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締め切りという名の相棒―雑事記①ー

制作をする人にとって締め切りは大事だと思う。

守る守らないじゃなく、その存在自体の話である。まだ仕事の依頼も少なく抱えている締め切りなどたかが知れている私だが、noteの定期連載を勝手に開始して以降の自分の制作サイクルを振り返ると、大変好調なのである。今までは基本『ミュージアムの女』を週に1本あげれば良かっただけなので、他の制作は余裕のあるときに好きなペースで描いていた。すると当然、美術館の勤務がタイトな時期はどうしても制作物が少なくなりがちになる。
ところが現在、まさに企画展のまっ只中で多忙な連勤が続いているが、休日となればちゃんと次週のnoteの記事を何かしら書き、それに添える絵も1つか2つ、描かねば更新できない「締め切り」がある。充電と称し、日がな一日ソファに横たわり過ごしていた2カ月前が嘘のように、せっせと机に向かっている。今週は『ミュー女』もまだ清書していないし、その他の媒体に出す4コマ原稿も進行中だから益々時間を気にして描かないと終わらない。だらだらネットやユーチューブを開いてしまわないように、携帯でカウントダウンタイマーをかけて、今これを書いている。

絵や文章をかく人は、そのこと自体が好きでたまらないからやっている人種ばかりと思う方もみえるだろうが、意外とそうでもない。確かにきっかけは「好き」から始まることが多いが、それで稼ごうと思ったり、生涯を捧げようとしている人にとったらやはりその行為は「仕事」であり、楽しいばかりのものではない。小学生が宿題に苦しむように、会社勤めの人が「ああ、会社行きたくないなあ」と天を仰ぐように、作家業をやっている人だって「ああ、机に向かいたくないなあ」という時があるのもまことに自然な姿なのだ(と、思いたい)。
でも、会社と違って制作は自由な行為。「嫌だなあ」とばかり思っていたら当然いつまでも作品は完成しない。すると、作家というのは難儀な生き物で「制作していない状態の自分」が次第にものすごく罪深い、生きる価値の薄い駄目な存在と感じるようになる始末。「描いていない自分なんて、だめだ」。
じゃあ描けよ。
「でも机行きたいない」…。
そんな我儘な生き物である作家をむりやり作業場へ引きずって行ってくれるのが「締め切り」という名の強力な相棒である。

『〆切本』(左右社)という本がある。太宰治、坂口安吾、松本清張、村上春樹、吉本ばなな、手塚治虫、長谷川町子…などなど文学界・漫画界の名だたる大スターたちが「締め切り地獄」のなかで戦うさまがユーモラスな言い訳と共に紹介されている。本屋さんで見かけた際、興味をひかれすぐに手に取りレジへ向かった。ここに登場する作家たちの抱える締め切りの分量は、人気に合わせてもちろん桁違いだが、よくよく読むと大抵の時間「ほんとうは原稿をかかなければならないのに、なにもせずぼんやり時をすごしてしまう自分」の描写が悩ましくも滑稽に続き、迫りくる編集者の連絡に怯えたり「用もないのに、ふと気が付くと便所の中へ這入っている。」(横光利一「書けない原稿」『〆切本』より)という、身に覚えがめちゃくちゃあるようなエピソードにじんわりと励まされる一冊である。

いっぽう美術の世界では、文学ほどには上記のような「生み出すまでの無の時間」はないかもしれない。美術では、考えるまえに手を動かすことを教えられるからだ。頭で悩むより描きながら悩む。キャンバスに描き出せぬのならデッサンやエスキースを重ねたり、素材を求めて取材をする。しかし、だからといっていつまでも下描きや資料をこねくりまわすわけにはいかず、ここにも「締め切り」が存在する。美大なら課題の提出日が、プロになれば展示に合わせて作品の搬入日が、必ず決まっている。起承転結を持たない美術作品をどの段階で「完成」とするかは難しく、それこそ“この日までに完成させる”という目標がもしなくなってしまったら?
その作品は画家自身によって“もっと”を求められ続け、永遠に完成しないままかもしれない…。そんな想像をすると、私は息苦しさにぞっとする。
締め切り。
そのゴールがないと、作品の多くは完成まで辿り着けないのではないか。

「何かを描きたい」という気持ちだけ持っていた頃の私は、アイデアを気まぐれにメモノートに残し、それを描きだしてみるもうまくいかないと、途中で放置してまた新しいなにかをメモして新しい画材を買う、それだけで、制作意欲を紛らわしてしまえた。締め切りのない作品には可能性ばかりが詰まっていて、焦ることも悩むこともしなくていい。けれど、完成品を積み重ねていくことでしか制作を仕事にしていくことはできないと今では理解している。いかにふがいない自分でも、
「締め切りまでに完成しなければ他の人に迷惑がかかるし、信用も失うし、しかも中途半端なものを出せば次のチャンスが貰えない…っていうか、そんなものを出すのは嫌だ~っ」
というプレッシャーに自分自身をさらすことによって、時計とにらめっこをしながら「大丈夫大丈夫、自分なら描ける、ぜったいにやれる」と暗示のように呟き、神経を研ぎ澄まし必要な線だけを見いだして一発でバシッと色を決め、血眼になって自分の脳内ジャングルから作品のベストな完成図を探り出しそれを手に伝え紙や画布へと落としていく………。


…なあんて言っている場合ではなく、ほんとうは今まさに明日の原稿締め切りに向けて4コマを描かねばならぬ夜。追いつめられていく心情を吐露したくて、つい文章にしてしまった……。明日は出勤日だから、今日中に描き上げてデータを送って…そしてちゃんと睡眠時間も、ああ肩もガチガチでシャワーじゃなく湯舟に浸かれる時間も確保したいから、集中して……そのまえにトイレ行っておこう。


(追記:この時の4コマ原稿は無事締め切りに間に合いました。)



今週もお読みいただきありがとうございました。来週からは2週連続『ArtとTalk』。受験シーズンもひと段落し、来春の受験生たちの準備が本格化するころですね。画家や作家になるには美大に行くべき?と迷っている方へ向けて、私が経験した狭い範囲ではありますが、美大受験の時の備忘録を引っ張り出してご紹介したいと思います。受験とは縁のない方も、知られざる美大受験の世界は中々面白いですよ。

それではまた、次の月曜に。


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◆今回のおやつ◆
グリコ:ビスコ






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