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「山のは」より - 2024/4/30 穀雨

拝啓 奥久慈に春が来ました。春爛漫です。初めての夏も秋も冬も、私にとってはどれも魅力的でそれぞれに違った美しさに感動してきましたが、ここへきてダントツで美しい季節がやってきました。まさに花盛り。

諸沢の桜の名所、つづら坂

桜はもちろんのこと、コブシ、レンギョウ、木瓜、ツツジ。今はサツキと大手毬。足元を見れば菜の花、水仙、タンポポ、スミレ、ハナニラ、カラスノエンドウその他名前の知らない花々も、全身に春の風をうけて気持ちよさそうに揺れています。

花もさることながら、心を震わせたのは木々の芽吹きの美しさです。桜の花が散り始めたころ、赤茶色の枝枝が微かに白味を帯びてきます。次の日にはその白が僅かに緑がかり、またその翌日には春の光を受けて萌黄色に光り始めます。そこから数日の間、奥久慈の山々は数えきれない程色彩豊かな緑を次から次へと生み出し、寒さの奥に潜んでいた命が溢れ出してきたかのようです。

芽吹いたばかりの山はうすみどり

もうひとつ、春の喜びは山菜と野草です。ふきのとうはだいぶ前に過ぎましたが、わらび、こごみ、うこぎ、タラの芽、筍。何もなかった地面から食べられるものがこんなに出てくるとは。

筍やわらびはアク抜きが必要なのでその努力ができるかが試されます。この点に関して私はまるで役立たずで、妻と近所の方々のおかげで美味しい春の味覚を堪能させていただきました。我ながらずるい立ち位置です。

カキドオシを陰干しているところ

冬の間、枯れた山は幾分歩きやすくなっていたので、裏山を少しずつ開拓していました。荒れ放題だった雑木を少しずつ切り拓き、ある程度歩き回れるように整えておいたので、この季節になると色々な草が顔を出すようになりました。週末の天気が良い朝は、朝食の後にこの裏山を歩きながら日々変わる山の姿を大変興味深く観察しながら歩いています。

4月に入った頃からはわらびがニョキニョキと伸びてきて、わらびはこんな風に生えてくるのか、などと感心しています。とある有名な硯箱にわらびの模様が描かれたものがあります。粗朶を背負った木こりが山道を降りてくる、といった図案ですが、なるほど、あの木こりが歩いていた山はこんな山だったのかもしれない、という想像が膨らんだりもします。

ここまで育つと食べることはできない

初めて諸沢の家に出会ったのは昨年の4月でした。山々に囲まれながら暖かな日差しに包まれたこの家に越してきてもうすぐ一年が経とうとしています。ここまで活動をしてきた中で、山のはとして、作りたいものが一つ定まりました。拭漆(ふきうるし)のお椀とお箸です。

漆を志す人なら誰でも当たり前に作ることができる拭漆の器。一見簡単で簡素な仕事と思われがちですが、上質な漆を目の前にして、じっと考えてみると、漆の基本にして、漆の魅力が最大限引き出せるのはやはりこれかなと。工房のスタンダードナンバーになればと思い、「山のは椀」と名付けました。漆工芸の原点に立ち戻り、ここからまた前に進んでいきたいという思いも込めています。

透明度の高い漆が美しい木目を際立たせる

そして走り抜けるように季節は春から初夏へ。咲き乱れた山は感慨に耽る暇もなく濃い緑の山へと姿を変えます。この一年、たくさんの種を蒔いてきました。今年は、その一つでも二つでも、芽を出して葉を広げられるように、育んでいきたいと思います。

奥久慈の山を見ていると、本当に心が洗われるようです。風が心地よい季節です。美しい山を見に、どうぞお出かけください。 敬具

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