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【創作大賞2023】サングラスをかけたライオン 1/5


はじめに(あらすじ)

象といっしょにジャングルの中の一軒家に住んでいる小さな女の子、トザエモ。
ある日、家の扉に残されたふしぎな張り紙を見つける。
謎はいつしか、店の常連の語るライオンの話や、コナン・ドイルの古典的名著と絡みあい…。
 
ミステリの形をとった大人のための童話、もしくはフェーブル(寓話)。
そういうコンセプトのもとに書かれた物語です。
これを読んで何を感じるか、どんなメッセージを受け取るかはあなた次第。
空想の翼を広げ、自由に楽しんでいただけたら幸いです。

第1章 物語の始まり


1.夏のある朝

 その女の子は、たしかにまだそんなに大きくなかった。八つにはなっていなかっただろう。名前は、トザエモと言った。つまり、ほんとうの名前はトザエモレンスカなのだけれど、みんなは、縮めてトザエモと呼んでいた。
 私は今でもありありと思い出す───あの子がたった一人で住んでいた、沼のほとりの大きな気持ちよい家の佇まいを。それは切り倒した丸太を組んで建てられた家で、その木肌はすみずみまでていねいに鉋をかけられ、その色あいも年経るごとに落ち着いて、家の中にはいつだって、かぐわしい木の香りが満ちていた。

 夏のはじめのその朝のこと、トザエモは例によって、鳥たちの鳴き交わす時間に目を覚ました───つる草や動物のもようを彫りつけた、お気に入りのベッドの上で。最高に、気持ちのいい朝だ。トザエモはベッドからとびおりると、寝室の窓をいっぱいに開け放った。涼しい風が、森の香りをのせて流れこんでくる。
 トザエモは引き出しを開けて木のくしを取り出し、窓枠に腰かけてゆっくりと髪をすいた。トザエモの髪は、一夏のうちでいちばん大きく実ったオレンジのような、輝くようなオレンジ色をしている。一つかみ持ちあげてくしを通すと、朝の風を含んでぱらぱらと肩に落ちる。そんなことを心ゆくまで何度もくり返して楽しんでから、トザエモは床にとびおり、はしごを伝って一階におりて、それから外へ出ていった。急に、水浴びがしたくなったのだった。

 ところが、外に出ようとして、トザエモは、扉の外側に一枚の紙が鋲でとめられているのを見つけた。それが、事件の発端だったのだ。彼女は、しばらくその紙を見つめてから、
「こんなことをするのは、母さん以外に考えられないな」
とつぶやいた。貼り紙には、こうあった。

 地下室を入ってすぐの左側にあるたんす、上から二番目の引き出し

「これはかなり重要なことかもしれないよ」
と、トザエモは独り言を言った。
「ひょっとして、象十頭分くらい重要なことかも。何たって、あたしの母さんときたら、あたしが二才のときに家出したっきり、今の今まで何の音沙汰もないんだもんね。───それにしても、このことば、一体どういう意味だろう」
 トザエモは、考えに沈みながら茂みの間を歩いていった。
 家のまわりには深い森が続き、すぐ横手には浅い沼地があって、霧に包まれた茶色い水がなめらかに広がっている。そして、足もとには、昔父さんがつくった小さな桟橋がある。ここから、いつだって好きなときにドブンととびこんでひと泳ぎできるように。

 沼地の向こうでは、大きな灰色のアルヌマーニクがのんびりと木の葉をほおばっている。トザエモは魚のように泳ぎまわって、ときどきアルヌマーニクに向かってしぶきをはねちらかしたりする、けれど、アルヌマーニクは全然気にしない。
 水から上がると、トザエモは鋭く口笛をならしてアルヌマーニクを呼ぶ。すると、アルヌマーニクはめんどうくさそうに、若枝を鼻で折り取ってむしゃむしゃやりながら茂みの中から出てくる。
「母さんが、貼り紙をおいていったんだけど。あんた、この意味分かる?」
 トザエモは、その紙を扉からはがしてひらひらさせて見せた。けれど、アルヌマーニクには分からなかった。
「誰かに聞けば、分かるかもしれないわね。よし、それじゃ、行こう」
 トザエモが横腹を軽く叩くと、アルヌマーニクはできるだけ身を屈めて主人がよじ登りやすいようにする。トザエモはその背骨のいちばん高いところにまたがって、細い素足をぶらぶらさせる。

 アルヌマーニクは、父さんからの贈り物だった。むかし父さんが、群れの仲間とはぐれて森をさまよっていた、その頃はほんの赤ちゃん象だったアルヌマーニクを見つけてきて、それをトザエモにプレゼントしてくれたのだ。
 朝、風はまだ涼しい。空はちょうど鳩の翼の色、沼地の灌木が静かにそよいでいる。幾つかの鳥影が水面すれすれに渡ってゆく。
 アルヌマーニクは浅い沼地をゆっくりと進んでいった。けれど、本当はやわらかい泥の中に寝そべりたいのを我慢している。
 つい二、三日前、アルヌマーニクはひとりで出歩いて、肩に傷をつけて帰ってきた。何の傷なのか、トザエモには分からない。かなり痛そうだ。けれど、小さなトザエモには、冷たい水で洗って古布をあてがってやることくらいしかできない。

2.ミス・ラフレシア

 沼地を越えて少し行ったところに、ミス・ラフレシアの家はある。草深い庭に埋もれて、まるで何かの動物を思わせる。ミス・ラフレシアは家中にありとあらゆる珍しい植物の鉢を並べていて、朝から晩までその世話にかけずりまわっている。
 トザエモは家の前に着くとアルヌマーニクの背から飛び降り、からみあった草を踏み越えて、丸太を組んだ階段をかけのぼった。そして大声で、
「ミス・ラフレシア!」
と叫んだ。窓が開き、緑色の髪を垂らした丸顔がのぞく。
「そんなに大声出さなくたって聞こえるよ。うるさい子だね」
 ミス・ラフレシアは頭の上に小さな赤紫色の花を咲かせていた。彼女が言うには、それは学名をプランテシオース・何とかという珍しい花で、寒さと乾燥に特別弱いので、人の頭の上でなければ育てることができないそうだ。
 貼り紙の話を聞くと、おばさんは真剣な顔つきになった。
「それは確かに重大なことだわね。それでお前さん、地下室を探してみた?」
「いいえ、まだなの。誰かと一緒の方が心強いでしょう。アルヌマーニクじゃ入れないし。ミス・ラフレシア、来てくれない?」
「あたしゃ、だめだよ」
と、ミス・ラフレシアは断った。
「何しろ、あたしの子供たちの世話をするのに忙しくて(彼女は自分の鉢植えをそう呼んでいた)、いっときも家から離れられないんだからね。足指亭にでも行ってみることさね」
「うん、そうするわ」
と言って、トザエモはアルヌマーニクのところへ駆け戻る。
「でも、お忘れでないよ、」
と、後ろからミス・ラフレシアが呼びかける。
「あんたのお母さんがいつだってあんたのことを心配してるってことをね。例え、今どこにいるか分からないとしてもさ」
「分かってるわ」
と、トザエモは答える。

3.虹の足指亭

 ミス・ラフレシアの家を後にしてずっと進んでいくと、やがて森が少しずつ開けてくる。あちこちに、丸太で建てた家が何軒かずつかたまっている。このあたりが、ビッテムロシュナだ。開拓者たちの安息の地。かつて大いなる希望と夢を抱いてこの地にやって来た開拓者たちの末裔と、あたり前の暮らしを捨てた流れ者たちとが、住みついている。そう、今しもちらほら人の姿が見え、喋ったり、馬の世話をしたり、柵によりかかって空模様を眺めたりしている。あるいは畑に出ているものもある。多くの人は家のそばに小さな菜園を持っていて、そこでとうもろこしだの豆だのを作っているのだ。
 村の中央には噴水があって、そのまわりを巨大なパイナップルの缶詰みたいな黄色い輪が、絶えず形を変えながらぐるぐるまわっている。それは奇術師カデンツァがビッテムロシュナを訪れたときの記念の品で、この辺では一つの伝説になっている───固形リンと油絵具と液体カルシウムと、奇術師の偉大な想像力とでできている。それは夏には速く、冬にはゆっくりとまわり、夜になるとぼうっと光って道行く者を照らすのだった。

 その程近くに、虹の足指亭はある。ビッテムロシュナ唯一の食堂兼酒場で、ひまな連中のたまり場であり、休息と音楽の場だ。外側の壁に、人の背くらいもあるはだしの足あとが極彩色のペンキでいくつも描きなぐってあって、それが店の名の由来だった。そのすきまには小さなひまわりの花だとか歌の文句なんかがいっぱいはねまわっている。
 扉には、木製のサラダサーバーだったナイフとフォークがぶっちがいに打ちつけてあって、そこを開けて中に入ると、中は暗くて、がらんとしている。人の姿はあるが、みんなほとんど喋らずに、テーブルに肘をついたり開け放した窓の枠にもたれてジョッキを傾けたりしている。すみの方では誰かが静かにギターをつまびいている。

 トザエモが入ってきたのを見て、幾人かが「おはよう」と声をかける。トザエモは、
「夜警とのんべえはいつ会ってもおはよう!」
とまぜっかえし、ぴょんとはずみをつけてカウンター席に腰掛ける。それから奥に向かって、
「フルーツ・ジュースをちょうだい!」
とどなった。すると、奥のすだれが跳ね上がって、海賊みたいに頭にバンダナを巻いた男が出てくる。
「おっ、こんな時間にくるなんて珍しいじゃないか。一体何が起こったね?」
「母さんが、貼り紙をおいていったの」
「五年前に家出したって言う母ちゃんが」
「そうよ」
 白髪の女主人がジュースを持ってきて口をはさむ。
「何がどうしたって?」
「トザエモの母ちゃんが連絡をよこしたらしいぜ」
と、海賊が答える。これが親子なのだ。
 女主人はトザエモから事の次第を聞かされたが、どう考えていいか分からなかったので、「おやおや、そうかい」と言って首を振った。
 トザエモは身をのばしてかごの中から果物を一つ取ると、窓のところへ行ってそれを差し出した。すぐにしわくちゃの鼻が伸びてきて器用にそれを受け取った。

「あなたのお母さん、今どこにいるのかしらね」
と、痩せぎすのレンカが話しかけてきた。レンカは、トザエモがもっと小さかった頃、よくお話を作って聞かせてくれたひとだ。トザエモは肩をすくめた。
「分かんない」
「そう」と引き取って、レンカは微笑んだ。
「私にはお話をしてあげることしかできないけど、まあ、お聞きなさいな。今、ちょうど思い出したお話があるわ」
 彼女は脚をくみ直し、煙草の先に火をつけて、話しはじめた。

4.ライオンと大統領

「まだほんの小さい頃、母親を大統領に殺されたライオンがいたんだって。大統領は家来と一緒に狩りに来て、お母さんライオンを殺したのよ。そのライオンは三週間の間泣き通して、それから心に誓ったんだって。自分はきっと母親の分まで生き続けて、成功してお金持ちになって、人から尊敬される人物になってやろう。そして、あの大統領を裁判にかけてやろうって。それから彼は、涙のあとが見えないように黒いサングラスをかけて、広い世間へ出ていったの。
 やがてライオンは銀行家として成功し、国じゅうで大統領の次にお金持ちになったんだって。
 ところが、いざ訴訟を起こす段になって、裁判所へ行く道の途中で、当の大統領が馬に乗り、家来を引き連れて来るのに出会ってしまったの。ライオンの胸に、幼き日の怒りと絶望とがむらむらとこみあげてきた。ふと気がついたら、ライオンは日頃の礼節も忘れ、うなり声とともに大統領めがけて飛びかかっていたの。でも、大統領の方が速かった。第六感で、何か感づいていたのね。一瞬先に銃を取り、ライオンに向かって発砲した。バーン! それで、何もかも終わってしまったの。
 幸い命は免れたものの、それ以来ライオンは気が狂ってしまって、地位も名誉も捨ててひとり淋しく荒野をさまよってるっていうはなしよ」

 部屋の隅で、誰かが鼻を鳴らした。
「ふん、ライオンの銀行家か」
と、そいつは馬鹿にしたように言った。
「いるんなら会ってみたいもんだね」
「あんた誰だい?───あんまり見かけない顔だが」
 海賊が、たった今その男に気づいたというふうに、訝しげに尋ねた。
「俺かい? なに、別に名乗るほどの者でもないさ。そうさな、どうしても名前が必要なら、旅がらすとでも呼んでくれよ」
 男は帽子を取って指でくるくる回した。黒髪に、日に灼けた赤銅色の肌をしている。
 トザエモは彼を横目で見て、「とにかく、」と断言した。
「あたしの母さんはまだ死んでやしないわ。それにあたしだって、銀行家になる予定なんかないし」
「あんたのことじゃないんだから」
 と、女主人が注意した。
「へんに深読みしなさんなよ」

 部屋のもう一方の端で歌が始まった。誰かが歌い、ギター弾きのツインギーがそれに合わせている。ちらほら手拍子が混じり、その場がちょっと活気づいた。
「君も歌えよ」
 海賊がトザエモに声をかける。彼女はちょっと自慢できるくらい、歌がうまいのだ。ここへ来る者はみんな、彼女の歌を聞きたがった。その声には独特の響きがあったし、その調子や微妙な間の取り方なんかもすごく魅力的だった。持って生まれた才能だろう。
 女主人が古めかしいアコーディオンを持ち出してきて、トザエモの歌が始まった。その声は楽器と溶け合い、荒削りの木の床に差す陽光と溶け合って部屋を満たしていく。みんなは盛り上がって、拍手喝采し、それが終わるとまたがやがや喋りだした。
「それにしても、あの大統領が狩り気違いだってのは確からしいね」
と、誰かが言った。
「何でも、ついこないだもお屋敷からわざわざこの辺りまで遠征しにきたってはなしじゃないか」
「へえ、知らないね」
 海賊が眉をひそめた。
「そうともさ。栗色の純血種にまたがって、金ボタンつきの上着を着込んで、ぴかぴか光る鉄砲をかついでさ。珍しい動物がいたとくりゃ、手当たり次第にバン! バン! ていうわけさ」
「どうしようもない人間だよ」
 女主人が怒って言った。
「よく来るの? この近くにも?」
 トザエモが尋ねると、彼はうなずいた。
「たぶんね。今頃またこの辺に来てるかも知れん」
 みんなはちょっとの間口をつぐんだ。トザエモはアルヌマーニクの肩の傷のことを考えていた。いつだったか、彼が出歩いていた霧深い夜、遠くで銃撃のような音を聞いたのではなかったか? ・・・
 だしぬけに入り口の扉が勢いよく開いて、だれもがぎくりとして飛び上がった。けれども入ってきたのは鉄砲を持った大統領なんかではなくて、気の良さそうな背の高い若者だった。
「ああ、びっくりした」
 海賊が言った。
「たった今、こわい大統領の話をしていたところなんだ」
「へえ、そいつは興味深いな」
と、その若者はのんびりと言って、くわえていた空のパイプを口から離した。
「ぼくは私立探偵なんだ」

5.探偵

「おや、ちょうどいいじゃないか」
 女主人が言った。
「トザエモ、あんたの件を依頼したらどう?」
「なに、さっそく事件?」
 若者はくるっと目を回して、トザエモの方へ面白そうな目を向けた。トザエモは批判的な目つきで、若者をじろじろ観察した。二人の目が合った。トザエモはちょっと首をかしげた。それから、おもむろに貼り紙を取り出して若者に渡すと、これこれしかじかと説明しはじめた。
「ふうむ、なるほど」
 若者はパイプの先を噛みながら熱心に聞いていたが、だんだんその目が輝いてきた。
「一つ尋ねるがね。君のお母さん、どういうわけでこんなに幼い娘をおいて家出しちまったんだい?」
「あたしにもよく分かんないの」
 トザエモは肩をすくめて、女主人の方を見た。
「あなたは知らない?」
「そうさね、ずいぶん昔のことだからね」
 女主人は目を細めて記憶をたぐった。
「あの頃は私らももうちょっと若かったね。あんたはほんの赤ちゃんだったし───あんたのお母さんは、働き者のきれいな人だったっけ。確か、その頃には父さんももういなかっただろう。だから、私らはよくあんたたちのところへ食事を届けたりなんかして、色々と世話を焼いたもんだよ。そうそう、大風であんたんとこの家畜小屋の屋根が飛ばされちまって、みんなで直しにいったときのことを覚えてるよ。そんなこんなで、まあ、たいして苦しい生活じゃなかったと思うがね・・・」
「でも、母さん、きっと何かのことで苦しんでいたんだわ───そうに違いないわ」
 トザエモがふいに言った。
「普段は馬のように強くて、すごく陽気な人だったのに。ときどき、夜中に一人で泣いてたことがあったのよ」
「何だって! そんな小さい頃のことを覚えてるのかい?」
「覚えてるわ。かわいそうだから、気づかないふりをしてたけど。ええ、忘れようったってできないわ。母さんが家出したとき、あたしに一緒に来るかどうかって聞いたの。あたしここが好きだったから行かないって答えたわ。母さん、それじゃがんばってねって」
「興味深いな、実に興味深い」
 私立探偵は考え込むように言った。
「君はぼくの最初の依頼人なんだ。しかし、きっとうまくやってみせるよ」
「へえ!」
 海賊が呆れて呟いた。
「あんた、一体いつから探偵やってるのさ?」
「さっき、やぶの間を歩いていたときからさ。ここはいいねえ。何もかも自然のままだし、うるさいこと聞くやつもいないし。だが、そんなことは関係ないと。───依頼人に質問する」
 私立探偵はにわかに職業的口調になって言った。
「これは大切な点なんだが、君はなぜ貼り紙をお母さんが書いたと断言できるんだね?」
「分かるものは分かるのよ。あたし、母さんの娘だもの」
「やれやれ、それじゃ証拠にならないよ。事件の解決に当たっては───よろしい、それを書いたのはお母さんだと仮定しよう。するとだな、本人は今どこにいるのかが問題になってくる。貼り紙が前の日になかったというのは確かだね?」
「そうよ」
「ふむ。ほんの一晩のうちに(あるいは明け方かもしれないが)扉にそれを張りつけることのできる距離───となると、必然的に、君んちのかなり近くということになるな」
「そんなこと、絶対にないわ!」
と、トザエモは異議を唱えた。
「家出した人が家のそばで暮らすと思う? 第一、もし近くにいるんなら見かけるはずじゃない。それが、今までに母さんの影ぼうし一つ見ないんだから」
「ぼくが言うことにいちいち逆らわないでくれ。頭がごちゃごちゃになるじゃないか」
 私立探偵がいらいらして声を荒らげた。
「誰のことだと思ってるのよ!」
 トザエモは黙るどころか、逆に腹を立ててどなった。
「あたしの母さんなんだから。他人に命令される筋合いはないわ!」
「おいおい、つまらん口げんかはよせよ」
 海賊がうんざりして言った。
「ビッテムロシュナに歌と休息以外のものがあっちゃいかん。いやしくも大地と向き合って暮らしてきた偉大な開拓者たちの・・・」
「偉大な開拓者たちが、あたしの母さんと何の関係があるっていうの?」
と、トザエモはぶつぶつ言った。
 私立探偵は空咳を一つした。
「よし、では───よろしい。───大いによろしい。それは後に回すとして───次なる点は、だ。貼り紙それ自体について、この伝言が何を意味しているのかを知る必要がある。それには、まず地下室の入り口の左側にあるたんす、これを調査することだ」
「そうとも、そうとも」
 女主人があいづちを打った。
「あんたたち、それを始めにしなきゃいけないよ───ほんとに、そうすべきだよ」
「もっとも、この言葉がもっと深い意味を持っているってことも考えられるな。何かの暗号とか・・・」
「ばか言ってら。あんた、推理小説を読みすぎて、頭がおかしくなっちまったんだ。ここはビッテムロシュナだぜ、ニューヨークの殺人街じゃないんだ。親が七歳の娘に秘密文書のありかを暗号で書き残すなんてことがあるもんか」
「まあ、とにかく行ってみよう。トザエモ君、といったね・・・君の家まで案内してくれないかい?」
 トザエモは苦い顔になった。
「ほんとに来るつもりなの? 別に構わないけど・・・あんたみたいのと一緒に地下室を探すことになるなんて、全く考えもしなかったわ」
 それでも彼女は、すっかりぬるくなったジュースを飲み干すと椅子から飛び下りた。
「一つお尋ねするがね」
 それまで黙っていた、赤銅色の肌をしたさっきの旅がらすが、突然後ろから声をかけた。
「あんたの母さんて、ちょうどあんたみたいなオレンジ色の髪をしていたのかい?」
 トザエモはちょっとびっくりして振り向くと、彼の顔をじっと見て、「そうよ」と答えた。

<第2章につづく> 


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