つらいな

つらいな、と思う。

さむい夜、布団で一緒に寝ていた犬。暖めあって、寄り添って寝ていた犬。でも犬は死んだ。代わりになってくれる子はいなさそうだから、あれ以来犬は飼っていないけれど、布団に入ってくれる何かは無くなった。別に暖かければなんでもいいわけじゃない。でも、何もない。何もないのである。一日のふりかえりに短歌を詠んで、ツイートして、スマホを充電器に挿して、寝る。それだけ。犬はいない。暖めてくれそうな代わりのものは、特にない。キンキンに冷えた布団に身体をうずめて、自分の熱エネルギーであたためる。冷えてるのはビールとチューハイだけでいいんだよ。犬はもういない。布団乾燥機でも買おうかしら。いくらするんだろ。来シーズンでいいや。仕方ないから自分であっためる。

つらいな、と思う。

バイト先の友達がみんな大学を卒業して、就職していく。いろんな仕事に就く。なんか遠く手の届かないところに行ってしまうような気がする。さようなら、友よ。いや別に、地理的にバラバラになるわけではない。「いま住んでいる場所から離れたくない!!」という、ぼくからするとよくわからないことをみんな言っていて、別に離れ離れになるわけじゃない。引越しで遠くに行ったって、別に会いにいけば済む話だからいい。地理的に遠くたって大丈夫なんだよな。知床だろうと高山だろうと沖永良部島だろうとどこでも会いに行くよ。地衣子先生は行くよって言ったらほんとに行くんだから、舐めないでよね。でもそうじゃないんだよな。みんな働きはじめて、お給料をもらって、自立して暮らしていくんでしょう? 他方、ぼくは学生で居続けて、自立支援なんとかっていう福祉サービスに「自立するためのサポート」とかいうよくわからないことをしてもらって、薬の力でなんとか生きていくってわけですか? やんなっちゃうよね。学生で居続けるのは自分の選択だし責任だけど、そうはいってもってものなんですよ。誰か1人くらい休学する人がいてもいいんじゃないですか?って思うわけ。まあその人の選択だからね。ぼくも選択をしたからね。いいんでしょう。そういうことにしておきましょう。わかったよ。みんな自立してえらいね。

つらいな、と思う。

一時期異性から誘われたり何されたりすることがあって、はじめ何とも思ってなかった人に徐々に徐々に惹かれていった、そんなことがあった。周りからはめちゃくちゃ応援されたんだけど、過去の傷が多すぎる一方で成功体験は全くない地衣子さんに、何かをできる余力なんてもう残ってなかった。結局なにもしなかった。正確には、やろうとはするんだけど、何をやろうとしても、過去の失敗経験がフラッシュバックしてきてしまって駄目だった。もうだめだった。のちに精神科をかかってみたらその「トラウマ」は「症状」に名前を変えたんだけど、名前が変わったところで何もできないことに変わりはない。そうこうしていたら、共通の知り合いと話す機会があって、あの人はきっと何も考えてないと思うよ、振り回されちゃったの?って言われて、あっさり終わった。ほんとはもっとずっと前から終わってたんだけど、終わった。ちゃんと終わらせてくれて本当にありがとうね。その知り合いは、そのあとも、また翌日も、ずっとそばにいてくれて、色々喋ったような気がする。本当に助かった。やさしい。本人は何も考えてないのかもしれないけど。やさしい人だな、いろんな人たちに囲まれてるのも納得だなって思った。やさしい人はありがたいとして、それはそうと、これからどうしようね。どうするってのは、ぼくを振り回した(いや向こうは悪くない)彼女の話じゃなくて、人生。どうするったって、なるようにしかならないし、なるようにすらならないから、これまでトラウマ改め症状しか溜まってこなかったんだけど。現実の流されていく方向を直視したくないような、いやもう見えてるんだけど、見たくないような気がして、とりあえずまだ見てないことにしている。いや別に、恋人が欲しいわけでも異性の友達にチヤホヤされたいわけでもないんだけど、それはそうと、人生どうなっちゃうんだろう、というのはあって、どうなっちゃうんだろう。例の彼女の話はメンクリの主治医に言ったんだけど、現実がァ〜とかどうなっちゃうんだァ〜みたいなのは言ってなかったと思う。言ったほうがいいのかな。言ったところで多分何にもならないんだよね。黙っとこうかな。黙っとこう。ぜんっぜん話吹っ飛ぶけど、きっといい人見つかるよ、とか、女の子は他にもいっぱいいるよ、とか色々言ってくれる人はいるんだけど、そういうこと言ってくる人たちって上手くいってる人ばっかだよね。何度も言われてるとちょっとムカついてくるというか、信用できないな、世界が違うんだろうな、みたいな感想が出てきちゃうことがある。正直。やさしさなんだろうなってのはわかるんだけどね。それはあなたがうまくいってるだけでしょ。私とあなたは違うんだよ。な〜んて目の前のやさしい人には言えないから、そんなときは缶チューハイをひとくち飲み込むんだ。レモンの味を感じて落ち着くことしかできない。みっともないね。

つらいな、と思う。

つらいな、と思うこと自体は精神科の御用になる前からずっとあったし、そのくらいはなんとか乗り越えてきた。でも最近は、つらいを通り越して、ずん、ずん、ずんずんずびずびずびずずずずずって気持ちが際限なく落ちていくことがあって、自殺したいけど自殺する気力も湧かない、とりあえず動けない、みたいになることがある。そんなときは精神安定剤を頓服する。クエチアピン。毎晩飲んでるやつに加えておかわり服用ね。ほんとは統合失調症の薬なんだけど、双極性障害にも使われていて、自分も抗不安薬として使っている。頓服をすると、どうしようもなく眠くなって運転ができなくなる代わりに、死にたい、までいかずに、つらい、程度で止まる。ことが多い。薬さえあれば、普通の人の「つらい」以上のつらさには(たいていの場合は)ならないから、本当に助けられている。助かるなあ。そして最近また薬の種類が増えたし、自分にかかる医療費はどんどん増えていく。それでも自立支援医療(精神通院医療)という公的制度で1割負担にしてもらったので、自己負担はそこまででもない。親が加入してくれている健康保険と、障がい者福祉の名目でどこかの官僚が取ってきてくれた予算とに支えられて、ぼくはとぼとぼと「自立」している。死にたくなったらクエチアピン飲んで、と主治医に言われた。しょうもない。

書いてたら、ほんとにみっともないなと思えてきた。もちろん前からずっと思ってたけど、あらためて書き出してみるとひっでえな。死んでしまえ、と思う。しんでしまえ。うん。しんでしまえ。大事なことなので3回言ったよ。まあ、でも、そうなんだけど、あとちょっとは、クエチアピン飲んで生きていようかなと思う。やるなら、最後に現実を突きつけられて、人生に深く絶望してからにしたい。つらいな、と思う。でもつらいな、ってツイートするだけにしようと思う。みっともなくてほんとごめんね。申し訳ないんだけど、もうすこしだけ生きさせて。

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