『電卓』

 仕事で電卓を使う機会が多い。電卓というのは、数字ボタンと記号ボタンを押すだけで勝手に計算してくれるスゴい機械だ。
 ところで、この『電卓』の正式な名前は何だろうと思って調べてみた。

 『電子式卓上計算機』

 を略して『電卓』らしい。
 いまいち腑に落ちない。
 というのも『電子式卓上計算機』は意味合いとしては『電子式の卓上サイズの計算機』である。この一連の文字列の中で最も重要なのは『計算機』の部分だ。頭に並んでいる『電子式卓上』の部分は『計算機』を装飾する言葉でしかない。これは、例えるなら、『わさび醤油』や『酢醤油』を『わさび』や『酢』と略すようなもので、肝心の『醤油』がそっくりそのまま抜けて落ちてしまっている。それでは意味が正しく通じなくなる。にも関わらず、『電卓』は『電子式卓上計算機』の略語として市民権を得ている。
 それを通すのであれば『電子式卓上カレンダー』も『電子式卓上写真立て』も『電卓』では無いか、と私は思う。しかし、世間一般的には『電子式卓上カレンダー』も『電子式卓上写真立て』も『電卓』とは呼ばない。
 『電車』も同じように思えるが、こちらは『電動機付客車』または『電動機付貨車』の略となり、『車』要素を残したまま略語として浸透している。


 他に似た例として『携帯』がある。これも本来は『携帯電話』だ。主語は『電話』でなければならないのに省略されてしまっている。
 更にそこから派生して「ケータイ」という言葉が生まれた。『ケータイ小説』みたいに使われるが、これもおかしい。そもそも多くの小説は文庫本サイズに収まるように完結されていて、大概バッグなどに入れて携帯出来る。一部の小説は鈍器くらいの厚みがあったりするが、それでも携帯に困る程のサイズにはならない。
 つまり『小説』は最初から『携帯小説』なのである。
 しかしこれが『ケータイ小説』となると『携帯電話でも読める小説』または『携帯電話で書いた小説』の意味合いになる。というか、小説とは有り体に行ってしまえば文字の集合体なんだから、最初から携帯電話でも読めるし書けるのではなかろうか……と思う。
 
 『携帯』が市民権を得て困るのは、本来の略語では無い『携帯』、つまり『携えて帯びる』の意味を持つ『携帯』である。
 モンスターハンターというゲームに『携帯食料』と名の付いたアイテムが登場する。読んで字の如し『携帯出来る食料』だ。しかし、『携帯』の前例で言うと『携帯電話の食料』とも読みとれる。響きだけで『ケータイ食料』と捉えれば『携帯電話で作った食料』になりかねない。
 勿論、現代人なら前後の文章から『携帯』と『携帯(電話)』と『ケータイ』の3つを的確に使い分けることができるが、これがもし今から何十年、何百年と経ち『スマホ』という言葉も大昔のものとなった時代に、過去の文献を読み返した当代の言語学者が『携帯』と『携帯(電話)』と『ケータイ』が混雑したカオスな文章を見たらどうだろうか。
 きっと「地方の方言と同じだな」と思うでしょう。

 『ケンガイでは通じない』

 ってね。

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