テンプレ_6

子育ての「退屈」を「楽しみ」に変えるには

妻が風邪をひき、3日間ワンオペ育児をしました。がっつり育児を初めてやってみて思ったことは「子どもの楽しみと大人の楽しみを重ね合わせながら働き生きることはいかにして可能か?」という問いでした。

この3日を通して見えた仮説は「足と手を動かしながらの会議であれば、子連れ参加できるのでは?」というものです。

子育てにおける「退屈」の問題

『暇と退屈の倫理学』という本があります。國分功一郎先生の名著です。

この本のなかで「暇」とは客観的な状態であり、「退屈」とは主観的な状態であると書かれています。「暇だなぁ」というとき、多くは「退屈だなぁ」と言い換えることができるといいます。

たとえば、やりたくなくてつまらない仕事をしているとき、やることは多くても「退屈だなぁ」と感じることってありますよね。

ワンオペ育児をするあいだ、「暇」を感じる時間はありませんでした。しかし「退屈」はあらゆる瞬間でぼくに取り憑いてきました。

この本の結論では「私たちには楽しむための訓練を積むことが必要だ」という趣旨のことが書かれています。いかにしてあらゆる状況に楽しみを見出し、味わうか。これが問題だというわけです。

子育てにおいて、それは可能か。3日間のワンオペ育児にはそのヒントがありました。

ワンオペ育児を3日間せざるを得なくなった

妻が風邪を引いたのは土曜日の夕方。喉が痛いと言って寝込んでしまいました。

ぼくと妻の食事、娘の離乳食、洗濯、掃除、オムツ替え、遊び・・・これらすべてがぼくのタスクになりました。(ただし、授乳だけは妻にがんばってもらいました。ぼくにはできない)

そのなかで、強烈に「退屈」を感じた時間がありました。離乳食を与える時間、家で遊んであげる時間です。

「食」の退屈

まず、離乳食。我が家では朝10時と夜6時半ごろに離乳食を与えています。スタンダードな離乳食です。

このとき、ぼくは集中が散漫になっていく娘に対してあの手この手で口を開かせ、スプーンを口に運んでいきます。なかなか娘の食が進まないと、「あ〜もう!」と退屈な気持ちが湧いてきます。

しかし、同じものをぼくが食べて見せると嬉しそうにします。自分1人だけが食べている状態は「退屈」に感じられるのかもしれません。食事は1人より2人でするほうが、楽しく美味しく感じるますもんね。

「遊び」の退屈

もう1つは「遊び」の時間です。

ぼくが近くにいて遊んであげていると、娘は退屈をせず楽しんでくれます。とはいえ、いつも同じおもちゃで、同じような遊びをしていると、ぼくも退屈します。

しかし、「遊んであげる」ということをしなければ、娘は機嫌を損ね「遊べ」「楽しませろ」と言わんばかりにブーイングをします。

用事があるときはしばらくブーイングさせっぱなしにすることもありますが、ぼくの居心地がよいものではありません。

「してあげる」という退屈

食にしても遊びにしても、こちらが「してあげる」という心持ちでいるかぎり、「退屈」を感じるのだと思います。やりたくない仕事を忙しくこなしているときに感じる「つまらない」という感覚と同じです。

子育てにおけるこうした「退屈」を感じたことがある方が多いのか少ないのかわかりませんが、ぼくにはこれが大きな問題に感じられました。

どのようにして子育てにおける「退屈」を「楽しみ」に転換するか。この命題に対する解決の糸口をつかむ2つのきっかけがありました。

散歩の効用

その糸口の1つ目は、友人たちとの散歩です。

ワンオペ2日目の朝、すでにぼくはものすごく「退屈」をしていてました。つまらなそうな顔をしている娘の写真をinstagramのストーリーにアップしました。

その投稿を見た友人カップルが、そのストーリーへのメッセージで「散歩でも付き合おうか?」と連絡をくれました。ぼくは飛び上がるほど嬉しく、一度昼食をとりに帰って、授乳を済ませ、オムツを替えて、準備をしました。

友人たちは30分ほど電車に乗ってきてくれて、オリーブオイル屋にいったり、ジェラート屋でジェラートを食べたり、コーヒーを買って川沿いを歩いたりして、1時間半ぐらい散歩に付き合ってくれました。

その間、娘は人見知りをして泣いたものの、昼寝の時間だったこともありベビーカーのうえでストンと寝てしまいました。

これがぼくにとって、ものすごく優雅で最高な時間だったのです。この辛めのワンオペ3日間のなかで、オアシスのような時間でした。

もしかしたら、散歩をうまく活用して打ち合わせやブレストができるのではないかと思いました。この方法には、娘も退屈しないというメリットがあります。

「輸送反応」という哺乳類共通の反応があります。子猫が首根っこを親にくわえられて移動したり、猿の赤ちゃんが母猿の背中におぶさって大人しくしている光景を見たことがあると思います。

人間の赤ちゃんも抱っこされたり、ベビーカーや車のチャイルドシートに乗ったりして移動している間、この「輸送反応」によって大人しくなるそうです。

散歩から帰ってふと、「子連れで散歩しながら打ち合わせをすると、もしかしたら捗るのではないか?」という仮説がぼくのなかでふやふやと湧き上がってきていました。

ダンボールを玩ぶ優雅な時間

もう1つは、遊びの時間です。

ワンオペ3日目の午後は雨降りで散歩に行くのもおっくうでした。どうしたものかと悩んだ結果、Amazonの段ボール箱を使って遊んでみようと試みました。

穴をくりぬいてみたり、段ボール人形や被り物をつくってみたりしたものの、ぼくが何かおどけて見せるだけで、娘自身は探索活動ができるわけではありませんでした。

そこで思いついたのが、霧吹きで湿らせた段ボールの表面を一緒に剥がすという遊びです。

これ、意外とぼくも楽しくて、うまくベリベリと剥がせると気持ちがいいのです。

ぼくが最初に少し剥がしかけの部分をつくって「どうぞ」といいます。娘が剥がしかけの部分をつまんで、ぐいっと引っ張ると、ぺりぺりぺりぺり〜っと綺麗に剥がれていきます

「ほぉー」と娘も興味深げな声をあげ、気づいたら1時間ほど2人でぺりぺりを繰り返していました。よほど集中したのか、その後、ふにゃふにゃと泣き始めた娘はすぐに昼寝を始めました。そして1時間ほどどっかりと昼寝しました。

大人も没入できる「触覚刺激系の遊び」には可能性が満ち満ちていると感じました。スライムとかキネティックサンドをついずっと触ってしまう、みたいなもの。他にどんな遊びが可能か、いろいろ考えてみようと思いました。

まだ娘は生後9ヶ月なので、誤飲誤嚥には十分気をつけなくてはなりませんが、口にものを入れない年頃になったら、粘土や段ボール、ペンや紙を使ってプロトタイピングしながら会議する場には一緒にいけるかもしれないなぁと感じました。

まとめ

そんなこんなで、とても疲れた3日間。今日の夜には妻もすっかり復調した様子で一安心しました。

散歩しながらミーティング、もしくは手を動かしながらミーティングする。こうすることで、娘と遊びながら退屈をしのぎ、暇をつくりながら楽しみを仕事にすることが、もしかしたら可能なのかもしれない。そんな発見ができた平成最後の1日でした。

子どもの楽しみと大人の楽しみを重ね合わせながら、働き生きることはいかにして可能か。令和の時代に考えていきたい命題です。

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ワークショップファシリテーター/株式会社ミミクリデザイン・アートエデュケーター 定期マガジン「アートの探索」では、アートを触媒とする学びの場づくりに関するコラムの執筆と、対話型鑑賞イベントを開催しています。 著書『意外と知らない赤ちゃんのきもち』(スマート新書)

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2018年7月に娘が誕生。育児をめぐるあれこれを書き溜めていきます。

コメント (3)
私も以前このような記事を書きました。

子どもの遊び相手をする事が苦痛であるという話。|古川 明美|note(ノート)https://note.mu/cemi/n/n6dcf9eecd907

通じる部分がある気がします。
素敵な記事をありがとうございます!
ダンボール剥がし楽しそうですね。我が子は最近宛名ラベル剥がすのがブームなので、ダンボール剥がしもやってみようと思います📦
ひとりで育児してるときって、すごく人に会いたくなります!
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