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第1回読書会 予告された殺人の記録

 宇多川よしむら坂津の三人で、ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』(野谷文昭訳)について話しました。

オープニングトーク

宇多川「最近はずっと卓球してる」→東京も広島も飲み屋が再開している。
坂津「『アイの歌声を聴かせて』を見てきた」→よかった!

感想

よしむら「登場人物が多すぎてぐちゃぐちゃになる」→人物表を貼っておいた→宇多川「主人公のサンティアゴ・ナサールと母親の姓が違う時点で混乱する」→ビカリオ一家は同じ名字。スペイン語圏やアラブ系の特徴がある?
よしむら「こんな登場人物おったんや」宇多川「一回しか出てこないモブにも名前が与えられている」→36人→宇多川「『忠臣蔵』くらい出てる」
坂津「殺人事件のフォーマットがあるから引き込まれる。最初の10数ページを乗り越えたら一気に読めた。犯人がすぐ出てくる出落ち感」→よしむら「『古畑任三郎』スタイルやんな」→犯人はわかっているけど、そこにどうやって辿り着くか。断片的にわかっていることからクライマックスに向かっていく→ガルシア=マルケス語りうまっ!
宇多川「アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』を連続で読んだ。犯人の動機が「法では裁けない犯罪を断罪する」」→この街の住人が目を付けられたら全員殺される→皆殺しエンド

内容と語りの構造

よしむら「男やもめの老人から家を買い取る話が好き」→外部からやってきた成金が町に入り込む、植民地的(悪い意味で西洋人的)な男と、それを喜んでしまう町の人たち→ねじれた構図、力関係が裏テーマの1つ
周りの人たちが殺人の予告を無視してしまう→よしむら「「俺たちはテロをする!」と宣言する人がいても、イキリオタクが何か言ってると無視されてしまったみたいなもんでリアル」→止められなかったのは偶然?
偶然と運命→事件を担当した検察官「あまりにも文学では禁じられた偶然が多すぎてイライラする」→読者への牽制→よしむら「読み手や人間が偶然に必然を読み取ってしまう心理を書いているのが面白い。最初から起こることが予告されているのが『オイディプス王』のような神話的構造になっている」

宇多川「未来からの振り返りと事件当時をシームレスに描くのが面白いところ。語りのうまさでもあるし、昔を振りかえって意味づけしてしまう心理も表している」→よしむら「『予告された殺人の記録』だから普通に考えたら予告された未来に起きる殺人を書くはずだが、まっすぐ進む時間と逆向きに進む時間が入り混じっている」→複数の語りがあり重層的に時間が重なっているので、必然的に事件が起こったように誤認してしまう→よしむら「語りのスタイルと内容で表現したいことが一致しているように思える。ガルシア=マルケスのすげえところ」
宇多川「『予告された殺人の記録』ってタイトル、大体の推理小説がそうじゃない?」→坂津「スペイン語のタイトルもほぼ直訳でそのままだね」
よしむら「最後のシーンで、刺されたナサールが腸に泥がつかなかったか気にするのがシュールでおもろい。マジックリアリズムと言われるけど、ガルシア=マルケスは結構ブラックユーモア的な表現が好きなんかな」→リアリズムの文体であり得ないことを書く→宇多川「刺されたときにいたのは正門だけど死体は裏口にあった矛盾をどう解決するのかと思ったら、普通に本人が歩いて行く肩すかし感」→どんな名探偵も思いつかないトリック

処女を奪ったのは誰?

坂津「アンへラ・ビカリオの処女を奪ったのは結局誰なのか? 徐々に明かされるのかと思わせながら、分からないままで終わる。ワイドショー的なゲスな視点で見てしまうよね」→謎は謎のままで置きっぱなしにされる→話のフックになっている
よしむら「アンへラ・ビカリオが別れた後、自分を悲劇のヒロインのように思い込んでメンヘラ化するのがおもろい。殺人の事件からしたら脇のエピソードだけど、事件の後の人々の変化を描いているのが大事だし、うまい」→事件前、事件の後、事件の瞬間と蛇行して進んでいく構成→坂津「タイムラインがめちゃくちゃな構造だけど、読者に負担をかけずすんなりと読ませるのがすごい」→宇多川「双子を追いかけていたアラブ人の正体が最後のパートで分かるような、伏線の回収がうまいと思った」

坂津PCからノイズが……

どこかからノイズがしてる?→よしむら「これ、坂津君殺されるやつやん」→坂津「ページをめくる音しか出してないはずなんだけどなあ」
坂津「アンへラ・ビカリオがナサールに求められているうちは割とつっけんどんだけど、離れてしまうと惹かれてしまう、つかず離れずの描写は人間あるあるじゃないかな」→ベタだけど読みやすい

アラブ人差別は主題か

よしむら「アラブ人は穏やかにこの町に同化していたけど、仕返しの噂も流れた。アラブ人の雰囲気についてはどうとらえたらいいのか?」→ナサールは出自はマイノリティの側だが成金、それ故に怖れられた?
宇多川「ありがちな読みをすると、町全体の隠された差別心がナサールを見殺しにしたように思えるけど、一個一個見ていくと偶然の積み重なり」→よしむら「アラブ人問題は一個の原因なんかもしれんけど、ガルシア=マルケスは特別そこを掘り下げて言いたい雰囲気ではなさそう」→町全体を描く中の一部として差別は避けてとおれないが、そこが主眼ではないのでは

運命と偶然の対立

宇多川「幸田露伴『運命』も最近読んだ。中国・明の建文帝と永楽帝の物語。永楽帝はクーデターで帝位を奪ったが、畳の上では死ねず、建文帝は平穏に永楽帝より長生きした」→「運命」は昔からあるテーマ

よしむら「運命が仮に存在するとしても、神にならない限り、自分では運命だと判定できない」→宇多川「歴史だと「クレオパトラの鼻がもう少し低かったらエジプトは滅びなかった」という格言がある」→歴史って偶然じゃん!→それはそうだけど、検証可能なところから迫っていくのが学問での方法論。逆に文学では偶然について論じられる→よしむら「運命を考えるためには、もしこうなっていたら……と可能世界を想定しなければならない。哲学では「ルビコン川を渡らなかったカエサル」問題」→カエサルがルビコン川を渡らなかった世界が可能なのに、カエサルはルビコン川を渡った→「そうではないこともありえたのに、こうなってしまった」ことに対する合理的な説明をしようとすると運命という概念が生まれる→宇多川「運命は後からしかやってこない……ってコト!?」→運命は後天的にしか生まれない→よしむら「運命後出し概念説」
他に語り足りないことは?→いい話でした!

 次回は、中野でいち『hなhとA子の呪い』を読みます。


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