寄り添うひびわれ

待ち合わせの駅に、お土産を持って彼女は現れた。いつものように明るかったと思うけど、その笑顔には陰があった。

彼女は夫のことで悩んでいた。おそらくもう、修復ができないのだろう、と想像できるほどに。
彼女の夫の顔を見たのは結婚式の時だけだったけど、そのずっと前から知っていた。彼女から何度も話を聞いていたから。彼女が夫をとても好きだったことも、夫を立てようと、尽くそうと一生懸命になっていることも、痛いほど伝わってきた。

だから、埋められない溝が二人の間にできてしまっていることが、少しショックだった。

彼女はとても仕事のできる人で、明らかに早いペースで出世していった。それが夫のプライドを折ってしまったのかもしれない。でもそれは、夫を支えたいという願いから来るものでもあった。
将来を視野に入れている彼女と、現在だけを見ている夫とのすれ違い。
結婚式のウェルカムボード。幸せそうな彼女の笑顔が、記憶の中に浮かんでは消える。「生活していく」という現実は、夢や希望や理想に付け入る隙を与えない。

彼女が絶対に正しいとも私は思わなかった。猪突猛進な彼女には見えなくなっていることも、夫の件に限らずあっただろうと思う。
しかし、今それを彼女に言うべきじゃない。それは決して彼女を救わないから。詳しくは書かないけれど、深く傷付いている彼女を追い詰めてしまう結果にしかならない。
彼女を否定せず、ただ黙って聞くことが、私にできる唯一のことだった。

駅の椅子で、私に肩を預けて、彼女は泣いた。
そんなところで泣いてしまうほど、いっぱいいっぱいだったのだろうと思う。
私も一緒に、泣いてしまったかもしれない。
1日の終わりの太陽がガラスに反射して、ビルが夕陽の色に沈んでいった。

その頃の私は、人生に躓いて、取り戻せないものに怯えて、ぼろぼろだった。でも、そんな状況だったから、その時彼女に会うことができた。躓いていなければ、あの日、あの駅に私の姿はなかっただろうと思う。

私が居てくれて良かったと、彼女は言ってくれた。そう言ってくれて、とても嬉しかった。少しでも助けになったのなら。
私はいつだって、助けてもらう側の人間だ。誰かの助けがなければ生きていけない脆弱な存在だ。
だから、少しでも助けになったのかもしれない、少しでも誰かの役に立てたのかもしれないと思えたことは、ぼろぼろだった私に少しだけ生きる希望を与えた。私は、生きていても良かったのかもしれないと。

私は友達を助けたつもりで、本当は助けられていたのだ。
誰かを助けるということは、救うということは、そういうものなのかもしれない。

彼女が今、どこで何をしているのかは知らない。どんな名前になったのかも、彼女の夢を叶えられたのかどうかも、知らない。
あなたがあの日の涙を忘れてしまうくらいに、今を幸せに過ごしていることを、遠い思い出の中からただ、願っている。


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