「モンティは正解のドアを開けない」

ある男の話をしよう。

彼と出会ったのは夏の夜。
新人警察官だった私が、赴任したばかりの街をパトカーで巡回していると、ある家の窓の外に立つ男が目に止まった。

どうやら老人のようで、こざっぱりした格好をしているが、片手には紙袋を抱えていた。

あたりはすっかり寝静まった時間だった。
老人が立つ窓の中も真っ暗だったが、奇妙なことに、その窓には外灯が取り付けられており、煌々とした光を放っていた。

そして。
老人は外灯が灯った窓を開け、その家に這入ろうとする!!

私はパトカーに同乗していた先輩に声を掛けた。
「あれ、空き巣です!」
先輩は男の様子を一瞥してから辺りを見回して、静かに首を振る。
「……いや、彼はそういうのじゃない。」
先輩警察官はパトカーを降りて、彼に歩み寄って声を掛けた。
「やあモンティさん、いい夜ですね。買い物の帰りですか?」

モンティと呼ばれた老人は、微笑んで振り返る。
「やあお巡りさん。今夜は風が涼しいね。」
そのまま2人は親しげに会話を始める。
今朝のニュースや、先週の日曜礼拝のこと、近所の犬と飼い主の小さな男の子の親しげな様子のことなど、本当にたわいのないことを。
紙袋の中身は深夜にお腹が空いてどうしても食べたくなったハンバーガーとコーラだそうだった。

ひとしきり話し終えると、2人は軽く会釈をし、先輩はパトカーに戻り、モンティと呼ばれた老人は窓の中に消えた。
しばらくして部屋の明かりが灯るのを確認すると、彼は何もなかったようにパトロールを再開する。
「先輩、さっきのは……。」
私は彼に問う。
「あれはモンティさんの家だよ。」
彼は私にこともなげに答えたが、普通、自分の家に窓から帰る人間が居るだろうか?

私の疑問を見透かすように、彼は言葉を続ける。
「お前さん、モンティの家の様子を覚えているか?」
問いに対して、モンティの家の外観を思い出す。
「窓の外に外灯がある変わった家だったのは憶えていますが、そのほかは暗くて。」
私の答えを聞いて、彼は軽く笑ったようだった。
「窓の高さは?」
「そうですね、彼の胸ぐらいでした」
「じゃあ、モンティはどうやって窓から入った?」
「……あっ。」
窓の高さは、おそらく室内からは腰の高さになるものだった。
もし外から入ろうとすれば、サッシのレールに手をかけて、よじ登る必要がある。
だが、彼は普通に歩いて窓の中に入っていった。
そう。窓の下には階段が備え付けられていたのだった。
先輩警察官は私が結論に達したのを見透かして言葉を繋ぐ。
「あれが彼の家の玄関なんだよ。
 もっと言うと、彼の家にはドアというものがない。外にも。中にも。」
私は慌てて言葉を返す。
「そんな奇妙な家に住む理由がありますか?
 じゃあリビングの入り口はどうなんです?」
「窓だ。」
「寝室は?」
「窓だ。」
「まさかトイレも?」
「鎧戸だそうだ。」
「じゃあシャワールームは?鎧戸じゃ水が溢れてしまう。」
「そこはすりガラスの窓らしい。」
私は絶句して、頭の中で疑問を反芻する。
なぜあの老人、モンティは、そんな奇妙な家に住んでいるのか。

パトカーは住宅街のパトロールを終え、警察署に帰る大通りに差し掛かっていた。
何台目かの対向車のヘッドライトが通り過ぎたのと同時に、先輩警察官は答えを口にした。

「モンティは、正解のドアを開けないんだ。」


(オチちゃったからたぶん続かない。)

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