音楽について

 5年前の春のことだ。末娘は春から入学した体育会系の私立女子高校に通うために7時に起きていた。制服に着替え、テレビを観ながら、朝食をとる。そして、7時45分に出発する。それが普通の朝。私は8時5分のバスに乗って仕事に行くために、7時55分には家を出なければならなかった。

 しかし、日に日に娘が家を出る時間が遅くなり、私が先に出発し、バスが来るのを待ちながら、娘の担任の先生に「すみません、今日は少し遅れて行きます」と電話することが多くなっていった。

 終日、なかなかハードな仕事を果たして、夕方6時半頃に帰宅すると、娘は制服を着たまま、朝と1ミリも変わらぬ場所に座って、テレビを観ていた。そんな日々がだんだん増えていくようになった。

 ひとつだけ変わっていたことがあった。娘の観ているテレビのチャンネルが、朝のニュース番組に続いてやっている民放局のワイドショーや、ローカル局で再放送されている韓流ドラマから、CSのミュージックTVになっていったことだ。

 娘は特に意識することなしに、音楽のシャワーを朝から夕方まで浴びるようになっていた。流行りのJ-popから、アメリカのヒットチャート曲のPVまで、何度も何度も飽きるほど繰り返し観て聴いていた。時間はあっという間に過ぎていく。

 学校という規則に縛られた固い世界に対比して、そこには、おもしろければいい、楽しければいい、クールだったらいい、セクシーだったらいい、人の心を動かせられれば何でもありの柔らかい世界があった。魂の衝動から生まれた曲、思わず踊り出したくなるような曲も。

 単位が足りなくなり、先生にただ留年までの時間をカウントダウンされる日々。その数字を娘に伝える日々。振り返ってみれば、あれは、いったい、何だったんだろう?大事なことは数字ではなかったのに。明日は行くって約束させることではなかったのに。

 19になった娘は、その後、海外へ短期留学し、高卒認定試験に合格し、ひとりで好きな音楽のライブに行くようになり、カラオケ屋でバイトをし、ワーキングホリデーに行くためにお金を貯めている。髪の色は何度も変わり、ピアスの数も増えた。
 
 この世に音楽があることの愉しみ。人は踊り、歌る。生まれ落ちたときから。



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