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忘病記 ぼうびょうき 序章

序章

唐草模様やバロック様式の模様が次から次へと暗闇の中ヘッドランプに照らされる。
まるで幽霊の様に現れては消える人々。

不思議と怖くはない。

たまたま道中で知り合った私を含めた3人は、兵庫県の北部、香美町の山の中をひたすら北に向かって歩いていた。
お互い口数は少なく、たまにKさんは立ち止まり、鍛え上げられた細長い身体を折り曲げてオエオエ言う。
その姿を見てまた現実に引き戻される。
唐草模様やバロック模様が、ひび割れたアスファルトや石垣に戻っていく。

ここまで長かった。

朦朧とした頭が時折現実に戻る。
神戸の和田岬から、約100キロ。
ずっと走り続けてきた。
スタートから10キロあたりまでは集団で走り、やがてひとりぼっちになり夕暮れを迎えて、そして日が暮れて抜きつ抜かれつだったTさんと一緒に走るようになり、、そして2日目の夜を迎え、熊の目撃情報が絶えない香美町の山に挑む手前でKさんと出会い、ゴールの日本海に向かって3人で歩いている。 

一瞬戻った自分がまた遠のいていく。

向こうの木陰からたくさんの人が俺たちを応援してくれている。
また泥の様な思考に満たされていく。 

鵺の様な鳴き声に、また我に還る。

そう、ここまで長かった、、か? 

難病、重症筋無力症を宣告されてから3年。
果たして本当に長かったか?
それこそ今目の前で俺が見ている、疲労と寝不足による幻覚の様に、まるで病気なんて手に触れることもできない幻の様では無かったか?
手足の力が弱くなる難病を宣告されて、、
走ることが何より好きで、マラソン大会に出まくっていた俺。
それがまるで翼をもがれた鳥の様にある日、よちよち歩きしかできなくなってしまっていた。

全てはあの日から始まった。

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