【ボイスドラマ】Con:Fine
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初演:2023/04/9
Spoonアプリ内企画 S24H 蜻蛉枠
Illustration:えりちゃん
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Con:Fine(コンフィーネ)
【登場人物】
ハル 双子。十四歳の笛吹き。
モニア 双子。村の祭事を司る歌姫の役を担う。
父親 双子の父親。
母親 双子の母親。先代の歌姫。
ビンス 双子の幼馴染。十六歳。行商人見習い。
医者 音楽の都で診療所を営む女医。美人。
看護師 医者の元で働く男性看護師。
森の王 人語を解す魔の森の王。狼に似た種族。実は雌。
魔獣 魔の森に棲む獣。
魔女 魔の森に棲む魔女。三百歳。
フィーネ ハルとビンスの娘。
村人1
村人2
村人3
村人4
村人5
楽隊1
楽隊2
患者1
患者2
狼1
狼2
シーン1 昔の夢
父親 いいかい、ハル。お前ももう十歳だ。今年の祭りからは母さんに代わって、お前が歌姫の役目を果たすんだよ。
ハル くすくす。
モニア くすくす。
父親 大切なことなんだから、真面目に聞きなさい。何がおかしいんだ。
ハル だってそれ、ハルじゃないもん。
父親 あ、こっちはモニアか。
モニア 父さん、また間違えた。
父親 すまんすまん。本当にお前たちは黙ってると見分けがつかないな。じゃあこっちがハルだな。
ハル そうでーすっ。
父親 じゃあハル、歌姫の役、頑張るんだぞ。
ハル やだ。
父親 やだ!?
ハル ハルは笛の方が好きだもん。
笛を一節吹く。
母親 本当、ハルは笛が上手ねぇ。
ハル 歌だったらモニアのほうが上手だよ。ね。
母親 そうね。モニアは大きな声が出てとっても凄いと思うわ。
モニア えへへ。
父親 いやいやいや、歌姫は代々長女が継ぐのが伝統だろ? 君のお母さんも、そのまたお母さんも、そうしてきたんだろ? 長い間の伝統を俺たちの子の代で壊すわけにはいかないよ。
ハル やーだー。ハル歌姫なんてやらない。
モニア いいよー。モニア歌姫やる。
父親 だからぁ。
母親 あなた、伝統も大事だけど、その子の個性を尊重するのも大切なんじゃないかしら。やりたくないものを無理にやらせても神様はお喜びにならないわよ。それに。
父親 それに?
母親 ハルったら物凄く音痴なのよ。
父親 そ、れは、うん……。
母親 神様がお怒りになったらどうするの。
父親 確かに。
モニア いいんだよお。ハルは笛がとっても上手だもん。
母親 そうね。ハルの笛だったら神様とーっても喜ぶわよ。
ハル まかせといて!
父親 しかし伝統が……
母親 これからは新しい時代なんだからいいじゃないの。モニアはきっとすごく素敵な歌姫になるわ。私たちの子ですもの。
夢の中のように声がぼやけていく。
遠くからバタバタと足音、ドアがばたんと勢いよく開く。
ハル モニア! おはよ! 起きて!
モニア うーん…もうちょっと寝かせて。
勢いよく笛を吹く。
モニア 耳元で鳴らすのはやめて。
ハル 父さんたちはもう聖堂に行っちゃったよ。はやく支度して。私達も行こう!
シーン2 村の喧騒
村の大通りを聖堂に向かって歩いていく。
道の両側では出店の準備が進められている。
モニア ふわぁぁ(欠伸)
ハル もうしゃきっとしてよ。
村人1 やあおはよう。
ハル おはよう、おじさん。
モニア おはようございます。
村人1 今日は頼んだよモニア。
モニア はい。
村人2 モニア、一番前で見てるからね。
村人3 頑張れよモニア。
モニア うん、ありがとう。
ハル あーあ。みんなしてモニア、モニア、モニア。家での姿を見せてあげたいよねぇ。歌姫じゃない眠り姫のモニア。起こさないと何時間でも寝てるんだから。
モニア そういえば今朝昔の夢を見たよ。ハルが歌姫やだーって言ってた。
ハル ああ、最初は私が歌姫やるはずだったんだっけ。別にどっちでもいいよね、双子なんだから。
モニア 今も歌姫はやりたくないの? みんなからちやほやされるよ?
ハル 別に私はちやほやしてほしいわけじゃなくて。
モニア わかってるよ。ハルが頑張ってること、ちゃんと知ってるよ。
ハル むう。(不満げ)
双子の幼馴染、ビンスが近づいてくる。
ビンス よう、モニア。ハル。これから聖堂か?
ハル え、ビンス!?
モニア 帰って来てたの?
ビンス おう、たまたまこの近くを行商で通ってさ、祭りの間は村にいていいって親方からお許しが出たんだ。今年もみんなで応援してるからな。
モニア うん、頑張るね。
ハル ちょっとビンス、私も一緒に舞台にあがるんだけど。
ビンス 知ってるよ。それがどうした。
ハル 私には何かないの? 頑張ってーとか。楽しみにしてるーとか。
ビンス あぁ。去年みたいにモニアの服の裾、踏んづけないように気をつけろよ。
ハル わかってるよ。
ビンス ハルは昔から注意力散漫だからな。ちょっとはモニアを見習えよ。じゃ、またあとでな。
ビンス、走り去る。
モニア 働きに出てから、なんだか大人っぽくなったよねビンス。
ハル そう? 意地悪な性格は全然変わってないけど。
村人4 モニア、楽しみにしてるからね。
村人5 頑張ってー!
モニア ありがとう。
ハル もう、いつまでたっても着かないよ。はやく。
二人、走り去る。
シーン3 控室
聖堂の控室。母親がやきもきしながら待っている。
鏡台がいくつかあり、歌姫と楽隊はこの場所で
着替えや化粧をする。
扉を開け、ハルとモニアが入ってくる。
母親 あぁ、やっときた。遅いじゃないの。
ハル モニアが寝坊したの。ここに来るまで何回も捕まったし。
母親 それだけ皆楽しみにしてるのよ。モニア、こっち座って。
椅子を引いて座るモニア。
母親 ハルはそこの衣装着てちょうだい。
ハル えーこんなの一人じゃ着られないよ。母さん手伝って。
母親 母さんはモニアの化粧しなきゃでしょ。楽隊のみんなはちゃんと一人で着られてたわよ。
ハル みんなは?
母親 とっくに準備終わってむこうで調整してる。ハルも早くしなさい。
ハル はーい。
着替え出すハル。
母親 どうしたの、モニア。顔が固いわよ。緊張してるの?
モニア うん、ちょっと。
母親 大丈夫。モニアならちゃんとやれるわ。去年の捧げ歌も素晴らしかったもの。また素敵な声を聞かせて。
モニア うん。
母親 やだちょっと、ハル。そんな風にしたら皺になるでしょ。
ハル だから手伝ってって言ったのに。
母親 もう母さん忙しいんだから、父さんか誰かにやってもらいなさい。
ハル …いいよね、モニアは。皆が大事にしてくれてさ。
モニア そんなことないよ。みんなが好きなのは「歌姫」という役職なんだから。もしハルが歌姫をやってたら、立場は逆だったよ。
ハル なにそれ。嫌味?
モニア なんでそうなるの。
ハル モニアも自分の方が上だって思ってるんでしょ。私なんてどうせおまけだもんね。
モニア そんなこと言ってない。
母親 あなた達、いい加減にしてちょうだい。
モニア だったら代わろうか。ハルが歌姫やってもいいんだよ。
ハル 無茶言わないでよ。私が音痴なの知ってるくせに。
モニア 練習はしたの? やる前から諦めてるんじゃないの。
ハル 別に私は歌に興味ないんだってば。
モニア ならいちいち突っかかるのやめてよ!
ハル モニアに私の気持ちなんてわかんないよ!モニアなんて歌えなくなればいいのに…!
母親 ハル!
扉が開き、父親が入ってくる。
父親 モニア、準備できたか? ……どうした?
モニア なんでもないよ。今行く。
モニアだけが出ていく。
ハル ……ごめんなさい。(さっと行こうとして)
母親 待ってハル。……ごめんね。あなたのことを蔑ろにするつもりはなかったの。あなたは頑張り屋さんで神様に愛された素晴らしい才能の持ち主よ。そして可愛い可愛い私の子。愛してるわ。頑張ってね。
ハル …うん。モニア、許してくれるかな。
母親 ちゃんと謝れば大丈夫よ。ほら行って。モニアの力になってあげて。
ハル うん。
扉を開け、ハルが出ていく。
シーン4 祭事
村の広場の中央に組まれた簡易的なステージ。
その周りには既に大勢の村人が集まっている。
村人4 そろそろかな?
村人1 お、出てきたぞ。歌姫モニアだ。
村人2 今年のドレスも素敵ねぇ。
ビンス モニアー! 頑張れよー! ついでにハルも!
村人複数 ははは。(アドリブいくつか)
父親 神よ。大地と天におわします我らの神よ。今年も豊かな恵みをお与えくださり、そのご厚情に深謝いたします。我らより畏敬と感謝を込めて。捧げ歌をお受け取り下さい。
美しいモニアの歌声が響く。
しかし、途中でモニアの声が出なくなる。
モニア ……あっ……
ハル 《モニア、どうしたの?》
モニア 声が…出ない……
楽器も音が出なくなる。
ハル え、笛の音が、出ない。
村人3 なんだ? なんでやめちまったんだ?
村人5 どうしたのモニア。歌って。
モニア …あっ……あ…(歌おうとするが声が出ない)
楽隊1 なんで。さっきまで普通に弾けたのに。
楽隊2 そっちもか。楽器がいっぺんに駄目になったのか?
ハル そんなことある?
村人1 捧げ歌はどうなるんだ。神様がお待ちだぞ。
群衆のざわめきが大きくなる。
父親 ……神よ! 寛大な御心のままに、祭りの休止を要請する。必ずや御前に捧げ歌をお届けする。しばし、しばし待たれよ。
村人2 そんな。祭りを取りやめるなんて。
村人3 神の怒りを買うんじゃないか?
モニア 父さん……。
父親 いいから中へ入れ。はやく。
ハル 一体どうなってるの…?
ハル (M)その日から、歌姫モニアは歌えなくなった。私の笛も楽隊の楽器も音を奏でなくなった。隣村でも、少し大きな街でも、同様の騒ぎが起こっていたらしい。その日、世界中からすべての音楽が失われた。
以降、BGMは一切使われない。
シーン5 音楽の都
都会的な街並みの大通り。
簡素な馬車に乗った双子。
モニア 賑やかな街だって聞いてたけど、静かだね。
ハル うん。
モニア 音楽の都でも、やっぱり音楽は消えちゃったみたい。
ハル うん。
モニア ハル、大丈夫?
ハル 私は全然、なんにも問題ないよ。モニアこそ声、大丈夫?
モニア 平気だよ。歌えないだけでちゃんと喋れるから。
ハル 何か変なところがあったらすぐ言ってね。
モニア わかった。
無言の中リズミカルな馬の足音、馬のいななき。
モニア 大きな街は見てるだけでも楽しいね。父さん達も来られればよかったのに。
ハル 仕方ないよ。捧げ歌を贈れなかった今は何があるかわからないもん。
モニア …ごめん。最後まで歌えなくて。
ハル モニアのせいじゃないよ。私がいけないんだ。私がモニアなんて歌えなくなっちゃえって、言ったから。
モニア ハルは魔法使いなの?そんなこと望んだってできるもんじゃないよ。
ハル でもあの喧嘩のすぐ後だったし、何か関係あるような気がして。
モニア たまたまだよ。気にしないの。ほらお医者で薬を貰ったら治るかもしれないし。ね。
ハル そう、だよね。《子供みたいなつまんない嫉妬で、私がモニアから歌を奪っちゃったんだ。取り戻さなきゃ、どんなことをしても!》
馬のいななきと共に馬車が止まる。
モニア 着いたみたい。
シーン6 診療所
小さな診療所。物が少なく清潔に整えられている。
ドアを開け、双子が入ってくる。
その際ドアベルの音が鳴る。
ハル ドアベル、ちゃんと音が出てる……。
モニア そうだね、わっ。
室内は若い女性患者で溢れている。
患者1 先生、私大丈夫なんでしょうか?
患者2 このままじゃ仕事になりません。いつ治るんでしょう?
モニア これみんな歌えなくなった人達?
看護師 はいはい、順番に呼びますからお待ちくださーい。
ハル あの、お医者様ですか。この子も診てほしいんです。
看護師 あ、僕は医者じゃないんだ。先生はあっち。
医者 あぁ、新しい患者だね。悪いけど、順番は守ってもらうよ。そこに座って待っておいで。
ハル 女の先生、珍しいね。それにすごく綺麗な人。
モニア う、うん。
時間が経過し、ようやく双子の番となる。
医者 はい、次の方。
モニア よろしくお願いします。
医者 おや、同じ顔。どちらが患者かな。
ハル この子です。突然歌が歌えなくなっちゃって。
医者 君も歌なし病か。
ハル 病気なんですか。治るんですか。
医者 便宜上そう名付けただけだよ。同じような症状の患者がわんさかいるからね。
看護師 この街じゃ歌うのを生業にしている人も多いんだ。さっきいた子達は教会の聖歌隊なんだよ。
医者 こら、患者のプライベートを話すもんじゃない。
看護師 すみません。
モニア 原因はなんなんでしょう。
医者 原因も治療法も一切不明。ただまぁ歌えないというだけで体に異常は何もない。日常生活には困らないだろう。
ハル 困ります。モニアはうちの村の歌姫なんです。
医者 あーそうか、捧げ歌が歌えないとなると、村としては問題だな。ひとまず診察しよう。シャツの前だけ開けてもらえる?
モニア は、はい。
医者 あぁ…。
看護師 んあ!? (医者に睨まれて)…すみません。
医者 ……呼吸の音は問題ないね。じゃあ次、口を開けて。特に腫れも見られないな。ん? この喉元の痣は?もともとあったもの?
モニアの喉元に紋様のような痣がある。
モニア 痣?
ハル 何それ。そんなもの無かったよ。
医者 ……ふむ。魔法、もしくは呪いの痕跡だね。
ハル やっぱり、私の呪いなんだ。
医者 え、君の?
ハル 私がモニアなんて歌えなくなればいいって言っちゃったんです…。
医者 君には魔力はなさそうだけど?
ハル え。
医者 あまり当てにはしないで、魔法は専門外だから。でも君からは魔法特有のなんだか嫌な感じがさっぱりしない。
モニア ほら、ハルのせいじゃないよ。
ハル でもそれなら、どうしたら治るんですか。
医者 気休めにしかならないと思うが、喉にいい薬草を煎じてだしてあげよう。
ハル それだけ?
医者 魔術とやらの前では、医学は無力なんだよ。
患者達が診察室へ乱入する。
患者1 先生のせいじゃありません!
患者2 気を落とさないでください!
看護師 あっ君達、他の人がいるのに診察室に入ったらだめだよ!
患者1 ごめんなさい。でも私達噂で聞いて、先生にお伝えしようと思って。
患者2 音楽が消えたのは魔女の仕業なんです。
医者 魔女?
ハル どういうこと?
患者1 最近魔の森に棲みついた魔女がいるらしいの。乙女の生き血を吸って、永遠の美貌を保っているって噂よ。
患者2 しわがれた声まで取り換えるんですって。歌声を盗んだのもそのせいよ。
医者 噂ねぇ。
ハル それだ! モニア行こう!
モニア あ、ありがとうございました! お代はこれでいいですか。ハル、待って!
走り去るハルを追って、モニアも出ていく。
その際、ドアベルの音は鳴らない。
看護師 あれ、先生。今ドアベルの音鳴りました?
医者 はぁ。とうとうこいつまで歌えなくなったか。
シーン7 魔の森
鬱蒼とした暗い森を進む双子。
モニア やっぱり明るくなってから出直そうよ。
ハル だめ。どんどん悪化して声まで出なくなったらどうするの?魔女の仕業なら何とかしてやめさせないと。
モニア その魔女がどこにいるか知ってるの?
ハル うっ。あ、あっちの方、明るくない? 魔女の家があるのかも。
モニア 足元気を付けてよ。
開けた場所にでると、そこには美しい泉がある。
ハル うわぁ、泉だ。うっすら光ってる。
モニア ちょっと休憩しよう。闇雲に探しても体力を消耗するだけだよ。
ハル …うん。
水の音や蛙、虫の声がしている。
モニア なんだか久しぶりに賑やかな気がする。
ハル 本当。水のせせらぎや、虫の声も、音楽みたいだね。
ふっとすべての音が止む。
ハル 音が止んだ?
モニア しっ。何か来る。……隠れて。
遠くから草木がガサガサ揺れる音がし、猛獣の唸り声が聞こえてくる。
ハル はっ…!
魔獣 いいにおい……ヒトにひき……おいで……ヒトおいで……
ハル (小声)バレてる…
モニア (小声)ハル、こっちに! ……何してんの、ハル!
魔獣の前に姿を見せるハル。
ハル モニアは逃げて。
モニア ハルもでしょ。
ハル モニアは歌姫なの! 大事なの! 私がモニアを守るんだから!
モニア やめてよ、ハル…!
魔獣 はる……おいでぇ……
狼の遠吠えが聞こえる。
ハル 嘘、もう一頭1?
森の王 子供達、そのまま身を屈めていなさい。
巨大な狼が現れる。
ハル え!? 狼……?
モニア ハル、隠れて!
魔獣 じゃま…もりのおう…
モニア 森の王…?
森の王 人間に手を出すことは禁じたはずだ。一人でも殺せば、より多くの人間が押し寄せ報復される。
魔獣 ヒトいっぱい…たべたい…たべる……
森の王 私の命が聞けぬというのか。
魔獣 もりのおう…うそ…いつわりのおう……まじょおいださない……よわい……
ハル 魔女…?
魔獣 しはいよわい…ちからよわい……めすのおう…うそのおう…
モニア メスだから、見縊ってる?
ハル なんか腹立つな。助けに入る?
森の王 問題ありません。そこに居なさい。
ハル でも。
森の王 確かに私は非力かもしれない。しかし大勢の強い仲間がいます。
遠吠えが複数聞こえ、数頭の狼が現れる。
狼1 王、ご無事で。
森の王 あぁ。
狼2 さっさと失せろ。喉元を食い裂かれたいか。
魔獣 またおいで……はる。
唸り声が遠のいて魔獣が去っていく。
ハル 二度と来ないし。
モニア あの、助けてくれてありがとうございます。
森の王 何故こんなところにいるのですか。この森はあなた達にとっては危険な場所です。すぐお帰りなさい。
ハル でも私達、魔女を探してるんです。
森の王 魔女?
ハル さっき、魔女を追い出せとかなんとかって。
森の王 えぇ、最近この森に住みついた魔女のことです。我々に害を成す様子はありませんから静観していましたが、それをよく思わない者も多い。元々持っていた私への反感もあって、たまにああして喧嘩を売ってくるのですよ。
ハル 王様だったらやっつけちゃえば?
森の王 ふふ、私は争いを好まないのです。
狼1 我らは王のご判断を尊重いたします。
狼2 王の安全は我らがお守りしますので。
森の王 ありがとう。
ハル 慕われてるんですね。羨ましい。
森の王 あなたにもそういう存在がいるのではないのですか。
ハル え。
モニア そうだ、ハル。あんな無茶して。死んじゃったらどうするの。もう、馬鹿、馬鹿!(叩く)
ハル 痛い痛い。ごめん、もうしないってば。
森の王 あなたも、とても慕われてるんですね。
ハル そう、ですね。
森の王 そして、あなたは。
モニア はい?
森の王 とてもややこしい呪いがかかっていますね。それで魔女のところへ行こうというのですか。わかりました。誰か、この子らを連れて行っておやり。
狼1 どうぞ、お乗りください。
ハル わぁい、もふもふ!
モニア し、失礼します。
狼にまたがる双子。
森の王 その呪縛が解かれることをお祈りしています。
シーン8 魔女の家の前
双子をのせ、森の奥へ走ってきた狼。
狼1 大丈夫ですか。
モニア 手がしびれてる…。
ハル 酔った……。
狼1 すみません。人間をのせて走ったことがなかったものですから。
モニア いえ、ありがとうございます。
ハル ん?
モニア どうした? 吐きそう?
ハル 静かに。何か聞こえない?
ヴァイオリンの旋律が聞こえてくる。
音楽が消えてから初めて聞こえた音楽である。
モニア ヴァイオリン…?
ハル あの家からだ。
モニア もしかして、あそこが。
狼1 そう、魔女の家です。ではここで失礼。
ハル 行っちゃうの!?
狼1 どうもあの魔女は、苦手です。
狼、走り去る。
モニア 狼たちも恐れる魔女って……
ハル 行こう。
二人がゆっくりと家へ近づく。
家の前までくると、ぴたりと音楽が止まる。
モニア 止まった……
ドアが勝手に開く。
ハル えっ!
モニア ドア触った?
ハル ううん。
魔女 ……お入り。
シーン9 魔女の家
ナチュラルであたたかみのある普通の家。
お湯の沸く音がしている。
見るからに年を取った老婆がいる。
魔女 まぁまぁ、よくいらしてくれたわ。双子の歌姫さん。
モニア あなたが森の魔女ですか。
ハル なんだか噂と違わない?
魔女 あら、どんな噂?
モニア 娘の血を吸って若さを保ってるって。
魔女 随分手間がかかりそうね。そんなことをしなくても、森に生えてる何種類かの薬草を調合すれば若返りの秘薬はできるのよ?
モニア 薬、あんまり効いてなさそうですけど。
魔女 やだ、私は飲まないわよ。若さにはあまり興味がないの。私が好きなのは紅茶と音楽。
ハル 音楽って…やっぱりあなた…!
軽めの爆発音がして、窯が自動的に開く。
ハル ひゃっ!なに!?
モニア けほけほっ!
魔女 クッキーが焼けたわ。お茶にしましょう。ほら、座って座って。
モニア …ハル、とりあえず座ろう。
魔女が紅茶を入れ、双子はクッキーを頬張る。(美味しい)
魔女 お嬢さんは私がいくつに見える?
ハル え、私? えーっと、八十歳くらい?
魔女 残念。もう少しお姉さんよ。
ハル 九十歳?
魔女 三百歳。
ハル 三百歳!?
魔女 魔女だから、時間の流れは少し違うけど、外見はあなた達人間と同じように変わっていくのよ。
モニア 若返らなくてもいいんですか?
魔女 永遠に変わらないなんて、つまらないじゃない。
モニア つまらない?
魔女 私ね、昔はダンスが好きだったの。ガーデニングも楽しかったわ。蜂蜜しか食べなかった時もあるし、今は紅茶がお気に入りなの。世界はなんて広いんでしょうね。私の知らない素敵なものがまだまだたくさん溢れてるのよ。
ハル ちょっとわかる気がする。この旅でもびっくりすることがいっぱいあったもん。
モニア そう、だね。村から出なきゃきっと一生知らなかった。
魔女 私ももう少しこの森を堪能したらまた旅に出るわ。その時には何が好きになってるかしらね。
モニア 怖くは無いんですか? その、自分が変わっていくこと。
魔女 あなたは怖いの?
モニア え。
魔女 ふふふ、楽しみねぇ。あなた達はどんな大人になるんでしょうね?
ハル 私はもっともっと上手な笛吹になる。モニアは?
モニア え、えーっと…
ヴァイオリンが独りでに曲を演奏する。
ハル そうだった、音楽!
魔女 今はちょっと静かにしておいて。お客様とお話し中なのよ。
ヴァイオリンが不満げな音を奏でる。
モニア それも魔法ですか?
魔女 そう。この子ったらきかん坊で、なかなか私に弾かせてくれないのよ。
ハル どうして魔女さんだけが、音楽を演奏できるの? 私は吹けないし、モニアだって歌えないのに。
魔女 どうしてって。私は三百年物の魔女よ。そこの坊ちゃんの魔力には負けないわ。
モニア え?
ハル 今、なんて。
魔女 呪いをかけたのはあなたね、モニア。あなた、男の子でしょう?
※ここまでモニアの性別は意図的に明記していない。
「僕」などの一人称も使わず、言葉遣いも性差のないものにしている。
シーン10 回想
過去の回想。半年程前の出来事。
モニアが自宅で歌の練習をしているが、
喉に違和感を覚える。
モニア あーあーあー♪ なんだか調子がおかしいな。風邪かな。
見習いの修行に出るビンスが挨拶に来る。
ビンス ようモニア。
モニア ビンス。もう出立するの?
ビンス おう、多分なかなか村には戻ってこれないと思うからさ、挨拶にきた。
モニア 寂しくなるな。
ビンス ハルは?
モニア 泣き顔を見られたくないんだって。
ビンス たく、あいつはしょうがねえな。こほこほ。
モニア あれ、ビンスも風邪? 流行ってるのかな。僕も……
ビンス あぁ、なんか声変わり?っていうやつみたい。
モニア 声変わり…?
ビンス なんか俺の声変だろ? モニアはいいよなぁ、いつまでも綺麗な声でさ。…あ、ハルの野郎、あんなところにいやがる。ハル! あ、逃げやがった。ちょっと捕まえてくるわ。じゃあな、モニア。元気で。
ビンス、去る。
モニア う、うん! ……そうだ、なんで気付かなかったんだ。いずれ大人になることなんてわかってたのに。このままじゃ歌えなくなる…。
戦々恐々とする日々。
モニア 今日はまだ声が出る。……大丈夫、まだ歌える。……でも、明日は? 明後日は? ……いずれ確実に、大人になる。歌えなくなっちゃう。……そしたら僕はどうなるんだ。歌姫じゃない僕なんて……祭りさえなければ、いや歌姫なんてものがなければ……音楽なんて無ければいいのに!
モニアの言葉と共に呪いがじわじわと広がっていく。
シーン11 懺悔
再び魔女の家。
モニア そうか、やっぱり僕が呪いをかけたんだね。そうじゃないかと思ってたんだ。
ハル モニア。
モニア ずっと歌えなくなることが怖かったんだ。だから僕、あの時、ハルが僕に歌えなくなればいいって言った時、……ほっとしたんだ。
涙ながらに懺悔するモニア。
モニア 変だよね。ハルは僕が歌姫じゃなくてもいいんだって安心したんだ。歌わなくなったって、きっと笑ってくれる、叱ってくれる、毎日起こしてくれて、笛を聞かせてくれて、ずっと傍に居てくれる。
ハル そんなの当たり前だよ。
モニア ……でも。ハルが僕の為に歌を、音楽を取り戻そうとするたびに、辛くて。やっぱりお前は歌姫じゃないとダメだって言われてるみたいで。
ハル それは違う。
モニア わかってるの。わかってるのに、ハルは僕の為にやってくれてるのに、苦しくなる……そんな自分がどんどん嫌いになって……心が潰れそうになる……。
ハル ごめん。ごめんモニア。私。知らなくて。ごめんね。
モニア 違う、僕が悪いんだ。ハルは何にも悪くない。ごめん、ごめんなさい。
ハル いいよ、歌なんて歌えなくていいよ。モニアがそばに居ればそれでいいよ。泣かないで。
モニア うう…
ハル モニアは可愛いの!
モニア …え?
ハル 誰にでも優しい。いつもニコニコしてる。ありがとうがちゃんと言える。髪がすごく綺麗。頭がいい。頑張り屋。歌以外にも良いところがいっぱいあるよ。そんなモニアだからみんな大好きなんだよ。男の子の歌姫でも受け入れたんだよ。だから。今回のこと全部父さん達に話そう。モニアの気持ちも、私の気持ちも、全部話そう。きっとわかってくれる。大丈夫。私はモニアの味方だから。
モニア …うん、ありがとう。
ハル ……モニア、これだけは聞かせて。本当は歌うの、ずっと嫌だったの…?
モニア 嫌じゃない…大好きだよ…ずっとずっとハルの笛と一緒に歌っていたかった…大人になんてなりたくなかった……
しばらく双子の嗚咽が響く。
魔女 ほら、泣かないで二人とも。あなた達は今、子供と大人の境界線に立っているの。本当はその線を越えたら元には戻れないのだけど……魔女は戻る術を知っているわ。
魔女が棚から小瓶を取り出す。
魔女 これは若返りの秘薬よモニア。一滴だけお飲みなさい。あなたの身体の時間を少し戻しましょう。これで前のように歌えるわ。
モニア 本当に!?
魔女 ただし一度きりよ。
モニア どうして。
魔女 ちゃんとお別れをするためよ。あなたは急に大人になって、気持ちだけが置いてきぼりになってしまったのよ。子供の自分にちゃんとさよならをするの。いいわね。
モニア …はい。
魔女 心配しないで。大人ってとっても楽しいものなのよ。
シーン12 再び村の祭り
再び村の祭りが行われる。
村人の不安そうなざわめき。
村人4 本当にモニアの歌は戻ったの?
村人5 楽器は音が出るようになったみたいだけど。
ビンス モニア…がんばれよ…。
楽屋にて。楽隊が準備をしている。
いくつかの楽器の音がする。
楽隊2 よし、こっちは大丈夫だ。ちゃんと音が出る。
楽隊1 こっちも準備できてるわ。
ハル モニア。大丈夫?
モニア どうしよう、手が震えて……。
ハル 大丈夫、モニアが失敗しても、代わりに私が歌うから!
モニア くすっ、音痴なのに?
ハル 音痴でも! なんとかなるよ。
母親 あら、先代の歌姫だってここに控えてるわよ。どうする? 母さんとデュエットにする?
父親 心配ない、モニアなら立派に果たすさ。失敗したって何度でもやり直せばいい。
モニア でも薬の効果は一回だけなんだ。
父親 そんなのは関係ないさ。どんな声だって、モニアが納得できるまで歌えばいい。なぁみんな。
楽隊2 そうだぜモニア。
楽隊1 何度だって付き合うわよ。
ハル モニア。みんなついてるよ。
モニア うん、震え、止まったみたい。行こう。
モニアの美しい歌声が響く。
最後まで歌いきる。
モニア ……さよなら、僕の歌。
村人の歓声と盛大な拍手。
シーン13 エピローグ
十数年後、ハルとビンスは結婚している。
間にフィーネという娘がいる。
ビンス いいか、フィーネ。お前ももう十歳だ。今年の祭りからはお前が歌姫の役目を、継ぐこともできるし継がなくてもいい。
フィーネ 何言ってんのパパ?
ハル ビンス、それじゃわからないわよ。
ビンス だめだ、うまく言えないな。ハルから説明してやってくれよ。
ハル よく聞いてフィーネ。あなたは歌姫になることができるの。歌も上手だし、それにとってもかわいいし。やりたかったらやってもいいわ。
フィーネ 私、モニアおじさんみたいにかっこよく歌えないよ。女の子でも歌姫になっていいの?
ビンス もちろん。むしろモニアが特別だったんだよな。
ハル そうね。でもね、モニアは歌うことが好きだったからずっと歌姫をやってたの。ママは笛が好きだったからずっと吹いてるの。あなたも好きなことを選びなさい。歌姫になってもいいし、違う道を進んでもいいの。フィーネは何になりたい?
フィーネ えーっとね、私ね、魔女になりたい。
ビンス …ははは、それはさすがに。
ハル わかった、知り合いの魔女さんに聞いてみるわね。
ビンス えぇ!?
フィーネ 本当?
ハル もちろん、あなたは何にだってなれるんだから。
〈完〉