『異国語ときどき県名』

 先日、回転寿司を食べに行った。案内された席に座ると、レーンを挟んだ反対側のテーブルが何やら賑やかだった。
 それは4、5人の男性客で、どうにも話している言語が日本語では無いようだった。聞いた感じは英語ぽくは無く、中国語のような、フィリピンの辺りの言葉のような、いずれにしろアジア系の言葉だった。大学生くらいの年齢だったか、楽しそうに食事をしていた。
 ふと、その内の一人が『トチギ』というワードを口にした。何語かもわからない会話の中で、その一言が鮮明に耳入ってきた。もしかしたら聞き間違いだったかもしれないが、聞き間違いだとしたらそこで話が終わってしまうので、ここでは彼らが『トチギ』と言った事として進める。

 『トチギ』はその言葉通り『栃木』の意味であり、まさに今暮らしている県名である。
 本来ならば気に留めることもない何でもない言葉である。当然、彼らが栃木県に住居を持っているのであれば、口にしてもなんの不自然も違和感も無い単語だ。
 だが、なぜかその毎日のように耳にする『トチギ』という3文字の音が、何か聞き慣れない言葉のように感じた。というのも、普段耳にするのは日本人が使う日本語の文章の中での『トチギ』である。ニュース等で流れる「栃木にお住まいの皆様」とか「続いては栃木県内の天気予報です」とか、そういったものだ。それらは言うなれば『日常の中の日常』である。
 『日常の中の日常』とは何か。例えば、朝食において、白米、味噌汁、鮭、漬物、とあればそれらは『日常的な朝食の中の日常なメニュー』であり『日常の中の日常』だ。日本語の会話の中での日本語、それが『日常の中の日常』だ。
 これがもし、白米、味噌汁、鮭、メキシカンケサディーヤ、だったとしたら、メキシカンケサディーヤは『日常的な朝食の中の非日常なメニュー』となる。
 同じように、外国人の彼らが口にした『トチギ』は『外国語の言葉の中の日本語』であり、それが引っかかったのではないかと推測できる。
 『トウキョウ』『オオサカ』『キョウト』であったらそこまで違和感がなかった。なぜならば『トウキョウ』も『オオサカ』も『キョウト』も、比較的耳にする英文に含まれる事が多いからだ。日本にいてネイティブな英語を聞く機会は限られる。多くはニュースで外国の偉い人がスピーチしている映像、またはバラエティ番組や海外の反応系のユーチューブチャンネルでの、日本に旅行に来ている外国人客へのインタビュー映像だ。前者も後者もジャパンの中心都市である『トウキョウ』というワードが含まれる事が多い。後者であれば『オオサカ』『キョウト』も次いで多い。他にも『ヒロシマ』『ヨコハマ』『ナガノ』なんかも良く耳にする。
 しかし『トチギ』はほとんど無い。正直、「外国語圏の方達が『トチギ』と口にするのを今まで聞いたことがあるだろうか?」という疑問が生じるレベルで聞かない。

 栃木県は、日本国内にある47都道府県の一つとしてはマイナーだと認めざるを得ない。2020年度の魅力度ランキングでも最下位を記録した。県内に生まれ育った者としては「魅力なんてたくさんあっぺよ」と思うが、県外から見たらそうでも無いらしい。
 国内でさえそうなのだから、ましてや国外からの評価など……だ。テレビの外国人旅行客へのインタビューでも、目的地に栃木県を選ぶ人は少ない。ゼロでは無いだろうが、およそ人気があるとは言えない。
 つまり、普段の生活の中で外国語圏の人と関わりが無ければ、耳にする外国語というのは大半はテレビの中、動画の中で発せられる言葉である。そうしたテレビや動画の中で使われている外国語は、その文脈の中での「トチギ」という単語を含んでいることは滅多にない
 逆のケースに当てはめて考えてみれば、アメリカ人が「『オクラホマ』という単語を口にする日本人がいて珍しい」と思うようなものだろうか。


 と、そんな事をしみじみ考えるわけもなく、美味しくお寿司をいただいて、家に帰ってからnoteのネタがなにか無いかと絞り出してみた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?