政治に対する雑感5-選挙制度神話-
現行選挙制度を決めた当事者の見解
現在、衆議院の選挙制度を巡って与野党間で協議会が設置されている。協議会は衆議院選挙制度のあり方について、次回国勢調査の結果が出る時点をめどに結論を出すとしている。(※1)協議会は、今年の6月に現行の衆議院選挙制度である小選挙区比例代表並立制度が導入された経緯について、当時の総理大臣の細川護熙、自民党総裁の河野洋平に意見聴取を行った。
細川は現行の小選挙区比例代表制度を「政権交代を経験し、穏健な多党制の中で機能している」制度であるとの評価をしている。その上で、穏健な多党制が日本の国民性に沿っているとして、政党制のあり方は選挙制度によって決まるものではなく、民意がどのような政治志向、政党制を志向するのかによって決まるものであるとの見方を示している。国政選挙における低投票率の傾向については「政権交代の可能性を国民が感じるような状況が生まれれば上がる」として、現行の低投票率は、棄権層が現状追認の場合には棄権の形で、政権交代の可能性を望む場合には投票行動に表れるとの見解を示した。(※2)
これに対し、河野は細川とはまったく反対の見解を示した。現行の小選挙区比例代表制について、「小選挙区制は、有権者が政策本位で政党中心に投票することを想定していたが、現在そうなっているかギャップを感じる」として、当初の制度導入の目的から外れているのではないかとの懸念を表明した。また、現在の低投票率についても選挙を通じた民主主義の基盤ができていないとして問題視をしている。
この両者の選挙制度、政党制についての見解が異なっていることは、当時の衆議院本会議での国会質問における、以下のやり取りからもうかがい知ることができる。
この国会での質疑応答からも、河野は政治家が、政党制についてあるべき方向性を示し、選挙制度のあるべき姿を示すべきと質しているのに対し、細川は政党制は選挙制度によって決まるものではなく、その社会の政治風土や国民の志向によって決まるものと考えていることがわかる。
政党は理念だけで動くのか
以上の細川の政党制観について、国民民主党代表の玉木雄一郎はこの発言に対して、「椅子から転げ落ちるような話」であるとして、現行制度を続けても二大政党制にならないということを細川が主張するのであれば、この30年は何だったのかと6月27日の記者会見で述べたという。(※4)だが、鹿児島大学教授の吉田健一は、二大政党制は意図的に国民や政治家が目指すべき体制でも制度でもないとの見解を示しており、別に細川一人の特別な見解というわけではない。(※5)二大政党理念を選挙制度によって目指すべきという見解と距離を置いている識者からすれば、細川の見解が特別違和感があるとまでは言えないだろう。
また、吉田は政治「改革」による選挙制度変更が議論されていた当時、旧内務官僚の後藤田が、自民党の腐敗体質の克服の切実さがあったとする一方で、小選挙区制度で議席を減らすであろう日本共産党排除の狙いがあった可能性もあったのではないかとしている。(※6)しかし、現実には選挙制度が変更されても一定の地盤を持つ公明党、日本共産党といった中規模政党は存続している。公明党、日本共産党が内外からの批判がありながらも、安定を保ち続けているのとは対照的に、野党勢力は55年体制の崩壊以後分裂と統合を繰り返し、政治の混迷を加速化させている状況にある。公明党、日本共産党は-地方自治体の選挙を見れば特にわかるが-社会福祉政策を中心とした生活実感に基づく政策をアピールする傾向にあり、こうした政策を必要とする層と密接につながっている限りは、今後も一定程度の支持は続くだろう。
他の野党勢力についても考察したい。立憲民主党も低迷をしてはいるものの、官公労などの公務員組合を地盤としている以上は一定程度の地盤を今後も保持し続ける。これに対し、日本維新の会、国民民主党やその支持者は、官公労の利害を代表する政党が経済活動などの規制疎外や既得権であるとみなして反発をしているが、現実問題として地方においては公務員の職に就くことが、産業基盤が没落している状況にある中で過疎化の促進を一定程度抑止しているという事実があり、そのことの是非以前に、こうした層が存在しているという現実は認識したほうがいいだろう。
以上を考慮すると、野党間で多様な利害が存在するために、一つの政党としてまとまることができない状況が一党優位制を産み出していることがわかる。かつての55年体制での一党優位制の理由を、東西冷戦の国内版であり、日本社会党がイデオロギー上有権者に支持されていなかったことにあるとする論調をよく目にするが、現状でも一党優位制が続いていることを考えると、この論調はナイーブに過ぎるのではないかと考えざるを得ない。
政界再編の申し子とも言うべき存在の一人、前原誠司は自民党の分裂により本当の政界再編が起きると東洋経済新報のインタビューに語っている。(※7)だが、政党は理念によってのみだけではなく、その利害によって集まる集団であるというもう一つの側面を前原は軽視している。現実の多様な利害をいかにして調整し、有権者にフィードバックをするのかという政治の役割を軽視し、政界再編という理念の強調、その理念を利用して政党間を渡り歩くことや権力闘争の手段として利用をしたい政治家の存在が、55年体制後における政治の低迷を産んでいるのではないか。また、私たち自身も、政治に向かい合うとき、政治家や、メディアによって誘導される議題設定に惑わされるのではなく、そもそも政治の役割とは何かという基本を踏まえない限り、政界「再編」の理念による政治の混乱が続くことを認識するべきだろう。
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脚注
(※1)
衆院選挙制度 協議会を設け抜本的な見直しへ 与野党が合意 | NHK | 選挙
(※2) 2023年6月27日 東京新聞 7面
細川元首相“小選挙区導入 成果あった 政治とカネの問題改善” | NHK | 衆議院
(※3) 2023年6月21日 東京新聞 9面
自民 河野元総裁 衆院選挙制度“当時の想定と現状にギャップ” | NHK | 選挙
(※4)
国民・玉木氏、二大政党制は「もう無理なんだと確定」 細川氏証言にあ然...「天地がひっくり返るような話」: J-CAST ニュース【全文表示】
(※5)
「政治に対する雑感2-政治「改革」とは何だったのか-」 の(※8)参照
(※6) 吉田健一「平成初期における政治改革論議の本質とは何だったのか」P143
鹿児島大学リポジトリ (kagoshima-u.ac.jp)
(※7)
前原誠司氏「安全保障で政界再編は起こりうる」 憲法改正は「第9条」問題を優先事項にすべき | 安全保障 | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net)
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