じめじめした空気を吹っ飛ばすJazzの響きと最高峰の喜劇

「ゆずるの女」
と、私が勝手に命名した友人がいる。
彼女とは中学生からの仲だが、ご飯を食べに行ったり遊んだりするのは20歳前後からだったと記憶している。
そんな彼女がここ数年、熱狂的なファンとなり、日々「推し事」に励んでいるのが「紅ゆずる」だ。
宝塚歌劇団の星組に所属し、トップスターとして活躍し、そして退団した人物。

彼女が紅さん出演の舞台のチケットを手配しようとする時、大抵私にも声がかかる。
それは私が彼女と同じような所謂「紅ゆずるファン」ということではなく、ただ単に「推し」を見せたい心持ちからなのだろうが、彼女が私を誘う一番の理由はほかにあると思っている。おそらくその理由がこの「感想文」だ。

過去に数回、私は彼女へ「感想文」を提出してきた。宝塚の舞台を観劇したあと、宝塚作品のDVDを鑑賞したあと、紅さんのライブに参加したあと…まあ、このラインナップでは正直私ももはやただのファンだ。

というわけで、今まではスマホのメモ帳に打ち込んでいた文章をLINEで個人的に送りつけていたものを、せっかくだしここに貼り付けてみる。これもまた、私のための、記憶だ。


6月15日火曜日、お昼11時半の新橋演舞場。コロナ禍で久しく会えていなかった友人と東銀座駅で落ち合い、観劇へと向かう。梅雨入りしたらしいが、雨は降っていなかった。

客席には昨今の情勢が関係してキャパの半分までしか観客が入れないようになっている。それでも、この舞台の幕が開けただけでも良かった。なぜなら今回のこの舞台、本来であれば昨年上演されていたはずの演目だった。演者にとってもファンにとっても2年越しの作品。歓喜と期待と、なんとも言えぬ感慨深さがある。

さて、お芝居のあらすじは以下の通り。

「Jazzyなさくらは裏切りのハーモニー
~日米爆笑保障条約~」

太平洋戦争も終盤のサンフランシスコ。魅惑の女性DJ“ニューヨークの桜”と共に対日謀略放送に加担している日系アメリカ人ジャズバンド「ツインズ」のメンバーは、アメリカ敗戦!?の大統領声明を聞く。
同じ頃、空港に降り立った日独同盟軍西米国支部作戦本部長である女性海軍中佐は、アメリカ日本化計画を発令する!
その結果、バンドは、嫌いな演歌や歌謡曲を演奏しなければならなくなる。
強面な割には、キュートさも垣間見られる海軍中佐には、さらに別の顔もあったー。
連合国と日独の戦いに翻弄される日系ミュージシャンの悲劇という名の東京喜劇!
笑いと音楽と感動のストーリーがあなたの脳を揺さぶるー大エンターテインメント。
日米爆笑保障条約!署名、調印してください!(公式HPより引用)


三宅裕司さん演出の舞台を観させていただくのは2度目。最初に観たのは、池袋のサンシャイン劇場だった。「Mr.カミナリ」という作品で、「作り込まれた王道の笑い」に触れた。これでもかと組み込まれたネタの数々、なかには若干のジェネレーションギャップを感じる部分もあったが、それも気にならないくらい笑い続けることができた。
一体今回はどんな舞台になっているのだろうか、あの濃いおじさまたちの中に飛び込んだゲスト2人はどんな風に魅せてくれるのだろうかと、楽しみにしながら幕が上がるのを待った。

※以下、ネタバレも含む。



まずストーリーとして、全員が双子のメンバーであるという冒頭の設定が結末の伏線になっているとは驚いた。
オープニングで主力メンバーがどんなキャラクターなのかが大体把握できる構造も、とにかくわかりやすい。
テンポよくボケやツッコミ、笑いのネタが散りばめられていて、気を張らずに観られる。
おじさまたちの年季の入ったコンビネーション、稽古を積んできたことが手に取るように分かる台詞の応酬、完璧に狙った間の取り方。あらゆるところが絶妙。


そして我らが紅さんの登場シーン。ここ、ここですよ。当て書きにも程がある!っていうほど、紅さんのための役。紅さんのための演出。紅さんにしかできない芝居。
スポットライトを浴びてステージの中央に立っている姿がまあ神々しい。すらりとしたスタイル、小さい顔、華奢な肩、つやつやの肌、指先まで神経が行き届いた美しい所作。よっ!待ってました!と思わず声が出そうになる。

全編を通して、とにかく紅さんの芝居だけが明らかに強調されている印象を受けた。宝塚の舞台を彷彿とさせるような、より大袈裟な台詞回しに、体の大きな使い方、観客の視線を一瞬で自分に集めさせる力、そしてバチバチのアメリカンなウインクと投げキッス。そんなある種異様な雰囲気を醸して際立っていた紅さんに対して、もう一人のゲストである横山由依さん(AKB48)は、逆に一座にすっかり溶け込んだような違和感のないお芝居で、その対比も面白い構造だった。
横山さんのお芝居は全然癖がなくて、声もハイトーンでまっすぐ飛んでくる感じがして、セリフの聞き心地がとても良かった。1幕の終わりから、2幕全体を通して、わりと物語を展開させていくキーになる役だったし、何より早着替えの量が多くて、流石ステージで何着もの衣装を着替える現役アイドルは凄い。
わりとがっつり一人二役を演じなければいけない横山さんの、「物理的に無理ですね」はとても秀逸なツッコミだった。うん、そりゃあそう。

結末として、本来のツインズのメンバーが最後の最後に同志としてゲリラジャズ演奏をしなかった場面については、なんとなく気持ちが分かる。あと一歩の勇気。自分が変えてやるという気持ち。そういうのって、本当に難しい。
その分、双子の偽ツインズたちは、やけに素直で。国のため、平和のため、やれと言われたらやってしまう。猛練習を重ね、押し迫る緊張感にも負けず、ゲリラのジャズ演奏をこなしてみせる。
その対比構造も面白いところで、
日々練習を積み重ね、自らの武器である音楽をもってしても、前例を覆すことや声を上げることに対して二の足を踏んでしまう一方、知識も腕もない、自信も技もないけれど、無鉄砲でありながらも果敢に飛び込んでいける者がいる。

やってみたら意外と出来たじゃん、とか、ビビって尻込みしてたけど結構出来るじゃん、みたいなことって生きてると時々出会うものだ。悪い方へ悪い方へ考えている時ほど、終わってみれば呆気なかったりするものだ。考えれば考えるほど、あんなに考えてた時間なんだったんだろうと思うこともある。
頭で考えずに、良いと思うことをまずはやってみろ。笑って、泣いて、勇気を出して飛び込め!
そんなメッセージを感じる舞台だったかな。

ちなみに、カーテンコールのご挨拶も面白かった。一流のコメディアンがこれだけ揃うと、こんなにも面白い挨拶になるのか、と感服。

小倉さんが、終盤ジャズの生演奏をする場面で、紅さんと目が合った時にぐっと親指を立てられて、「がんばりましょうね!って意味だったと思うんだけど、しっかりやらなきゃ殺すぞって感じに思えて怖かった…」と冗談めかして話していたが、うん、その場面この目でしっかり見てました。
紅さんは余裕たっぷりのご様子で、周りを見渡しながら演者の皆さんとアイコンタクトを交わしていたが、その笑顔を向けられた小倉さんの引き攣った緊張感あふれる苦笑いといったらもう、不憫で可愛い。

紅さんの挨拶では、「お客様の反応で私たちの芝居も変わる、ほかにも気候とか天気で…」と言ったところで、「気候と天気は一緒じゃないか?」とすかさず三宅座長に突っ込まれて。それでも果敢に「いやでも温度とか、湿度とか、UVとかね」と続ける紅さんに、今度は末っ子由依ちゃんにも「室内ですけどね」と突っ込まれる始末でしたが。

カーテンコールの挨拶でも、一座の一体感というか、まとまりというか、良いものをつくろう、お客さんに届けよう、という熱い空気を感じることができた。


笑いはこころのワクチン。
やっぱりエンタメが死んだらだめだ。
世の中色んなことがあるけど、嫌なことはとりあえず置いといて、ちょっくら笑って楽しんでまた明日もやるだけやってみよう。
そんな風に、心をあったかく掬い上げてくれる、熱海五郎一座の素敵な芝居。

どうか千秋楽まで、演者の皆様が健康第一、走り抜けられますように!

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