見出し画像

ヨルノカタスミ

ヨルノカタスミ


男:感傷に浸った振りをする時、なんとなく、タバコを吸うと、格好が着く気がしてた。

(ライターの音)

「(咳き込む)……あー、まず」

「…会いたいな」

(缶を置く音)

「……会いたい」

(部屋の生活音)

「小説家?」
『そう、書いたこととかないんだけどさ』
「へーいいんじゃない?」
『適当』
「なんでだよ、応援するよ」
『昔っから好きな本があって』
「なんてやつ?」
『夜のピクニック』
「ふーん」
『興味無さそうだなあ』
「本読まないもん」
『知ってる』

(部屋を歩く音)(窓を開ける音)

『明日晴れそう』
「なんで?」
『月が綺麗だから』
「おー、小説家っぽい」
『その言い方は馬鹿っぽい』
「あ、傷ついた。こうしてやる」
『ちょ、っと、やめて!くすぐったい』
「ほれほれ」
『やめてってー!』
(2人の笑い声)

「俺、別に夢とかないけど」
『うん』
「君の夢が叶うならそばで見てたい」
『ほんと?』
「ほんと」
『じゃあ見てて』
「うん」

(時計の音)

『一緒に寝る?』
「んーん、俺この後夜勤」
『そっか』
「でもあとちょっと」
『ん』
「……フリーターの彼氏、嫌になったりしない?」
『別に』
「君の夢の邪魔にならない?」
『なにそれ』
「生活費とか、君の方が負担してくれてるから。仕事のせいで、好きなことできないとか」
『ないよ、大丈夫』
「本当に?」
『ばか』
「ごめん」
『……先寝てるよ』
「うん、寝顔見てから仕事行く」
『えー、やだ』
「可愛いよ、ヨダレ垂らしてたりして」
『嫌いになりそう』
「なんでだよ」
『……おやすみ』
「ん、おやすみ」

(部屋の扉を閉める音)
(アパートの階段を降りる音)

男:君は昼間働いてて、俺はコンビニの夜勤で。2人の生活は、割とすれ違っているけど、君が帰ってきて、俺が夜勤に行くまでの、中途半端な夜の時間が好きだ。

好きな音楽とか、好きな本とか、深く話さなくても教え合う時間が、好きだ。

君に負い目はあった。早くちゃんとした仕事に就かなきゃって。でも君は優しくて、それにひたすら甘えて、甘えさせてくれることで君の気持ちを確認して、安心してた。

おままごとみたいな、優しい、甘い時間。

(カフェの店内の音)

“うーん…”
『どう、ですかね』
“悪いわけじゃないけど、なんか、綺麗すぎるね”
『綺麗…?』
“そう。生々しさがない。作りものみたい。いや、作りものなんだけどさ。恋愛したことないの?”
『…彼氏いますけど』
“うわ、めちゃくちゃ怖い顔してる。ごめんごめん”
『何が足りないんですか』
“実感かな”
『…実感』
“書きたいって思った理由は?”
『……好きな本があって、私も書いてみたいなって』
“違う違う、そこからもう綺麗事だもん”
『どういうことですか』
“グルグル自分の中に溜まってることはあるのに、口に出せないこと、なんかない?”
『……口に、出せないこと』
“見ないふりして過ごしてたけど、それすら苦しくなって、どうにか形にしたくなったこと、あるんじゃない?”
『え、っと……』
“それ書けたら持ってきて。今時持ち込み珍しいから、そのガッツは買っといてあげる”
『……分かりました』

(タイピング音)

(部屋を開ける音)

「あれ?もう帰ってたの?」
『……うん』
「あ、書いてるのか」
『……うん』
「生返事~」
『うん』

「…なんだよそれ」

(冷蔵庫開ける音)

「お茶とか適当に買ってきたから、入れとくよ」
『ありがと』
「……ねえ、1回くらいこっち見たら?」
『(ため息)ごめん、おかえり』
「最近ずっとそんな感じだね」
『ごめん』
「まあいいけどさ」
『夜勤、何時から?』
「は、何それ」
『え?』
「さっさと行け、みたいに聞こえる」
『…私そんなこと言ってないよね?』
「聞こえただけ」
『なんでそんなつっかかる様な言い方するの』
「別に、風呂入るわ」
『ねえ、待ってこんな空気にして逃げないで』
「邪魔してごめん」
『ちょっと!』

(部屋の扉を閉める音)

『……なんで、そんな卑屈なの』

(時計の音)
(部屋を歩く音)

「寝たフリ?」
「(ため息)」

(玄関を閉める音)

「……泣いた跡は、流石に気づくって」
「……月ないと、暗いな」

(部屋の生活音)
「何これ」
『……書いた小説』
「へえ」
『勝手に読んだの』
「読まれたくなかった?」
『そりゃ、まだ下手くそだし』
「違うだろ、俺への文句だからだろ」
『ちょっと待ってよ、なんで』
「これ俺らの別れ話の想像?安っぽい話書くな」
『安っぽいって』
「安っぽいだろ。ダメな男と一生懸命な女。女が疲れてはいさようなら。よくある話じゃん」
『ねえ、それは小説で』
「違うだろ、俺だろこれ。そうだよな、不満ばっかだよな。23になってフリーターで?生活彼女に頼ってて、そりゃ嫌にもなるよな」
『私、嫌だって言ったこと1回も』
「言ったことないだけで思ってたんだろ」
『勝手に私のこと想像しないでよ』
「書いてあるじゃんここに。こんなコソコソ消化しないで俺に直接言えばいいのに」
『だからそれは君の話じゃない!』
「じゃあなんなんだよ!」

『……ねえ、なんで。応援してくれるって、言ったじゃん』
「こんな話じゃなかったらしてたよ」
『どうして、勝手に卑屈になるの』
「別に。事実だし」
『私は、君が好きだし、今の生活に不満なんかないし』
「なあ、おい泣くなよ。ずるいだろ」
『でもいっつも君が、伺うように私を見るから』
「……それは」
『試すみたいなこと言わなくても、一緒にいるのに』
「……(舌打ち)」
『この生活に、不安を持ってるのは、君じゃん』
「だったら、どうするんだよ」
『……疲れたなんて、思ってない。だけど、そんな風に試され続けたら、苦しいよ』
「別れるって?」
『……それを簡単に口に出すのは、私が否定するのを待ってるからでしょ』
「(息を飲む音)」
『本当、ずるいのは、どっちなの』

(歩く音)
(玄関を閉める音)

「……なんだよ」

「やっぱり、別れ話になるじゃん」



この先は白紙です。
2人が考える、この話の結末は?


参考 kobore 「ヨルノカタスミ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?