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チバユウスケにサインをもらいそこなった話
(文・牛島兄)
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いま家にあるミッシェルガンエレファントのレコードは一枚だけ。”GT400”の7インチシングルだ。これだけは手放すことができなかった。この曲が一番好きだから、という理由ではなく(むちゃくちゃ好きな曲なのは間違いない)、メンバーのサインが入っているからである。ベーシストであるウエノコウジさんのサインだ。
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これはいまから23年前に、当時高校生だった自分がその時住んでいた福岡のレコード屋さん(昨年惜しくもなくなってしまったJUKE RECORDSというお店)にて、買い物に来ていたメンバーと遭遇しその場でいただいたものだ。このシングルが収録されているアルバム”CASANOVA SNAKE”リリース時のツアー中、ミッシェルは2days福岡でライブをやっている。このサインは初日の前日の昼間にもらったものだと思う。
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実はたまたま遭遇した、という話でもなくて、このツアー前に出た音楽雑誌(この頃ミッシェルが載った雑誌はすべて欠かさず買っていた)に載っていたインタビューで、ウエノコウジとチバユウスケが「福岡のJUKE RECORDSはいいレコード屋、パブロックがむちゃ充実してる。」と答えていたから、ツアーオフ日の今日行ったら会えたりして。なんて淡い期待が最初からあった。まあ、そうでなくとも日常的にこのレコード屋には入り浸っていたので、いつも通りの休日の行動パターンだったのだが、この日は履いていたブラックスリムのポケットにマジックペンをさして家を出た。
店でいつものようにレコードを見ていたら、突然、ウエノとチバ、そしてマネージャーの能野さんが3人で入ってきた。心臓がとまるかと思った。もしメンバーがきたらその場でミッシェルのレコード買ってそれにサインもらえばいいや。という事前のイメージトレーニング通り、そこで売られていた当時の最新シングルをササッと購入した。よく訓練された兵隊のような敏捷さであった。お買い物中に声をかけるのは迷惑だろうから、買い物が終わるまで待つことにした。2人は何のレコードを買うのだろう、とむちゃくちゃ気になっていたがあまりじろじろ見るのも出来なかった。
物陰から見ていた、チバが会計する時の店員とのやりとりは、いまだ鮮明に覚えている。せっかくなので記しておく。
(店員から「スタンプカードお持ちですか?」と聞かれ)
5秒くらいジッと考えた後、マジメな顔で
チバ「家にはある。」
わー!チバはやっぱりチバだ!とすごく嬉しくなった。
続いて「じゃあ、今度押しますね」みたいなやりとりで、流れは忘れてしまったけど店員から名前を聞かれ
チバ「チバユウスケです。覚えといてください。」
わー!チバはやっぱりチバだ!とまたすごく嬉しくなった。
続いて領収書の宛名を聞かれ
チバ「バッド・ミュージックで!」
事務所かよ!
一流ミュージシャンは事務所がレコード買ってくれるんだな、羨ましいなと思いました。
そうしているうちに、2人が店を出る雰囲気になったので、事前のイメージトレーニングどおりにササッと店を出て、お店の入ってるビルの1階で2人がエレベーターを降りてくるのを待った。2人は別々に出てきた。最初にウエノさんが出てきて、おずおずとすみませんサインしてくださいとレコードとペンを差し出すと、快く応じてくださったウエノさん、ありがとうございました。ほっと胸を撫で下ろして続いてチバが降りてくるのを待った。すでに夢の中でチバには何回もレコードにサインを貰ったり握手をして貰ったりしていたが、いよいよその夢が現実になりそうだ。興奮したが、同時にむちゃくちゃ緊張した。
エレベーターの扉があいてチバと能野さんが出てきて、目の前を通り過ぎていった。
しかし自分は声をかけることができなかった。
さっきウエノさんにサインを貰い、すでに勇気を使い果たしてしまっていたのか(元々勇気はあまりない)、目の前でみるチバユウスケのオーラが凄すぎて圧倒されたのか、色々あったと思うが一番はもし断られたら、冷たくあしらわれたら、どうしよう。自分が一番憧れている人に。という恐怖みたいなものが、あったと思う。また、圧倒的にカッコいいロックスターを目の当たりにして、ニキビ面の冴えない高校生の自分がどうにもみすぼらしく感じて、気後れしてしまった。
こういう時、何の躊躇もなく憧れの人に声をかけられる人と、そうでない人がいる。自分は後者であった。
すごく、すごくがっかりした。ふがいない自分に。情けない気持ちでその場をあとにした。
自分はその時ミッシェルのコピーバンドをやっていてベースを弾いていたので、もちろんもう1人のヒーローであるウエノさんにサインを貰えただけでも十分に素敵な出来事であったが、一番の憧れの人にサインをもらえなかったのは、悲しい記憶として残った。本来なら額装して壁に飾るべきだったレコードは、レコード箱の奥にしまわれ、一度も針を落とすことはなかった(そもそもこのレコードはすでに持っていたし)。
ミッシェルガンエレファントが、チバユウスケの音楽が自分にとって本当に重要だったのは大学に入るまでだった。チバユウスケも変わっていったし、僕も変わっていった。段々と最新のミッシェルの音楽は自分にとって魅力ではなくなってゆき、チバのファッションや書く歌詞もなんだか好きになれなくなっていった。態度とかもカッコつけすぎだな、と思うようになった。いやカッコつけるのはいいんだけどそれは自分の良いと思うカッコよさではなくなっていた。大学で出会った、むちゃくちゃレアな70sパンクとかに精通していた同い年のやつに「ミッシェルなんて聞いてんの?」なんて言われたりしたことも影響したかもしれない。最後のアルバムはどうしても好きになれず、いまだにSNSで定期的に上がってくるMステ事件にもうーんと思っていたら(アイドルの尻拭いなんかやって欲しくなかった)、解散が発表された。解散ライブには足を運んだけれど、すでに終わったものを眺めるような、覚めた気持ちだった(実際あのライブは良くなかったと思う)。ミッシェル解散後のチバの音楽も、耳にはしたけどやはり好きになれず、たまにライブの写真を見かけては「うっとおしいから、髪切らんか。」と思っていた。
自分の好きな音楽はどんどん変わってゆき、夢中で集めたロックのレコードはすべて売り払ってソウルミュージックのレコードに変わった。すでに死んでいる人の音楽ばかり聴くようになり、サインがもらえなかったらどうしよう、とか自分の好きだったミュージシャンが変わっていってしまうことを気に病む必要もなくなった。ミッシェルのレコードはこのサイン入りレコードだけが残った。たまにレコードを選んでいるときにこのGT400に出会うと、チクリと胸がいたんだ。このレコードは自分の情けない青春時代の象徴に思えた。
チバユウスケの訃報に、たくさんの人がショックを受け、自分の気持ちやチバユウスケの音楽との思い出や、または本人との親交の思い出をSNSにアップしていた。みんなの気持ちが、痛いほどよくわかる。これまでにもたくさんの大好きなミュージシャンが死んでしまったが、その誰のときとも違う、悲しく苦しい気分だ。10代の多感な時期に一番夢中になって、何回もライブを観に行き、おすすめのレコードは全部メモしてレコード屋に探しに行き、ファッションを真似しようとこんなカッコいい服どこに売ってるんやろと雑誌の写真を穴が開くくらい眺めていた人が死んでしまった、それは自分の一部も死んでしまったような苦しさだ。そして自分もまた間違いなく死に向かっているのだという、当たり前の事実を突きつけられ、冷たい手で心臓に触れられるような、寒々しい気持ちになる。青春時代のヒーローが、自分がDJしたり、友達とバカ話したり、恋人のおなかをさわったり、仕事したり、冷凍のブロッコリーを解凍したりしている間に、どこかで灰になってしまっていた。それを考えると、たまらなくせつない。
最もこれは、誰かに夢中になったことがある人なら、誰だっていつか経験することだろう。しかし、もう少し遅くにくるものだろうと思っていた。ミッシェルのギヤ・ブルーズを発売日に聞いてひっくり返るよう衝撃をうけたその翌日、僕は謎の高熱が出て学校を休んだ。頭はぼーっとしていたが、布団の中ですごくわくわくしていた。しかし、今はチバユウスケが死んでもなんでもないような顔をして仕事に行かなければならなかった。当たり前だけど。
もっともそう悪いことばかりでもない。あの時ふがいない、情けないと思った自分への真剣な感情も、大人になるにつれ段々、どうでもよくなってくる。自分の情けなさも、肯定まではいかなくとも、まあそんなに気にならなくなる。いまこうしてこのレコードを眺めていると、あの時のことも、それなりに愛らしい記憶のように感じる。その証拠に、あの日レコード屋の前でがっかりしてうなだれている17歳の少年を、いまはそっと抱きしめてあげたい気持ちだ。
さよならチバユウスケ。あなたはわたしの青春そのものでした。
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