差別が持つ本質的な恐ろしさー浦和レッズ差別横断幕事件(前編)ー
浦和レッズ差別横断幕事件に関する記事を今回から3回に渡って考察してまいります。前編の今回は差別横断幕に関する事件の概要と背景およびそれらへの見解に対する識者への批判的考察に関する記事になります。
"Japanese Only"横断幕における真の背景とは
2014年3月8日、埼玉スタジアムで行われた浦和レッズとサガン鳥栖戦の試合において、浦和レッズのサポーターがJapanese Onlyという差別的意図がある横断幕を掲げた。この横断幕はスタジアムの客席に入るまでのゲート上に掲げられたものであったが、気づいたサポーターはいたものの、それを咎める動きはなかったという。(※1)
また、埼玉スタジアムにいた警備員は試合開始前の16時の段階で差別横断幕に気づき、16時58分頃にはファンから差別横断幕があることを告げられたため、警備責任者が差別横断幕を掲げたサポーターに横断幕を掲げることを止めるように求めた。だが、当該サポーターは試合中だからできないとして、警備責任者の求めに応じなかった。差別横断幕は「掲示した当事者との合意のもとに撤去する」という手順が当時の浦和レッズにあったとして、試合終了の18時まで掲げられたままであった。(※2)
当時浦和レッズには、日本に帰化した在日朝鮮人4世のサッカー選手である李忠成(り・ただなり/イ・チュンソン)が在籍していた。李が浦和レッズに移籍する前から移籍の噂が流れると、浦和関係者のネットには「帰化しようが何しようが朝鮮人は朝鮮人」「浦和に朝鮮人選手は要らない」といった言説であふれていたという。(※3)また、2010年には浦和レッズサポーターの中に、ベガルタ仙台の選手が乗っていたバスに向って、当時ベガルタ仙台に在籍していた在日朝鮮人3世のサッカー選手である梁勇基(リャン・ヨンギ)に差別的なヤジを飛ばしたり、ペットボトルを投げるなどの侮辱的行為を行ったものがあったという。(※4)以上を考えると、当該差別横断幕は李に向けたものとするのが自然である。
サポーターの球団愛は差別、偏見を正当化できるか
清義明の差別横断幕に対する見解への批判
清義明は試合中に掲げられた差別横断幕が撤去されなかったことについて、当時サポーターの中にスターティングメンバーに外国人選手がいないことから日本人選手だけで頑張ろうという意味に解釈した向きがあったとしている。(※5)
清は
として、浦和レッズサポーター全員が韓国、在日朝鮮人に対する差別の意図があったわけではないとしている。では、清が主張するところのサッカーのライバル意識とは何であろうか。前後の文脈からすると、李がFC東京に所属していたことに対する浦和レッズの中にあるという「古風な仲間意識」とされるものを指すのではないかと思われる。(※7)
だが、清のいうところの「古風な仲間意識」は、他の球団に属している、していた日本人選手に対して接したのと同様に、李や梁といった在日朝鮮人に対しても行ったものであったと言えるものであろうか。浦和レッズおよびサポーターが、当初積極的に差別横断幕に対処していたわけでもないこと、浦和関係者のネットに李の出自に関する中傷誹謗が放置されていたことを考えると、「古風な仲間意識」は差別、偏見とは異なるものとは言えず、在日朝鮮人への差別、偏見を否定するものでもなかったとするのが妥当である。
清はサッカーファンを弁護するあまり、在日朝鮮人に対する差別、偏見が持つ深刻さに対する認識が浅いと言わざるを得ない。在日朝鮮人に対する差別、偏見、及びそれらに対する理解の欠如、浅さが私たちの間に浸透していたことが最終的にJapanese Onlyの差別横断幕とそれを試合の間中掲げていたたことへの放任につながったものと考えるのが自然であろう。清の見識に甘さがあることは、自著「サッカーと愛国」の中で、3月13日の浦和レッズが公式記者会見において、横断幕は差別の意図がなく、ゴール裏の聖域を海外の観光客に奪われて統制されたくなかったとの「弁明」に対する内容の問題性に関する言及がないことからもわかる。(※8)
吉崎ロナウジーニョの差別横断幕に対する見解への批判
吉崎ロナウジーニョはこの差別横断幕が掲げられたことを知ったとき、直感的に李に対する揶揄であると感じたという。(※9)ただし、吉崎は浦和レッズが当時の時点で韓国人選手を1人しか採用してこなかったことについて、レイシズムを絶対悪と注釈はしているものの、「クラブがライバル国の選手を獲得してこなかった歴史」として尊重するべきとも主張している。(※10)この主張は清同様に浦和サポーターのアイデンティティの同族意識やサッカー愛の名の下に排外的な傾向を肯定するのと同じ論理構成である。
サッカー愛、球団愛という特殊性を強調することによって差別、偏見を正当化する構造がどこからくるのかについて、今後詳細を分析することが課題となろう。ただ、私がここで申し上げたいことは、差別、偏見の問題をサッカーの特殊性を強調することで在日朝鮮人に対する差別、偏見を相対化する危険があることへの批判と、そのことが李に対する人格否定となるということにある。次週では当該差別横断幕に対する李の反応と差別横断幕に潜む問題、恐ろしさについて考察したい。
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いかがだったでしょうか。次回は李選手が差別横断幕事件に対してどのように感じ、傷ついたのかについて述べて参ります。
私、宴は終わったがは、皆様の叱咤激励なくしてコラム・エッセーはないと考えています。どうかよろしくご支援のほどお願い申し上げます。
脚注
(※1) 清義明「サッカーと愛国」 イースト・プレス P136
(※2)
浦和レッズ横断幕問題 差別的なのはサポーターだけじゃない?〈週刊朝日〉 | AERA dot. (アエラドット) (asahi.com)
(※3) 木村元彦「橋を架ける者たちー在日サッカー選手の群像」集英社 P228
(※4) 木村元彦「前掲」P234
浦和に制裁金500万円 差別発言でJ処分 - サッカーニュース : nikkansports.com
石田界渡「サッカーと人種差別」(2017年度 早稲田大学文化構想学部現代人間論系 岡部ゼミ・ゼミ論文/卒業研究)
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(※5) 清「前掲」 P136
(※6) 清「前掲」 P159~P160
(※7) 清「前掲」 P156~P158
(※8)そもそも海外の観光客に奪われるという物言いも差別と偏見である。
(※9) 浦和横断幕問題 処罰内容だけが重要か?(吉崎エイジーニョ) - 個人 - Yahoo!ニュース
(※10) (※9) 前掲