M君の話

小学校の時に同級生が1人亡くなった。病気だった。

その子は元々病弱で学校にもあまり来ていなかったし、同じクラスになった事も無く、自分との接点はほとんど無かった。
「名前は見た事あるけど、顔は浮かばない」くらいの認識だった。

その子が亡くなったのは4年生の時。
冬休みが終わって間もなくくらいの時期だったと思う。
「M君との思い出を手紙に書きましょう」と担任に言われたけど、何も書くことが無くて困ったのを覚えている。訃報を受けて、周りの同級生が何人か泣いていたような気がする。学年中、しばらくは、M君の話題で持ちきりだった。

それから2年程経った。
子供の純粋さは時に残酷で、もう誰もM君の話はしなくなっていた。

卒業式が差し迫ったある日、担任が皆に写真を配った。
それは、学校の掲示物等に使われていた写真で、自分が写っているのを持ち帰って良いとの事だった。
1年生の時から6年生の時までの新旧様々な写真が箱に入れられていて、結構な枚数があった。

その中に1枚、気になる写真があった。
2年生の時に遠足で行った日光の、華厳の滝の前で撮られた写真。
華厳の滝といえば自殺の名所と言われ、心霊写真も多く撮れると当時から騒がれていた。
あの遠足の時、5、6人ごとの班に分かれ、華厳の滝の前で写真を撮った。その記憶は、同級生の誰もが、浴びせられた滝の飛沫を含め鮮明に覚えていたが、不思議と、その時撮った写真の現物を見た者は誰一人として居なかった。誰にも配られず、掲示もされず、生徒内では「心霊写真が撮れたからお蔵入りになったのでは?」と言われていた。

その、「幻の華厳の滝の写真」が目の前の箱の中にあった。
古い写真の割には綺麗に映っていた。
生徒が6人、厳しい顔だったり、わざとらしい笑顔だったりを顔に貼り付けて映っている。その背後には荘厳な滝が飛沫を撒き散らしていた。
何か霊的な物でも写ってないかと隅々まで目を凝らしたが、徒労に終わった。

「これ、M君だね」

誰かがぽつりと言った。
写真に目を落とすと、滝の前に並ぶ6人の内、一人だけ見慣れない顔があった。
それがM君だった。
改めて見返すと、確かにこんな顔の子が居たような気がした。
写真の中のM君は、細見のおかっぱ頭で、滝に濡れながら険しい顔をしていた。

それから程なくして、自分達は晴れて卒業式を迎えた。
卒業式は何の盛り上がりも見せずに終わり、担任がそれっぽい事をそれっぽく言って卒業アルバムが配られた。
アルバムには、入学式から卒業式までに撮った様々な写真が載せられていた。
入学式の時の不安と期待、1位を取れた2年生の時のマラソン大会、暗闇の海辺が怖かった5年生の臨海学習。

忘れていた記憶を懐かしんでいると、またあのおかっぱ頭が目に映った。
それは、女の子3人が仲良くカメラに向かってピースをしていて、それを少し離れたところからM君が見ている、という写真だった。
M君の性格までは知らなかったが、「シャイな子だったのかな」と、卒業出来なかった同級生に思いを馳せた。

その写真のタイトルは

【6年生! もうすぐ卒業だけど、中学校に行ってもヨロシクね!】

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