暇空対のりこえねっと訴訟判決の意味と示唆(9月7日ほむら訴訟追記)


暇空対のりこえねっとで暇空が負けることは予想通りで当然の結果なのだが、判決理由がどう書かれているかに興味がある(下記に判決文とコメントあり)。

暇空が訴訟を仕掛けて負けたんだから「暇空敗訴」をフィーチャーしてもいい。

のりこえネットは暇空に損害賠償請求するのね。それは当然のこと。暇空らにはこうやって代償が積み上がっていくことになる。

「代償」は連中の計算を超えていく。とうに広がりは欠いており、裁判等対抗措置が追いついていくし、刑事事件になって非金銭的な「代償」を払うことも含め。少し視点を変えると、金銭的には暇空はカンパあり蓄えありだが、攻撃に時間費やした機会費用含め既にマイナスの者はいる。

これは、開示請求、住民監査請求、住民訴訟などについてもポイントなのだが、暇空らがやっていることは叩くため、嫌がらせをするための権利濫用であって、厳しく対応されるべきものであるということ。前にも書いたが、都は住民訴訟で権利濫用であるとの主張をすべき。

これも書いたが、住民訴訟で何気に私が注目しているのは、判決理由の中で暇空の提訴への苦言、戒めが述べられるか。恐らく裁判官の心証は既に形成されていて、無意味な訴訟、無意味な主張という認識がなされているだろうと想像する。権利濫用ということを都側からはっきり主張して判決文に書かせたい。

私の立場からすれば、開示請求・住民監査請求・住民訴訟について権利濫用を言うのは忸怩たるものはあるが、気に食わない相手を叩くために住民監査請求・住民訴訟に乗せるというモデルを暇空が示してしまったことは深刻なものがあり、ちゃんと線を引くことがこれらの制度を生かすために不可欠。

なお、暇空の相手方が権利濫用の主張をし、それが判決文に書き込まれれば、損害賠償請求等により暇空に相応の代償を払わせることをより容易にするものと思われ、正義に適うことであると思う。

暇空が本当に恐れているのは、自分が場をコントロールできないこと、コントロールできない場に出ていくこと。そういった場に身を晒すことが暇空にとっては「身の危険」として感得されるのだろう。また、言論を以ては説得できない、合理性を示せないことの否認として非合理性、暴力性を相手に投影する。

もちろん、自分は「巨悪と闘う」「闇を暴く」重要人物であるという誇大妄想故でもあるのだろうし、「あいつらは何をするかわからない」という印象誘導でもあるのだけど、自分が誂えた場じゃないと出られないというのが一番であるように思うし、視線に晒され挙動、身体サインを見られるのも嫌なはずだ。

暇空らの主張の定型が現れている。都合のいい事実を拾い都合よく又は妄想で解釈し「こうに違いない」と言い「説明しろ」と言う。又は、単に自分が理解できず理解しようともしないだけなのに「怪しい」「疑問だ」と言い「説明しろ」と言う。ツイート、YouTubu/note、住民監査請求、住民訴訟…全部そう。

8月29日追記(暇空の「見解」について)

判決、裁判官の和解促し、書面、どれも都合よく解釈してるだけ。「DMCAでの攻撃をさせない」が主目的と言うが、著作権者の権利主張を「攻撃」と言うのがおかしく、いちゃもんつけて訴訟の負担を課すという脅し。あと、この話、いつの間にか「誰かの著作権」を侵害したことは前提になってるのよ。

暇空が原告の訴訟は「何でお前が訴えるの?」というものばかりだが、一つには注目を集めて収益化するということがもちろんあるのだが、もう一つには「俺に逆らったら訴えるぞ」という脅しの意味がある。訴える訴えないは自分で決められるが、訴えられたら応じるしかなく、無理やり負担を課せられる。

しかもね、対のりこえねっとも顕著だけど、「何でこれで訴えた?」という不可解なものばかりだから、注意を配っても防ぎようがないという不気味さを与えるよね。しかも、暇空に軍資金があることも知られているし。

暇空が「顔を見せたらどうなるかは予想がつく」って意味がわからん。法廷内で危害が及ぼされたりヤジを飛ばされたりはないし撮影もされない。街中で気づくかどうかだって怪しいよ。みんなが言ってるのは、なぜ暇空本人が本人の言葉で語らないのか、それも一方的に語るのではなく応答せよということ。

上にも書いたが、暇空が嫌っているのは、自分が場や文脈をコントロールできないこと。尋問では受けに回らざるとえない。挙動や身体が発するサインを見られてしまうのも耐えられないのだろうし、被害者意識パンパンで敵対的な視線や雰囲気を先取りして感じてもいるのだろう。

そもそも、Xなんかでも、多義的に読める場合はもちろん、暇空が分かりにくい書き方をしていたり表現を誤ったりしている場合ですら、自分が思う通りに読まれないとキレて、相手の「知能が低い」せいにすることがしょっちゅうだからね。それが笑われていることにもムカついているし。

9月7日追記(ほむら訴訟について)

わかってないのかわざとなのか。100人全員が実務をする訳がない。こういう場合、無償で名前連ねるという形で応援、助力する弁護士が多いはずよ。そんなこともわからん?

当のほむらも暇空らも数の多さを揶揄するばかりで的外れ。それだけほむらの言動を問題視し怒りを共有する弁護士がいるということ。それを表示したのが弁護団の構成と人数。当然主張内容を是認・支持する立場の弁護士がこれだけいるということで、その意味を考えるべき。

暇空もなるも引用されている判例すら読まずにバカにしてるのよ。寒い。

ん?なんか半身の姿勢?

高橋弁護士の趣旨を捻じ曲げる暇空。てか、意味わかってないんだろうな。そして、2枚目も合わせて見るに、高橋弁護士は暇空との距離感を見直しにかかっているような。

やっぱり2人とも、近い立場のはずの高橋弁護士が朝から縷々書いている意味を全く分かっていないよね。脅しとか威圧じゃないんだよ。ほむらの請求を棄却すべし、このような訴訟は不当だということにこれだけの弁護士が賛同し、責任をもって弁護団に加入した。このことの意味。

この訴訟は弁護士たちも言いがかりのような形で訴えられているし、代理人も面白おかしく晒される。この当事者と代理人である弁護士たちを孤立させず支えるという意思を持つ弁護士がこれだけ馳せ参じた。裁判というものを濫用し、裁判外のネット上でも攻撃を続けるほむらや暇空には理解できまい。

この訴状を読んで「ごく普通の事件」と言われる方が混乱するわっ。形式的にはそうとも言えるが、問題は内容だろうに。言いがかりで弁護士を被告にし信用を貶めようとするのであれば妨害性がある。懲戒請求でも形式上はそうであっても言いがかり、嫌がらせであれば妨害性があるだろうに。

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