平成最後の冬までを語り続けて自己紹介・42 ―「明日」は無邪気な待ち合わせを守らないかもしれないから―

テレビのニュースで流れたテロップを目にした私は、言葉を失った。
そこにあったのは、同級生の名前だった。

よく通りかかる、あの道で。何の変哲もない、あの道路で。
同級生は、交通事故で命を落とした。
私たちにはまだ、お酒も煙草も許されていなかった。

テレビや新聞記事の内容が、私には遠い世界の出来事のように感じられた。本当に、ここに報じられているのはあの同級生の話なんだろうか。

同級生と言っても、取り立てて仲が良かったわけではない。話は何度もしたけれど、あくまでクラスメイトのひとりだった。確か友達と仲が良かったので、その子を通してよく話を聞いていたかもしれない。一緒に遊びに行ったこともないし、卒業してからは会うこともなかった。どこでどうしているのかも知らなかった。

でも、あの頃の同級生の顔をほとんど思い出せない私が、あの子の顔はすぐに思い出せる。子供の頃のままの、あの子の顔。きっとそれから、あまり変わることがないままだったのだろう、あの子の顔。

事故のニュースを信じられない気持ちで見つめていた私宛に、電話が鳴った。あの子と仲の良かった、友達だった。
「◯◯ちゃんを返せ!」
そう電話口で叫んだ友達の声は、今も私の耳にこびりついている。

友達はお葬式にも参列したそうで、わざわざ報告してくれた。私はその子の家も知らなくて、遠くから手を合わせただけだった。友達の話で、同級生が本当に亡くなってしまったことを、私はやっと理解したように思う。

それでも、今でもまだ、何かの間違いだったのではないかと時々思うことがある。
人は突然、本当に突然居なくなってしまうのだと思い知らされた出来事のひとつだった。


比較的若いうちに、同級生に突然会えなくなるという経験を何度かした。

小学校1年生の時、夏休みの登校日に一度だけ姿を見せて、二学期を迎えることなく病気で亡くなってしまった同級生のことも、おぼろげな記憶ながら、今も時々思い出す。

新聞で見つけた事故の記事には、同級生の名前が載っていた。先ほどの同級生とは、別の人だ。やはり別の友達から葬式に行ったと聞かされて、事実なのだと理解した。

前日まで元気だったのに、翌日には冷たくなっていたという同級生のことは、実は今でも信じられずにいる。あまりにも衝撃的で、怖くて詳しい話を聞くことすらできなかった。
確か、原因はよくわからないと聞いた気がする。若者が突然死してしまうことは実際にあるらしい。同級生がそれに該当するのかは今となっては確かめようもないけれど、「いまだに何が起こったのかわからない」と呟いていた友達の言葉が、たぶんすべてなのだと思う。

留守電に入っていた、同級生が亡くなったと告げる後輩の震える声を、私は一生忘れないと思う。あんなにショックだったことが、私の人生にどれだけあっただろうか。

私はその人に、お世話になったお礼も言えなかった。
私たちにはまだ、いくらでも時間があると思っていた。
どんなに後悔しても、もう絶対に間に合わない。

どうしてその人が連れて行かれなければならなかったのか、いくら考えても、わからなかった。何故ゴミのような自分が生きていて、明るく親切だったあの人が連れて行かれなければならなかったのか、いくら考えても、わからない。私が生きていてごめんなさいと、本気で思った。

明るく前向きに生きていれば運命が変わるとか何とか言う輩の言葉を、私は信じない。それが本当なら、彼らが何故あんな若さで死んで行かねばならなかったのか説明して欲しい。たった6歳やそこらの子供や、ただ当たり前に日々を生きていた若者たちに、命を奪われるほどの理由があるというのなら、納得できるように説明して欲しい。
神様はランダムに人間を選んでいる。人間の小手先の感情で動かせる運命など存在しない。そうとしか私には思えない。だから私はスピリチュアルに足を突っ込んだようなポジティブ理論は、一切信じなくなった。それは「思考の停止」にしか思えなかったから。

私が「後悔しないように」という感情に比較的こだわるのは、若いうちに経験した同級生との突然の別れが根底にあるのだと思う。どの同級生とも特に仲が良かったわけでもなかったのに、今も忘れることができない。ショックだったのだろう。もしこれが親しい友人だったら、私は立ち直れなくなっていたのではないか。

誰かが居なくなっても、いつもと同じように朝は来るし日は沈む。でも、確かに此処にいたはずのあの人は、どこを探してももういない。もう何一つ伝えられない。
だから、後悔しないように、会いたい人には会いに、見たいものは見に行かねばならないのだと思う。

明日も会えると思っていても、もう会えないかもしれないから。
もう二度と会う気がないというのでなければ、明日はあなたの友達や、大切な誰かに連絡をしてみるのはどうだろうか。あなたがただ生きていてくれることを喜んでもくれないのなら、もう二度と会わなくてもいい人になる、たぶんただそれだけのことだから。




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