見出し画像

白い花とどんぐりと

…………
自己診断プログラム作動
error
error error error error error
スリープモードから正常に復帰できません
セーフモードにて起動します

「……」
天井が見える。視界は良好…とはいかない。前回起動時よりノイズが増えている。今回は一体何年スリープしていたのだろうか。
「アッ!2B!?おきたの!?オハヨウ!!」
「おはよう」
「みんな!2Bおきた!2Bおきたよ!」
小さな機械生命体が手にしていた白い小さな花を放り出して部屋の外へ駆けていく。枕元に飾ってある少し萎れた花と同じ。きっと交換に来てくれていたのだろう。

「おはようございます。2Bさん。64年ぶりですね。お加減はいかがですか?」
「おはよう、パスカル。調子は良くない。そろそろ歩くのも怪しい。みんなの役に立つ仕事はできそうにない」
出力が下がっていて重いものは持てない。バランサーが不調で跳んだり走ったりできない。戦うなんてもってのほか。
「いえいえ、気になさらないでください。本当は、私たちがもっとちゃんとメンテナンスできればよいのですが…」
「仕方ない。ヨルハ機体は特殊だし、それに…いや、パスカルたちはよくやってくれている。ありがとう」
「……」
「久しぶりに外を見てくる」
「お出かけですか。では誰かおともを」
「大丈夫。すぐ近く…すぐ近くのまま?」
「ええ、すぐ近くのままです。また大きくなりましたよ」

「塔」の事件から数百年。ヨルハ機体の磨耗を止める術は少なかった。部隊壊滅後のヨルハ機体はロストテクノロジーとなり、新たに部品を作ることもできない。世界に散らばるヨルハ機体の残骸から部品を取ることもできたが、論理ウィルス汚染の可能性が排除できず、2Bも9Sもこれを拒絶した。
世界にただ1人となったヨルハ機体メンテナンス可能者=9Sは丁寧なメンテナンスを続けた。予備のパーツが尽きた後はこれを隠蔽し、自分の部品を2Bに流用し……当然の帰結として、2Bよりも先に活動を停止した。9Sのメンテナンスを失ったポッドもそれから間を置かず停止した。
どちらももう随分と昔のことだ。

「2Bダ!2Bダ!」
「遊ぼウ!遊ぼウ!」
「後でね」
2Bが外を歩くと機械生命体が集まってくる。それらと会話を交わしながら2Bはゆっくりと歩みを進める。もう、ゆっくりとしか歩けないのだ。
機械生命体は手に手に白い花を一輪ずつ持ってやって来て、2Bに話しかけてはそれを渡していく。大きな機械生命体も、小さな機械生命体も。
村外れに辿り着く頃には2Bの両手は白い花で溢れ、そして、2Bはひとりだった。
「ひさしぶり、ナインズ」
2Bは巨木に語りかける。それは戦うことのなくなった9Sが植えたどんぐりのひとつで、それが9Sの墓だった。
花束を抱えたまま2Bは尻餅をつき、巨木にもたれかかる。もう、脚が限界だった。否、全てが限界だった。ノイズまみれの欠けた視界で、2Bは巨木を見上げる。
2Bは9Sに語りかける。戦いの日々の思い出を、戦わなくなってからの日々の思い出を。
今、2Bにははっきりと9Sが見えていた。
「ナインズ、視覚機能が壊れた」
「まったく、相変わらず2Bにはロマンがありませんね」
「聴覚機能も壊れた」
「はいはいそうですね」
「……」
「次は発声機能ですか?」
2Bが微笑む。
「ナインズに会えて嬉しい」
「僕も嬉しいです、2B」
ナインズの笑顔が見えt

2Bの抱えていた花束が風に舞う。巨木を見上げ微笑えんだまま、2Bと呼ばれた機体はその機能を完全に停止した。

それからまた数百年。
「パスカルおじちゃん!2Bと9Sのところに行ってくルね!」
「ええ、いってらっしゃい」
「行こウ!」
「うん!行こウ!」
小さな機械生命体が駆けていく。その先には、緑生い茂る巨木と、その根元に広がる一面の白い花が待っていた。

end

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?