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神社にラブソングを、落ち込んだ世の中に愛と笑いを。

2021年6月9日、水曜日。
人形町にある明治座にて、「水谷千重子50周年記念公演」を観てきた。

コロナ禍での公演ということで、歓声や大きな笑い声は控えなくてはならなかったが、代わりに大きな拍手とどうしても堪えきれず漏れてしまうような柔らかい笑い声で、お昼11時の明治座の舞台はあたたかく包まれていた。

忘れっぽい私のために一応書き記しておくが、水谷千重子とは、実は友近のことだ。50周年記念公演をしているが、実はこれは2度目の50周年記念公演で、更に言うと…驚くなかれ、実はまだ47歳だ。

株式会社よしもとミュージックのHPによると、
「幼少時に飛び入り出演した『歌まね生一本』でグランドチャンピオンとなり、番組の審査委員長でもあった二葉菖仁の目に留まり芸能界入りを果たす。少女時代の水谷千重子はその抜群の歌唱力から’北陸のひばり’と呼ばれ数々の大会を荒らす存在に。デビュー曲『万博ササニシキ』は大ヒットとなり、その後も『スコッチがお好きでしょ』『ミズチエルンバ』などで数々の音楽賞を受賞。『NHK紅白歌合戦』は毎年のオファーを辞退し不出場。近年では演歌とJ-POPの架け橋的存在として幅広い活動を繰り広げている。・・・というのが水谷千重子としての公式プロフィール。」と、ユーモアたっぷりに紹介されている。
ここで彼女のことをどう呼ぼうか悩むところではあるが、やっぱり敬意を表して水谷さん、と呼ぶことにしようと思う。

今回の公演は2部制で、1部はドタバタ笑歌劇と銘打った「神社にラブソングを」というお芝居。2部は水谷千重子オンステージとなっている。どちらも日替わりの豪華なゲストが登場する仕組みになっていて、私が観劇したその日のゲストは、1部がどぶろっくさん、2部が浜ローズさんだった。

ひとまず「神社にラブソングを」のあらすじを紹介する。

時は幕末。長きに渡る江戸時代が終わりを迎えようとしていた頃、江戸のはずれの山中に佇む、とある神社が存亡の危機に瀕していた。そんな折、神社に突如一人の女が飛び込んでくる。江戸随一のヤクザの親分に追われているという正体不明の女。身を隠すために巫女に扮して神社に居候するが慣れぬ風習に天手古舞の日々。静かに、しかし確実に迫りくる追っ手達を振り払い、逃げ切ることはできるのか!?そして貧困にあえぐ神社の行く末は!? 笑いあり、笑いあり、抱腹絶倒の千重子芝居の第二弾!(公式HPより引用)

度々「完全オリジナル作品です!」と言っていたが、勿論これは、かの有名な洋画作品のパロディである。
教会だった舞台が神社となり、修道女たちが巫女へと姿を変えた。
私はあの映画がとても好きで、もう何度見たか分からない。森久美さんが主演を務めたミュージカル版も帝国劇場へ何度も見に行った。
とはいえ、当然これはまったくの別物で、その名の通りドタバタ笑歌劇だった。
水谷さんのさらっと毒づくツッコミや、とんでもない歌唱力、「あーテレビで見てたやつ!」と思わずワクワクするコメディエンヌぶりはやっぱり凄い。芸達者とはこのことだ。
個人的には暗転による場面転換が多くて集中が途切れてしまうような印象も受けたが、お芝居やほかの演者のアドリブに近いトークやリアクションもあって終始飽きることなく楽しませてもらった。
笑いを誘うようなやりとりの中では、演者が観客の温度や雰囲気を見ながら、その時々に応じた寄り添った芝居を感じることができた。
一体どこまでが台本なんだろう…どぶろっくさん演じる「どぶ」と「ろく」が次々とyouさんから振られていた暴露話は全部アドリブのような気さえする。

細かいところまで作り込まれた王道のお芝居も大好きだが、こういうアドリブパートが散りばめられている作品も、演者が思わぬ展開に吹き出しそうになって天を仰ぎ、顔を伏せ、笑いを堪えているような、その時しか味わうことのできない楽しい空気も私は大好きだ。しかも芸人さんが日替わりで登場するなんて、出演者の組み合わせで何通りにも楽しめるのだから、リピートして通いたくなってしまう。

この時代だからこそ含まれているメッセージも感じた。人と人とが手を取り、励まし合い、そして笑い合い、共に頑張っていこう、という物語だった。

そして2部。水谷千重子オンステージというだけあって、水谷さんが往年の名曲をたっぷり1時間歌って聴かせてくれた。
まずなんといっても歌が上手い。もうなんか笑っちゃうくらい上手。いや知ってたけど。知ってたけど上手すぎる。
浜ローズさんがゲストだったこの日。
舞台袖から出てきた瞬間、私の顔が綻んだのを感じた。うわあ、本物だ。そればっかりが浮かんだ。
あの体格、声量、存在感、どれをとっても凄いインパクト。
一応ここでも書いておくが、浜ローズさんとはマツコ・デラックスさんのことだ。
二人ならではの息の合ったトークと、1週間前にデモを渡されたとは思えないほどの曲の仕上がり。ものすごくいい歌で、浜ローズさんのソロ曲に関しては、今すぐにサブスク解禁してくれ、と言いたいくらい良かった。

「お笑い」は娯楽、舞台も娯楽。
娯楽は生活必需品ではないと、そう言われた時があった。
だが、それらを仕事にしている人がいて、生き甲斐にしている人がいて、必要だと思う人がいる。
たしかに舞台を見に行く若者は少ないのかもしれない。ある程度金銭的な余裕がないと楽しめない趣味かもしれない。
だけど、この人を見に行きたい、この作品を見に行きたい、そう思ってチケットをとり、観劇当日までワクワクする時間、迎えた当日、幕が開くまでドキドキしながら開演のブザーを待つ時間、目の前で繰り広げられる世界へ入り込んでいる時間、終わった後の余韻、それら全てが、本当に生活必需品ではないと言えるだろうか。
こんな世界で、笑ったり泣いたり歌ったり踊ったり、ただ楽しいだけの時間って、本当は一番必要なのではないだろうか。


あの時、あの瞬間、明治座で過ごしたあのひと時が、ほんの少しでも世界を明るくしてくれたような気が、私はするのである。

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