【カルデア猫食堂】輝く黄金の蜂蜜酒
カルデアの食堂はお酒も豊富。でも、その日その時、誰がいるかは運次第。
赤い弓兵はワインも完璧。ソムリエだってお手のもの。
白い聖女は黒いの大好き。黒い人にはナイショだよ。
狂気のケモノはサブチーフ。お酒ももちろん詳しいが……?
最近酒呑のヤツが怪しい。いや、あいつは鬼で、もちろんいつだって怪しンだが、最近は特に、だ。デンジャラスキャットと内緒話をしたり、食堂にこそこそと何かを運び込んだりしてやがる。
「絶対怪しいぜ。ほっといて大丈夫なのかよ」
「君の心配も分からなくはないが、なに、私がいる限り、食堂の平和は守護してみせるさ」
「兄さんを疑うわけじゃねえけどよ……。でも酒呑が何か企んでるのは確かなんだぜ。いつも見てる俺が言うんだから間違いねえよ」
「ほう、いつも見ているのかね?」
「いやっ、それはだって鬼ジャン⁉︎ 監視は必要っつーか! そういうアレだぜ⁉︎」
「やれやれ、ご馳走様と言うべきかな。すまないが、次の注文が待っているのでもう行くぞ」
「あっ! 待ってくれよ! 話はまだ……!」
ああ、クソ、行っちまった。確かにエミヤの兄さんが食堂での悪さを見逃すとは思えねえ。けど、酒呑が食堂で何かしてるのも間違いねえ。それに片棒を担いでるのはあのデンジャラスキャット、玉藻前の分御霊だ。酒呑童子も玉藻前もここじゃあ大人しくしてるみてえだが、どちらも京に現れたなら、頼光四天王でも手を焼くような化け物どもだ。それが手を組んだとしたら? とてもじゃねえが見過ごせねえ。
深夜、酒呑を尾行する。こういうコソコソしたのは得意じゃねえんだよなあ。
行き先は……やっぱり食堂ジャン。
「おう、来たな酒呑よ。ふふふ、ちょうど準備ができた頃合いだワン」
こんな時に限って裸にエプロンのタマモキャットが顔を出す。その格好は良くないと思うぜオレ!
「ほんまに?楽しみやわあ」
普段通りの格好の酒呑がそれに応える。酒呑の普段通りってのは、つまり露出度が今夜のタマモキャットと大差ないってことだ。クソ、どうにも落ち着かねえ。
こそこそ、くすくすと囁きあいながら、裸同然の2人は食堂に消えて行った。やっぱりここで何かしてやがったな。ドアに耳を付けて中の様子を伺うと
「どうだ酒呑よ。すっかり仕上がったぞ」
「んふ、綺麗な色。それに……はぁ、ええ匂いやね。なんやくらくらしてくるわぁ」
いやいや。いやいやいやいや。そんなまさか。
確かに酒呑のヤツは、イイと思えば見境がないがそんなまさか。
「遠慮せずにしっかりと味わうがよい」
「そやねえ。そしたらちょっとだけ。味見させてもらおかな」
「こら! 食堂でそういうことするんじゃありません!」
「やあ、ようこそカルデア食堂へ」
「なんや小僧やないの。こないな時間に珍しい」
意を決して、勢いよく(目は逸らしながら)飛び込んだ先にはソファに座った美女2人。酒呑はグラスを傾けている。酒……か……?
「夜にお酒飲むくらいええやないの。ねえ?」
「このテキーラはサービスだから、まずは飲んで落ち着いて欲しいのだな」
「いや……遠慮しとく。俺の勘違いだ、邪魔してすまねえ」
「何と勘違いしたんかよう分からんけど……その真っ赤な可愛い顔に免じて聞かんといたげる。それにちょうど良かったわ。これ、何やと思う?」
差し出されたグラスを嗅いでみる。
「んん? 甘い匂いだ」
「これは蜂蜜酒なのだな。酒呑と一緒に作ったのだワン」
なんだよ……何企んでんのかと思ったら酒かよ。酒か。好きだもんな。
「ケルトの人らに蜂蜜で作る酒いうんを聞いてな、このコに手伝ってもろて拵えてみたんよ」
「へえ、すげーじゃねーか。え? お前が作ったのか⁉︎ お前が⁉︎」
酒呑童子は鬼だ。鬼は、欲しいものがあれば全て奪うのが性分だ。その酒呑が、飲みたい酒があるからといって自作する? 奪うのではなく? 俄かには信じ難い事実だった。
「何やの素っ頓狂な声出して。うちかて色々できるんよ。でもなあ、いま味見しとったんやけど、甘過ぎてうちにはイマイチやったわ。小僧甘いの好きやろ? 色も小僧好みの黄金色やし。代わりに飲んでくれへん?」
そう言って酒呑童子は飲みかけのグラスを差し出してくる。怪しい。というか、どうにもさっきから不自然さが匂う。確かに酒呑童子は甘党じゃねえが、別に甘いものが嫌いなわけでもねえはずだ。
「ああ? 何でオレだよ。茨木にやれよ。あいつのが甘いの好きだろ」
「まあ、それはそうなんやけど……今はおらんし……」
不自然な酒呑童子に対して警戒心丸出しの返答を返す。それに対する酒呑童子の返しは、これまた不自然にキレがない。
そうして変な間が出来た二人の間に、タマモキャットがニヤニヤ笑いながら声をかけてきた。
「ふっふっふーん♪」
「あ? どうしたキャット」
「ちょっとアンタ」
ニヤつくキャットを酒呑が睨む。なんだなんだ?
「にゃんにゃにゃーん」
「は⁉︎」
「なんやの?」
「うみゃみゃ! みんみんみー!」
「なんだよ、マジかよ……」
「?」
オレとタマモキャットの会話に、酒呑童子が疑問符を浮かべる。ああそうか。こいつにゃタマモキャットのこれが分かんねえか。
「あー、なんだ、その、わざわざありがとな、酒呑」
顔が赤いのが自分でも分かる。でも、贈り物にはちゃんと礼を言うべきだ。
「なんやの突然……」
「ふっふっふー♪」
「アンタ何したん? さっきから変な鳴き声して……鳴き声? ああ! 動物会話⁉︎ もう、そないな使い方するやなんて!」
そう。オレのスキル『動物会話』は、タマモキャットが変な鳴き声で語った真実を理解させる。企みをバラされた酒呑童子は、拗ねた幼子のように顔を背ける。そっぽを向いた酒呑の耳は、珍しい事にほんのり赤い。
「もう、内緒や言うたのに。これやから猫は気紛れで困るわあ。そんで? 飲むの? 飲まへんの?」
「もらう」
どっかとソファに腰を下ろし、酒呑から蜂蜜酒のグラスを受け取る。。
「いただきます」
「どーぞ」
「……」
「どない?」
「ンン! すっげぇ美味いジャン!」
「ほんまに?」
「こんなことで嘘つかねえよ」
「ふふっ。ほんならまあ、うちも珍しいことした甲斐がある言うもんやなあ」
ほんのり朱に染まった頰で酒呑が笑う。それがあまりにも眩しくて、俺はグラスへと目を逸らす。ゴールドに輝く蜂蜜酒。酒呑からの贈り物。自分のためだけに作られたもの。口角が上がるのを隠そうとして、オレはもう一度グラスに口を付けた。
「しー……」
「寝たか?」
「夜更かし苦手やし、その上いつもより飲んどったからなあ」
酒呑童子の細い太腿を枕にして、金時は無防備な寝顔を晒している。
「ほれ毛布」
「おおきに」
酒呑童子は、受け取った毛布を金時の大きな体にかけてやる。
「良い子はオヤスミの時間というわけだな。今なら骨抜き放題ではないか? 何ならキャットが美味しく調理してやるが如何か?」
「んんー、骨なあ。今日はええかな」
「据え膳を見逃すとは。鬼のくせに骨のないことを言う」
「骨がなくてもしゃあないやないの。なんせ」
「んー……」
金時がうっすらと目を開ける。
「ああ、起こしてしもた? もう少し寝とったらええよ」
「酒呑……あのな、お前ベアー号乗りたがってたろ?」
「ああ、そんなことも言うたかねえ」
「じゃあ乗せてやる」
「ええの? あんなに嫌がってたやん」
「酒、美味かったから、お返しだ。言っとくが飲酒運転はノーだぜ」
「うちは後ろに乗りたいの」
「あ? ああ、そうか。それならいいか」
「なんや、本当に後ろに乗っけてくれるん? ふふ、デートのお誘いやねえ?」
「そうだなあ、デートだなあ」
「⁉︎」
酔いと眠気が言わせたものか、普段の金時からは絶対に出て来ない台詞に、からかった酒呑童子の方が戸惑ってしまう。
「で? 行くのか?」
「行く……」
「へへっ、よーし、約束だ」
とびきりの笑顔でそう言って、金時は今度こそ寝てしまった。
「くっふっふー。酒呑の骨がなくなるのもむべなるかな」
「あんな顔であんなこと言われて骨抜きにならん雌がおったら見てみたいわ」
「必殺の殺し文句だったな。流石は鬼退治のプロ」
つんつんと金時の頬をつつくタマモキャットの指を、酒呑童子の手が払う。
「何遍でもうちのこと殺しにかかるんやもの。困るわあ」
「そうは言いつつ此奴に首ったけ、という顔だぞ」
「小僧のせいで首だけ、の間違いやないの?」
他愛無い冗句を交わしながら、酒呑童子は金色の前髪を弄ぶ。
それからまた少し時計の針は進み。
金時の寝顔を肴に酒を飲んでいた酒呑童子に、タマモキャットが声をかける。
「ふあーあ。明日の仕込みも終えたキャットであった。もう寝るぞ」
「なんや、もう少し付き合うてくれへんの?」
「バカップルにこれ以上付き合いきれないワン。お腹いっぱいゴチソウサマだぞ」
「いけずやなあ。ほなうちらも退散しよか」
名残惜しいが、店仕舞いとなれば仕方ない。すやすやと眠る金時を起こそうとすると、タマモキャットが何かを投げた。
咄嗟に何かを掴んだ酒呑童子が手を開くと、そこにあるのは食堂の鍵。
「バカップルはそのままで結構。朝まで貸切にしておくぞ」
「ええの?」
「内緒と約束したのに秘密をバラしたお詫びだワン」
「……おおきに」
秘密をバラされたのは本当だが、ああでもされなければこの状況にはならなかったに違いない。きっと全部分かっててやったのだろう。酒呑童子にもそれは分かっていたが、それを指摘すれば野暮になる。今日のところは、大人しく甘えておくことにした。
2人きりの食堂。朝までまだ数時間。金の髪をさらりとひと撫でして、酒呑童子は金時の飲み残しを空にする。
「ふぅ、甘い甘い。この金色の、ほんまに甘すぎるわ」
そして思い出す。あのきらきら輝くゴールデンな笑顔を。
「デート、楽しみやなあ」
持ち上がる口角はそのままに、 酒呑童子は黄金色に口を付けた。
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