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マルセル・デュシャンの81年間

男性用小便器に『』と名付け、「便器」でさえもアートであるとした。現代美術の祖とされるマルセル・デュシャン(1887~1968)の年表をまとめました。

さまざまなアーティストの思考・キャリアを追いかけ、個々人の仕事や生活へのインスピレーション源を探るワークショップ「アーティストトレース」では、次回マルセル・デュシャンを扱います。

デュシャンは、いまから100年も前に、視覚的・趣味的な愉しみに依拠するアートの世界のなかで「アートとは何か?」を問い直すようなイノベーションを起こしました。最も有名な『泉』は、1917年の作品ですが、それは彼がまだ30歳のときのことです。

その後、アーティストとしての活動を積極的に行わなかった時期が長くあり、60年代に現代美術家たちから再評価されています。その間、実は最後の遺作を用意していました。人生をかけてアートとは何かを問い続けていたデュシャンの81年の生涯を、とても簡素にまとめました。

(ただし、非常に説明の困難な『大ガラス』と『遺作』についての情報まとめはここでは割愛させていただきます🙇‍♂️)

『マルセル・デュシャンとは何か』平芳幸浩

また、このまとめをつくるにあたり、平芳幸浩さんによる『マルセル・デュシャンとは何か』を大いに参考にさせていただきました。本書は、マルセル・デュシャンの生涯をたどりながら、さまざまな研究をふまえ、ストーリー形式でまとめてくださった素晴らしい入門書です。

帯にはこのようにあります。

「現代アートの元祖」といわれながらも、何を考えているのだかよくわからないアーティスト。その作品と人生、そして後世への影響がてにとるようにわかる決定版入門書!

まさにそのとおり。超おすすめの本です。

ではここから、デュシャンの生涯を綴っていきます。リンクを別タブで開きながらご覧いただくとよいかもしれません。

生誕から絵画をやめるまで

1887  フランスのノルマンディー地方に生まれる。兄二人も美術家である。

1902 初めての油画『ブランヴィルの教会』を描く

1904 パリに出る。兵役終了後、アカデミー・ジュリアンで絵画を学ぶ。『マルセル・フランソワの肖像』でルネサンス期の画家のテクニックの再現を試みる。

1910 セザンヌ、ゴーギャン、マティスなどの画家の問題意識に接近したのち、キュビスムに取り組む。

1911 『階段を降りる裸体』『汽車の中の悲しげな青年』を制作。当時の先端技術である「連続写真」を絵画に取り入れようとした。

1912 『階段を降りる裸体 No.2』『花嫁』を制作。所属していたキュビスムグループの批判に憤慨し、以降、油絵の制作をほとんどしなくなる。

1913 ニューヨークのアーモリー・ショーに、パリで批判を受けた『階段を降りる裸体 No.2』を展示。賛否両論を巻き起こす騒動となり、デュシャンの名がアメリカに知れ渡る。

絵画との訣別、レディメイドの発見

1913 最初のレディ・メイド作品と呼ばれる『自転車の車輪』が制作される。パリのアトリエで台所用のスツールに自転車の車輪を逆さまにして取り付け、回転させ、それをじっと眺める、というアイデアを形にしたもの。「暖炉の火を眺める」ような、和やかな気持ちなったという。当時はまだ「レディメイド」という言葉はなかった。

1914 『瓶掛け(Egouttoire)』が製作される。既製品の瓶乾燥器である。

1915 『折れた腕の前に(In Advance of the Broken Arm)』雪かき用のシャベルに「折れた腕の前に」と書き込み、天井から吊り下げたもの。この時期に、アート業界の視覚的な趣味性で判断される世界に対して批判的なスタンスをとるべく、レディ・メイドという概念が発見された。

1915 『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも(La Mariée mise à nu par ses célibataires, même)』(通称『大ガラス』)の製作に着手

1916 『秘められたる音に

1917 男性用小便器に「R.Mutt(リチャード・マット)」と署名し『泉』と題された作品が、ニューヨーク・アンデパンダン展に匿名で出品される。委員会の議論の末、展示されることはなかった。デュシャンが刊行していた雑誌「The Blind Man」では、匿名の記事にこう書かれている。

マット氏が自らの手であの『泉』を作ったかどうかは重要ではない。彼はそれを選んだのだ。彼は平凡な日用品を取り出し、新しい題名と観点の下に置くことで、本来持っている実用的な意味が消えるようにしむけた。つまり、あの物体に対して新しい思考を作り出したのだ。

1917 『エナメルを塗られたアポリネール

1918 『旅行用彫刻』(インスタレーションアートの先駆けとされる)

1919 『L.H.O.O.Q』レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた『モナ・リザ』に髭を書き加えた作品。「L.H.O.O.Q」をフランス語で読むと「Elle a chaud au cul」となり「彼女の尻は熱い/彼女は性的に興奮している」という意味になる。

1920 『フレッシュ・ウィドウ

1921 『ローズ・セラヴィ、なぜくしゃみをしない?

1923 『大ガラス』の制作を途中放棄する。デュシャンの最重要作品の一つ。

アーティスト活動を停止させていたとされる「狭間期」

1924 『モンテカルロ債券』

1925 ファッション・デザイナー、ジャック・ドゥーセから依頼を受け『回転半球』を制作。モーターの動力で回転する球体を凝視すると、複数の円が前に迫り出して奥に引き下がるという動作を繰り返しているような「錯視」が生じる。

1926 『アネミック・シネマ』を、ローズ・セラヴィ名義で、マン・レイとともに共同制作する。

また同じ頃にコンスタンティン・ブランクーシの作品29点を買い取り、少しずつ転売したり、パリの友人をニューヨークのギャラリーに案内したり、アートディーラーとしての活動を展開する。キャサリン・ドライヤー、ペギー・グッゲンハイムといったコレクターに指南役として活動したとも言われる。

1932 チェスの解説書『オポジションと対応する盤目は和解する』の出版

1934 『グリーン・ボックス』大ガラスの説明のメモを集成し、箱に詰めた刊行物

1935 雑誌『ミノトール』1935冬号の表紙デザイン、『骰子の七番目の目』の表紙デザインを行う。

また同じ年に、『ロトレリーフ』という紙の円盤が製作される。レコードプレイヤーのターンテーブルの上に置いて回すことで、さまざまなイメージが立体的に浮かび上がって動いているように見える、というもの。この円盤を、一種の発明品として、パリの発明品見本市「コンクール・レピーヌ」で発表される。アート作品として発表されるのを嫌ったとされる。

1936 『カイエ・ダール』1936春号の表紙デザイン、アルフレッド・ジャリ『ユビュ王』のためのブックデザイン

1938 パリのボザール画廊『国際シュルレアリスム展』の会場構成を、サルバドール・ダリと共に担当。

1939 言葉遊びや地口(ことわざなどをもじったもの)の選集『あらゆる種類の葦毛と芦毛』

1941『マルセル・デュシャンあるいはローズ・セラヴィの、または、による』1935年から制作したデュシャンの自作69点の複製ミニチュアと図版が納められた箱入りの刊行物

1942 ニューヨークで開かれた『ファースト・ペーパーズ・オブ・シュルレアリスム展』のキュレーションおよび会場装飾にアイデアを提供。展示会場全体に1マイル(約1600m)の紐が張り巡らされており、観客は作品を見ようと思ってもその紐が邪魔で作品に近づくことができない、というもの。

『遺作』の制作に乗り出す

1946-1966『与えられたとせよ(1)落下する水、(2)照明用ガス』 (Étant donnés: 1° la chute d'eau, 2° le gaz d'éclairage) が、20年の月日をかけて構想・製作される。

1965 『髭を剃られたL.H.O.O.Q

1967 メモ集『不定法にて』(通称『ホワイト・ボックス』)
「アートではない作品をつくることは可能か?」という問いが書き記されている

1968 フランスのアトリエにて死去


アーティストトレース、次回4月17日(土)10:00~12:30

謎めいたデュシャンの生涯。アーティストであり、デザイナーであり、これレクターであり、発明家であり、またチェスプレイヤーでもあった。多様なアイデンティティをもったデュシャンの思考を探求します。是非ご参加ください。

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