組向けに深夜番組の毒舌を抑える形で番組を続けたことは、日曜日の「日曜大将軍」、「秘密基地」以上に負担が大きかったのかもしれない。以上を考えると、そもそも伊集院が平日の朝のラジオ番組を担当したこと自体に無理があったのではないだろうか。

 まして、先に挙げた「らじおと」のスタッフがLINEで陰口をたたいたことを「馬鹿力」でネタという形で話せば、「らじおと」のスタッフや伊集院のディープなファン以外の「らじおと」のリスナーは不快にしか感じない。それに、平日朝のラジオの顔が世間に与える影響力が大きいことを熟知しているイエロージャーナリズムは、ゴシップ記事にしやすい出来事があれば、イエロージャーナリズムの性質上面白おかしく記事にするであろうことは想像に難くない。

 伊集院は朝のラジオ番組を引き受けるにあたり、朝のラジオ番組の視聴者層がどういった層なのか、また平日朝のラジオの顔となることで、深夜番組の毒舌がより批判されやすくなるといった点を十分に理解していたのであろうか。もし、伊集院がそれらを理解した上で朝のラジオ番組に臨んでいたのであれば、わずか6年で朝の番組を終了するという事態を回避できた可能性はあったのかもしれない。

新番組に望むこと

 伊集院が「らじおと」を終えた後、TBSラジオ側がどういう番組作りをするのかについては、現時点では発表がなされていない。昨年10月にTBSラジオは聴取率1位の座をTOKYO FMに奪われたが(※7)、TBSラジオサイドはあまり気にはかけていない様子である(※8)。ただ、聞き上手タイプの大沢とトークバラエティタイプの伊集院とどちらが長く番組を保ったのかということを考慮した番組作りが新番組には求められるのではないか。TBSラジオを長年親しんできた一人として、次は長期にわたってリスナーが安心して聴くことができるラジオ番組になることを切に望みたい。

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(※1) 正確には「大沢悠里のゆうゆうワイド 土曜日版」

(※2)

(※3) 一例を挙げるとこちら

(※4)

(※5) 「ゆうゆうワイド」を伊集院光とともに引き継いだ「ジェーン・スー 生活は踊る」においてジェーン・スーが冒頭で同様のセリフでリスナーに語りかけている。

(※6)

(※7)

(※8)


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