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中山道の美術館で人工知能とふたりきりになるーおでかけがしたい⑬ー

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旅や散歩にまつわるエッセイ+写真のシリーズ『おでかけがしたい。』第13回。

今回は、数年前に行った小さな旅の思い出集。行先はどれも美術館だけれど、鑑賞よりも細かい出来事が印象深かった「ちょっとトリップ」をお送りします。(※今回写真は都合によりトップ画像の1枚のみです。すみません)



中山道の美術館で人工知能とふたりきりになる

―2019年某日―

恵那&多治見
お出かけ日和に家を出て、名古屋駅からJRに乗る。目的地、岐阜県恵那駅までは1時間強の乗車。せっかく始発駅で乗れるのだからと奮発してスタバを買ったら、アンケートに答えると次回1杯無料になるレシートが初めて当たり
「なんだか幸先良いな~」
と思ったのも束の間、やってきた電車はまさかのオール向かい合わせ座席(地下鉄みたいな)タイプ……。久しぶりに中央線乗るから忘れていた…。絶対2人掛けの窓際席が確保できると思ったからスタバ買ったに!!…って後悔しても鞄にしまうわけにいかないので、1時間強、ずっと紙カップを片手に持つはめになる。

到着した恵那駅から目的の中山道広重美術館までは徒歩であっという間に着いた。想像以上にコンパクトな美術館で、しかもちょうど展示室が1部屋しかない時期だったから、すぐに観終わってしまう。
しかし2階を覗いてみると、そこには浮世絵の説明や、多色刷りの体験コーナーがあってここがかなり面白かった。

浮世絵は昔『浮き世』と書いて、浄土での成仏が願われる来世に対して厭われる意味合いだったのが、近世は、「仮の世だからこそ楽しく過ごそう」として『浮き世』と書かれるようになったという。だからこそ、人間にとって享楽的な場所である遊郭や演劇所=悪所(すごい言葉…)が浮世絵にはよく描かれたのだ―ということが書かれた説明をふむふむと読み、
「なるほど…」
と私が江戸の芸術について学んでいる姿を、横からじっと、見つめる存在があった。
ペッパー君である。

なぜか、私以外1人も客がいないような閑散とした平日の展示室に、人工知能のペッパー君が佇んでいたのだ。
「もう鍋の季節も終わりかな?」
などと主婦みたいな挨拶を繰り出したかと思えば、私が背後で多色刷り体験をしていると、おもむろに両手をだらりと下げ前屈みになり「ハー…」と溜息をついたり、肩が凝ったのか、上半身を反らして伸びをしたりしている。そんなペッパー君をこっそりと観察しながら、「人間らしさって、無駄な行動のことを指すんだなあ」と思った。

恵那駅から、ふと思いつき多治見へ移動。多治見駅の前には真新しいレストランがあってちょっと迷ったけれど、私はそこを通り過ぎ、以前友人と訪れたお蕎麦屋さんや、入ってみたかったパン屋さんの記憶を頼りに「オリベストリート」に向かった。
しかし、間が悪く定休曜日(水曜だった)のお店ばかりで、ストリートは静寂。お蕎麦屋さんも「本日貸切」の札に出迎えられてしまい、結局1時間無意味に道を往復し、先ほどの駅前のレストランまで戻り「ランチ」と呼べぬほど遅い時間の食事と相成った。
気が済んだので名古屋駅へ戻る。来週行く、東京の日帰り切符をJR東海ツアーズで手配してもらって帰った。


品川駅の洗礼

東京に行くのは旅ではなく、最早散歩感覚になりつつある。日帰りのプランなら交通費も割と安く、丸1日行動できてお得だ。

今回用事があるのは「町田」「恵比寿」「品川」なので、いつもなら東京駅を発着にしているが行きは手前の新横浜で新幹線を降り、帰りは品川から帰ろう。せっかくいつもと違うコースを行くのだから、上野や新宿など人の多い場所は立ち寄らずのんびり過ごす1日にしたい。

町田
名古屋から新横浜までは1時間なので新幹線だとあっという間に感じる。JRを乗り継ぎ、初めて降り立つ町田駅。芹ヶ谷公園で三分咲きの桜を眺めつつ、少しベンチで読書をして開館時間を待った。
町田市立国際版画美術館。
実はここが、今回東京へ来た一番の目的だった。今取り組んでいる本の取材の一環で、鑑賞中の会話を積極的にOKする「トークフリーデー」の取り組みを実施している美術館をこのところ巡っている。先日は静岡を訪れたが、この版画美術館もまさに今日、水曜日がトークフリーデー(2019年当時)。どんな感じか見学も兼ねてだったが、静岡の時と同様、特別な違和感はなにもなく展示室の雰囲気も変わった様子はなかった。子ども連れがよく訪れるであろう大きな公園に立地しているのだから、話し声くらい普段から気にしない雰囲気なのかもしれない。特にスタッフさんに質問することもなく、企画展をやっていた版画家・長谷川潔の美しいノアール(黒)を堪能すると町田駅まで戻った。駅を挟んで建っているルミネとマルイを軽く見て、レストラン街で魚定食のランチを食べる。


恵比寿
平日の昼間だというのに満員電車でうんざりな山手線に我慢して乗り込み、恵比寿駅へ。そこから歩いて辿り着いたのは、日本初の日本画専門美術館として名高い山種美術館。大好きな画家・奥村土牛とぎゅうの企画展を観る。
日本画って、顔料の色がそのまま活きていて美しくて、いいなあ。
山種美術館はビルっぽい外観もあり、思ったよりクールな出で立ちの印象だった。駅に戻る手前でふらっと入った、すこぶるおしゃれなカフェでケーキセットをいただきながら読書の続き。『ソロモンの偽証』を再読中。やっぱり宮部さんはすごい。


品川
最後に訪れたのは、建物の老朽化により惜しまれつつも2021年で閉館してしまう原美術館。
初めて来たが、「えっ、ここ?」と思うような、ひっそりした裏路地にひょっこりとある。しかしすでに庭先は、オシャレ・アートピーポーで溢れかえっていた。友人Rもこの美術館が好きだと以前言っていたけれど、若い人にも人気があるんだなあ。
企画展はソフィ カルの『限局性激痛』。ソフィ カルは昔、豊田市美術館で観たような気がするけれど作品は覚えていなかった。今回は、ソフィ自身が「日本に3ヶ月滞在していた間にパリに残した恋人が他に女を作ったため、私は捨てられた」というエピソードをずーーーっと延々、微妙に表現を変えながら文と写真で言い続けている展示。斬新で面白かった。

原美術館を出るともう外は真っ暗だったが、新幹線までは思ったより時間がある。品川駅近くでゆっくり読書の続きでも楽しもうと考えて駅まで歩いた。
が、甘かった。
初めて利用する品川駅は、東京駅以上に人人人の波。オフィスビルが周りを囲んでいるせいか、ちょうど帰宅ラッシュにも被り座れる店が全く見つからない。
がーん……。
今度からは絶対、東京駅から帰る!!!
歩き疲れた脚を引きずりながらかたく心に誓う。

永遠に思うほど彷徨った末、駅ビルの地下の小さなパン屋のイートインにようやく落ち着ける席を見つけ、小さなテーブルと向き合い束の間の休息をしてから名古屋へ帰ったのだった。





今週もお読みいただきありがとうございました。懐かしい日記を読んでいて、「この時面白かったな~」と思ったのであらためて書きました。まだ世の中が「このバージョン」になる前のこと。閉館前の原美術館に行けたことが今でも記憶に鮮やかです。
静かな住宅街に佇む真っ白な邸宅に入ると、中には現代アート。狭い部屋に鑑賞者が列を成し、わりと攻めた格好の若者が多く驚きましたが、皆それぞれに作品に魅入っていました。アート好きな人に愛された美術館なんだなあと、実際に訪れて感じられたのが何よりの経験でした。
ちなみに閉館した原美術館は、現在「原美術館ARC」に受け継がれ、群馬県渋川市にあります。こちらも個人的な行ってみたいリストに入っている、注目の美術館です。

皆様の、思い出に残る「ちょっとトリップ」はありますか?

◆次回予告◆
『美大時代の日記帳⑨』てんやわんや美大祭の話。

それではまた、次の月曜に。



*いつか全都道府県の美術館を制覇してみたい。他のおでかけ話は↓


*今回ご紹介した美術館はこちら↓

中山道広重美術館(※すみませんリンクがうまく貼れませんでした)








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