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ニコチン依存症の恐ろしさ(後編)-たばこ会社が望んだニコチン依存症-

 前回最後のところで触れたが(※1)、たばこ会社は意図的に喫煙者をニコチン依存症にすることでたばこの売り上げが減らないように画策していた。このことは、既にたばこ会社への訴訟の過程でのたばこ会社の内部文書によって明らかになっている。今回は、米英のたばこ会社を中心に批判をするものであるが、JTについても言及する。以下に述べることを考慮すれば、今回の「いらすとや」のイラストにおけるたばこ会社の表現ですらまだ甘いのではと思わずにはいられない。(※2)

たばこ会社のニコチン依存症戦略-①成分量操作-

 冒頭で述べた通り、たばこ会社が意図的にたばこ依存性を高めるようにたばこの成分を調整してきたことは、たばこ問題研究者やたばこ会社の内部文書の分析から明らかになっている。(※3)具体的な成分については前回も紹介した公衆衛生学の医師田淵貴大の「新型タバコの本当のリスク」から引用したい。

タバコに含まれるニコチン自体を増やしてニコチン依存症になりやすくしたことに加えて、さらにアンモニアなどの添加物によりニコチンが脳に届けられやすくなるようにした。メンソールや香料を加えることで、煙でむせないように、喉がイガイガしにくいように、それにより女性や子ども、今までタバコを吸ったことがない人が吸いやすくなるようにした。フィルターの横に穴をあけて空気を取り込めるようにすることで煙をより深く吸い込みやすいように、ニコチンがガツンと脳に届くようにした。(※4)

アンモニアは水質汚濁防止法の有害物質であり、(※5)これがニコチン依存症を促進させるために使われていたということ自体に悪質性を感じざるを得ない。また、それ以外のメンソール、香料による誤魔化しや深く吸い込みやすい工夫もすべてはニコチン依存症を促進させるためのものであった。

 JTのたばこにもアンモニアは含まれている。厚生労働省の「平成11-12年度たばこ煙の成分分析について(概要)」には、JTが生産販売しているマイルドセブン(現メビウス)、セブンスターといったたばこの主流煙、副流煙ともどもアンモニアが検出されている。(※6)

 さらに、たばこ会社はニコチン依存度を高めるためにアンモニアなどを入れたのみならず、ニコチンの量を調整する作業もしていた。たばこ会社B&W社の元研究部長ジェフリー・ウィガンドはミシシッピでのアメリカ連邦議会の公聴会で次のような証言をしている。

A 七〇年代後期か八〇年代初期のころと思いますが、かなり早くから、ニコチンの薬理的効果の限界を調べる研究が行なわれました。また、その結果から、スモーカーをしかるべき状態に保つには〇.四~一.二ミリグラムのニコチンが必要とされるという草稿が提出されていました。
Q それはどういう意味ですか。
A スモーカーにその製品を使い続けさせる、ということです。
Q 言い換えれば、ニコチンの満足度を持続させることによって、スモーカーにその製品を買い続けさせるということですか。
A その通りです。(※7)

ここまで来れば読者の皆さんはたばこ会社のやり方が極めて企業倫理上はもちろん、社会的な倫理性の上でも極めて問題のある行為をしていると思われるだろう。しかし、たばこ会社の反倫理的行為はそこに留まらない。たばこ会社はニコチン依存症としての顧客獲得のため未成年を狙っていた。

たばこ会社のニコチン依存症戦略-②未成年への広告戦略-

 7月17日の「たばこ広告、宣伝にある本質的な問題」(※8)でも、R.J.レイノルズ社の未成年への広告戦略を行っていた証言やフィリップ・モリス社のインドネシアの未成年への広告戦略に触れたが、これら以外にもたばこ会社が未成年を対象にしていたことが明らかになっている。フィリップ・J・ヒルツ著「タバコ・ウォーズ」より引用する。

このビジネス(注:たばこ産業を指す)の根本となっているニコチンの中毒性は、成人たちを蝕むものではない。喫煙を二一歳以上になって始めた人々の間では、九〇%以上がまもなくその習慣をすっかり止めてしまう。ニコチンの中毒性がしっかり身につくには一年以上、時には三年間もかかる。成人はそこまで喫煙を続けようとはしないのだ。もしタバコ各社が言う通り、彼らが子供たちには近づこうとしていないというのが事実だとすれば、タバコ産業はわずか一世代のうちに崩壊してしまうであろう。
これをマーケット用語で述べるなら、タバコ・ビジネスにおける最も重要な基礎事実は、生涯にわたってタバコの得意客となると思われる人の八九%は一九歳までにすでにタバコの愛用客になってしまっているということである。事実、四分の三の人は一七歳までに、すでに愛用客の列に加わっている。(※9)

 たばこ会社は10代の未成年をターゲットにするために、様々な広告戦略を行った。R.J.レイノルズ社は自社のブランド製品「キャメル」を売るため、ラクダの漫画キャラクター「ジョー・キャメル」を登場させることで、子どもにたばこのイメージと結びつけ、若年層の喫煙率を高めることに成功した。(※10)また、USタバコ社は市場で2%に過ぎない若者を対象に全広告費の半分を使用し、将来にわたっての顧客層への「投資」を行った。(※11)

 しかし、たばこ会社が行ってきた未成年者をターゲットにした顧客獲得の戦略で一番衝撃的なものは、たばこを吸う未成年者を対象にどのような理由で喫煙を始めたかを顧客獲得目的で調査したインペリアル社の「シクスティーン計画」だろう。そこには、未成年者が喫煙者になったことでどういう残酷な結果を招いたかが記されている。

一人の面接者が、タバコをやめることについて言及している。一二歳になると、子供たちは友人から嘲られたり巧みに誘われたりして喫煙するようになり、そして今度は手ほどきを受けてない友人に同じことをする。なぜ吸えないんだ、お前は臆病者か、等々。だが十六歳になった今、見知らぬ面接者といっしょにホテルの部屋に座っている時に、現実が表面化しはじめた。子供たちは後悔していることを告白したのだ。(略)
 こうした喫煙者の子供たちは、最初から喫煙しようとしなかった子に対して、今では一種特別な尊敬心を抱いていることを暗に認めている。彼らは、自分たちが不安感や社会的絶望感に抵抗し切れず、タバコに手を出してしまったことを知っている。最後まで拒否できればよかったと願っている。(※12)

主体的にたばこが好きで吸っているのではなく、最初の好奇心や大人になりたいという背伸びした感情によって、判断を誤ってしまったと思いつつも、たばこを止めることができない苦しさがここから伝わってくる。しかも、インペリアル社は「シクスティーン計画」という暗号名の形で未成年を対象にたばこを売るためのプロジェクトとして、未成年のたばこに対する心理的行動に対する面接調査を行った。その理由についてヒルツは次のように指摘する。

もし、この研究が真性の科学的研究だというならば、倫理的な考慮から、喫煙する子供たちにインタビューをするだけでなく、禁煙治療を申し出るなど、子供たちがタバコを吸うのをやめる手助けをすることが要求されたであろう。これらの話題は登場しない。研究面での関心の焦点は、広告で役に立つと思われる情報についてであった。(※13)

たばこを止めたいと苦しんでいる未成年の辛い想いを無視して、将来もたばこを買わせるために研究を行ったということに、私はインペリアル社の残酷さを感じずにはいられない。思春期特有の周囲に相談しずらい状況も考慮すればなおさらその残酷さが出てくるのではないだろうか。

 振り返って日本ではどうだろうか。日本では現在でこそテレビ、ラジオ、ネットでのたばこCMは自主規制の形でされていないが、雑誌類については読者の成人層が90%以上という条件ながら広告ができるほか、看板類についてもたばこの広告はある。このほかテレビ番組の取材という形でたばこを宣伝するという形もある。さらに、たばこの自動販売機の設置はTASPOの存在を考慮しても、親のTASPOの持ち出しや成人の先輩から借りるなどして未成年者が人目を盗んで買うことができやすいことが指摘されている。こうした問題点を踏まえ、次回は日本のたばこ事情について記していく。(次週は別のテーマを扱う予定です) 

皆が集まっているイラスト1

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(※1) 

(※2) 今回引用したいらすとやのセリフにある「健康的なたばこ」、「医者が薦めるたばこ」というのも、かつてアメリカのたばこの広告で使われていた事実である。(田淵貴大「新型タバコの本当のリスク」P158 (内外出版社)、ASH編「悪魔のマーケティング」P138(日経BP出版センター)など)
 また、次の動画の2:37~2:46において、かつてたばこ会社のR.J.レイノルズ社が、医者が薦めるたばこはCAMELであると宣伝していたことに触れている。

(※3) その一例として(※1)でも触れた「悪魔のマーケティング」(原題"Tobacco Explained")(日経BP社)はたばこ会社の内部文書をまとめた本がある。また、映画「インサイダー」はたばこ会社の不正を告発したメディア関係者とたばこ産業の元幹部の事実を元にした映画である。

(※4) 田淵「前掲」(内外出版社)P35

(※5) 

(※6)

これについてルポライターの宮島英紀がJTに問い合わせたが、JTはアンモニアの添加を意図したものではないとして、次のように回答をした。

「葉タバコのタンパク質の中にあるチッ素が燃焼によって分解生成され、水素と結びついてアンモニアが発生するのです。アンモニアは臭いのきついものですから、香料としても適しませんし、添加の事実はございません」
             宮島英紀「まだ、タバコですか?」P34 (講談社)

(※7) フィリップ・J・ヒルツ「タバコ・ウォーズ」 P249(早川書房)

(※8) 

(※9) ヒルツ「前掲」P97~P98

なお、筆者は、成人はニコチン依存症になりにくいということを意味するものではなく、未成年者が成人よりニコチン依存症になりやすいという相対的な意味合いであると解している。

(※10) ASH編「前掲」P96~P97

(※11) ヒルツ「前掲」P115

(※12) ヒルツ「前掲」P125~P126

(※13) ヒルツ「前掲」P118

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