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推し地下アイドルの卒業後、所属していたグループのワンマンに行ったら推しがいた話

読まなくてもたぶん大丈夫ですが、読んだほうが内容が分かりやすくなる以前のnoteです。↓

私はとある女性地下アイドルにのめり込み、そして彼女は2019年8月、そこそこ突然に卒業した。「私のアイドル生活はこれで終わりにします」という言葉は嘘ではなく、それから5か月、何の音沙汰もなかった。

こちらといえば毎日彼女を想い、待ち受けの彼女の写真を眺め、そんな状況でとうてい新しい推しアイドルなど出来るはずもない。上記で一度行った以来所属していたグループのライブからも足が遠のき、これといった趣味もなく「楽しくない日々」の繰り返しだった。

元グループといえば、迎えた新メンバーが12月半ばにて諸般の事情により脱退していた。新たなメンバー募集が始まり、その選考が決まるまでは、残った2人体制での活動を余儀なくされていた。

しかし、そこには問題がある。1月某日に控えた、そのグループのワンマンライブである。

一応説明すると、地下アイドルのワンマンライブとはそう頻繁に開催できるものではない。基本的に週4,5回ライブを行うグループが多いが、そのほとんどが「対バン」と言われる、たくさんのグループが15~20分ほどずつ出演して数曲披露し終わるものだ。

対して、ワンマンライブというのは多くても年に数回しかない。そもそも地下アイドルの一つのグループが一つのライブ会場を貸し切るのは難しいのだ。

だから、ワンマンライブが決まると、メンバーもそのヲタクも気合が入る。ワンマンライブの成功は対外的な印象の上昇にもかかわるし、「ワンマンライブで〇〇〇人集客成功!」と具体的に数字が出せればより良いわけだ。

運営側もそれを理解し、「新体制・3人での初のワンマンライブ成功」を目論みスケジュールを設定していたのだろうと思う。

しかし、惜しくも脱退。新メンバーを急に入れたとしても、ワンマンライブまでのたかだか1か月ですべての曲や振りを覚えさせ、サイズのあった衣装を渡すなど不可能。1時間半ほどの公演を2人でこなさなければならないことは確定していた。しかも、以前とは変わった歌振り。2人で使わなければいけない広いステージ。ポジションの変化。体力配分。

私の脳内には、推しの言葉が響き渡っていた。

「いろんな気持ちがあると思うんだ。私のいない□□を見るのが寂しいって思いを抱いてくれている人もいると思う。落ち着いたらでいいんだ、2人が歩んでいる道のり、これからの□□を見ていてほしい」

単純なので、どこか他人事だった2人のことが急に心配になった。行かなければならない気がする。不安も山ほどあるはずだろうと。それなのに、不安ばかり言っていられないのがアイドルという職業だから。(9月末以来一度も行っていなかったヤツに心配されたくはないかもしれないが、)1月はじめ、私はチケットを買った。

しかし私のほうでも問題が浮上した。本来ワンマンライブ当日は仕事がちょうど休みだったのだが、絶対に回避できない出勤を命じられたのである。

しかもよりによって定時は20:15。ライブスタートは19:30。職場から会場まではだいたい30分。1時間半のライブだとすると、本当にギリギリだ。ラスト1,2曲聴けるか聴けないかの瀬戸際。

正直、諦めようかと思った

よく考えなよ、私。推しメンはもうそこにいないんだよ?まあもうお金は払っちゃってるけど、推しメンもいないのに30分かけて会場まで急いで、1曲聴けるかもわからない状態で。1人の集客とか、四捨五入されるだろうし。休日出勤だし。たぶん疲れてるし。翌日も朝早くから仕事だし。

でも。だけど。

私にとっては、このグループを見守るということが、彼女との最後の約束であり、同時に支えでもあったのだ。見に行けていないとはいえ、ツイートをRTしたりいいねしたり、ごくたまーにリプライしたりする。グループの行く先を案じているし、大きな舞台はちゃんと行く、と現メンバーにも言った。そうして約束を守り続けていくことが、いま私にとって存在する唯一の「推しメンとのつながり」なのだ。

行こう。1曲でも聴ける可能性がある。1人の集客だって、いらないはずがない。


ライブ当日。20:15。

私は小走りで職場を出て、使ったことのないバス停へ向かおうとしていた。事前に確認していたルートだと、電車よりバスのほうが5分早く着く。もう一度時間と経路を確認しよう…とGoogle mapを開いた。

6分遅延

赤字で表示されたそれに脳が止まる。バスはどうやら遅れているらしい。6分。その情報がどこまで正しいのかはわからないが、確かに電車と比べてバスはいつも遅れがちだった、と学生時代の通学を思い出す。

予定通りバスで行くか?電車に切り替えるか?

決断が怖かった。どちらかにしたせいで間に合わないかもしれないし、どちらかにしたおかげで間に合うかもしれない。誰にも相談できないし、そもそもする時間もない。バスならあと2分で発車時刻だし、電車ならあと1分。

私は駅に走った。ホームに着いてちょうど電車が滑り込んでくる。息を整えながら、新しい経路での駅からの道をGoogle mapで確認し、スマホ片手に移動して無駄な時間ロスが生まれないように。

そして私は競歩選手かのような動きで渋谷駅を脱出し、ライブ会場に向かった。

息も絶え絶えでライブハウスに着くと、まだ音が漏れている。良かった…。重いドアを開き、そこそこ埋まっているフロアに足を踏み入れる。どうやらアンコール中のようだった。定番曲の一番最後くらいのフレーズ。を聞いていると、声を掛けられた。

近くにいた知り合いが「〇〇来てますよ!」と我が推しメンの名を言う。

少しは予想していたことであるが――運営と揉めた末の脱退などでなければ、卒業したメンバーがライブを見に来ることも結構ある。

心臓が破裂しそうだった。

でも、関係者席は暗くてあまりよく見えない。走ったことと、推しメンの名前でちぎれそうな鼓動をおさえながら、ダブルアンコールを待った。

ダブルアンコールはなんと、2年ほど前に卒業した初代リーダー(注:今は社会人をしながら時々別グループでライブに出ている)と、現メンバーの3人で曲を披露してくれるらしい。

私服の初代リーダーがステージに上がる。豪華だなあ、と思いつつ、いやいやもう1人出られる人いませんか!?関係者席に!!という気持ちもあった。が、仕方ない。同じ空間にいるであろうだけで充分幸せだ。

ダブルアンコールで始まった曲は、このグループを代表とする人気曲。そして、推しメンの卒業公演、一番最後に披露された曲だ。

私がこの曲をライブで聞くのは、まさにその卒業公演以来だった。

いまステージにいない人の姿を思い出して泣くのは失礼だと思ったが、涙が止まらなかった。ダンスも歌も、個性が出る。推しメンと同じ踊り方をする人は、同じ歌い方をする人は、もういない。

彼女の卒業公演当日、これで本当に終わりなんだ、と焦りながら、悲しみながら、とにかく楽しもうと気張った感情がフラッシュバックして、コートも着たままフロアの最後列で壁にもたれかかって泣いた。

泣いていたのだ。

ああ、この次のフレーズはあの子のソロパートだったなあ、

ソロパー、

えっ?

私は最前列に向かって走り出していた。

見間違えるはずもない声、顔、ダンス、

私の好きな人が、推しメンが、私服でステージにいた。

何も分からない。

気づいたら半年前のいつものライブと同じように、一番前の柵から身を乗り出していた。すべてをささげるように手を推しメンへ向けた。何回か顔を合わせたことのある人が、推しメンカラーに点灯したペンライトを渡してくれた。私はそれをつかんで必死に振りながら、涙でその光景がぼやけないように目を開いて、絶対に忘れないようにステージを見た。

私の推しメンが、5か月ぶりに、ステージで歌って踊っていた。

髪はだいぶ短くなっていた。

現リーダーは泣いていた。

仲の良い知り合いが、私の肩を叩いた。

夢みたいだった。

その曲の最後の歌詞は「一番あなたのことが大好き」で、ヲタクが「俺もー!」と叫んで終わる。

あのときは「今が最後だ」と思ったけれど泣きすぎてちゃんと言えなくて、でも今は、「これが本当の最後だ」と思いながら、泣かずにいえる。ありったけの音量で、彼女の顔をちゃんと見ながら、叫んだ。

曲が終わって、放心状態の私と、マイクを握っている推しメン。彼女いわく、突拍子もないことをしがちなプロデューサーが曲の途中で突然、関係者席にいた推しメンの手を引き、ステージまで上がらせたそうだった。本人もメンバーも誰も知らない、サプライズ出演だった。

彼女は卒業前と同じいつものドヤ顔で、袖へと帰っていった。

私と言えば足が震えすぎてその場から動けなくなった。(近くで見ていた友人が脚を見て笑うほど、私の両足は生まれたての小鹿のごとき大層な振動を見せていた)

時間にしてみれば、彼女はほんの2分たらずステージにいたに過ぎない。けれど、ありあまる幸福に圧倒され、私は「良かったですね!」とかけられる周りの声にもマトモな受け答えができず、突っ立っていた。

もしあのときバスを選んでいたら見れなかったかもしれないと思うと、背筋が凍った。

卒業前と変わらず、彼女は神様みたいだった。

でも、アイドルではなくなっていた。アイドルのとき持っていた少しのとげとげしさというか、勝たなければならない、気を抜いちゃいけない、みたいな緊張感が抜けて、一人のかわいい女の子になっていたように思った。(もちろんパフォーマンスはピカイチのままだった…と思う)(彼女本人に聞いたら、やっぱり当時と比べたら全然ダメ!と返ってくるかもしれない)

そして突然、私は彼女の卒業を5か月経ってようやく、理解した。

彼女はステージを降り、仮にのぼるとしても衣装ではなく私服でその場所に立つ。アイドルでは、ない、のか。もう。

8月にあの子が卒業してから、吹っ切ろうだとか、新しい推しメンを作ろうとか、思おうとすることはあれどまったく実行には移せなかった。

けれど、ただあの子とした「卒業してもできる範囲で見守っていて欲しい」という約束を守りたくて、でもあの子のいないステージを見るのがつらいと感じてしまう、自分の感情との折り合いをつける5か月だったのだ。

卒業を理解したことで、彼女がいないステージを「おかしい」とは思わなくなった。

ただ、彼女の圧倒的なパフォーマンスと、笑顔と、そのほか数えきれない好きな部分は私の中をまだ陣取っていて、簡単に「好き」を捨てられるわけではないけれど。

それはそれとして、もっと純粋な気持ちで、このグループの進んでいく道を見守っていけるのかもしれない、と思えた出来事だった。

とぼんやり考えながらドリンクカウンターの横でオレンジジュースをすすっていたら、推しメンが帰るところに出くわしてしまった。(関係者入り口とか、無いんだ?)

驚きすぎてプラスチックカップを落としそうになって「あぶな、落とすとこだった…」とひとりごちたら、目が合って、笑顔ではなくスンとした表情でそっけなく「ばいばい」と彼女は言った。

もう死んでもいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!

かわいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

好き!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

来世でアイドルしても絶対推すからね!!!!!!!!!!!


終わり

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