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ヨモヤマショート

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一瞬で読めて、一瞬で楽しいショートショート。お好きなものからどうぞ。
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男の夢

小野寺慎吾には、夢がある。 小さい頃からの夢だ。45になった今も、彼はその夢を追い続けている。 嫁には、呆れられる。 昔はともに夢を追った仲間にも、まだやっているのか、と笑われる。 それでも小野寺は夢を追い続ける。 ここであきらめたら今までの自分がかわいそうだ。 先の見えない中、どこかで聞いた歌詞が彼を支えている。 もはや意地だ。 そして、50歳にもなろうかという頃、唐突にそのときは来た。 ついに、夢が、かなったのだ。 40数年にもわたる、小野寺の夢が。

ショートショート『ラングラス』

知人に植物をもらった。知人も知人から譲り受けたそうで、何という名前かはよくわからない。手のひらサイズの鉢に植わっていて、細い茎が大きめのつるつるとした葉を支えている。 ちょうど引っ越しを終えたところで、殺風景な部屋を見ながら観葉植物なんかあってもいいなと思っていた折だった。断る理由もないから譲り受けた次第だ。 家の中の日当たりの良いところに置き、3日に1回くらい水をやれば大丈夫。 知人の言葉に従い、窓際のカラーボックスの上に置いたそれは、日々の暮らしの邪魔をすることもな

ショートショート『「母の愛」缶』

それは、亡くなる直前だった。かねてから望んでいたホスピスの一室で味噌汁をかき混ぜながら、母は缶詰をひとつ手渡してくれた。 しっかりとした重さがあり、パッケージには、「母の愛」ということば。 サプライズ好きな母らしいと思いながら受け取ったのを昨日のことのように思い出す。 賞味期限はないで。あんたがほんまに必要や思たときに開けや。 そう言われ、通学カバンや通勤カバンにいれて肌身離さず持っていた。 そして今、そのとき、つまり缶を開けるときではないかと考えている。 これま

黒いアゲハ

黒いアゲハを見ると、幸運になる。そんな噂がまことしやかにささやかれるようになったのは、去年の夏頃からだったか。 暗いニュースに包まれていた日本列島で黒いアゲハブームは急速に広まり、山間部の限界集落だったこの村にも多くの人が訪れるようになった。 そう、この村にある池の周りには、一般的には珍しいと言われる黒いアゲハが数多く存在するのである。 いや、厳密に言うと、存在した、というのが正しいか―。 * 私はこの村で生まれ育った次男坊である。村を飛び出してしまった兄にかわり、

さよなら

必要とされない。 それがこんなにもつらいことだなんて、 私、知らなかった。 都合よく使われていただけだなんて考えたくもないけれど、 あの日々はもう帰ってはこない。 * でも私、 知ってるよ。 あなたが誰よりも世界を愛していること。 だから、 私じゃなくて エコバッグを選んだこと。 * <おわり>

鴨川の奇跡

 日本列島で新型の感染症が流行したのは数十年前。その頃には、密を避けて感染を予防することを目的とし、ソーシャルディスタンスの維持が叫ばれていた。 そんな中、ある政治家が鴨川の河川敷では古くからカップルが等間隔に並んでいることに目をつけた。 鴨川があれば、人々は自然と一定の距離を保てるのではないか。そう考えた政治家は、鴨川を人工的に分岐させ、広範囲に広げる計画を提案して、次の選挙で見事当選した。 *  それ以降、新しい生活が人々に浸透していくのと並行して、鴨川は国中に進

ショートショート『青、そして緑』

私の娘は青と書いて、せい、と読む。50の時にやっとできた子どもで、今は4歳だ。 かまってちゃんの青の相手は大変なことも多いけれど、とても楽しい。青はすくすくと元気に育ってくれて親として本当に嬉しい限りである。 しかし、気になることが一つだけある。青は青色が好きすぎるのだ。どんなにカラーバリエーションが豊富な商品でも、好きなものを選ばせると必ず青色を選ぶ。自転車も、リュックサックも、靴も、服も。青色でないものは断固として身につけようとはしないため、毎日全身真っ青で保育園に通

ショートショート『夢の大学生活』

「はじめまして、高槻理央です。よろしくお願いします~」 「あ、じゃあ次、米田昂って言います~気軽にコウって呼んでください!」 自己紹介が進んでいく。いつ自分が言えばいいか。様子をうかがっているとまた最後になった。 「はい…。西村孝弘です。よろしくお願いします」 オンライン通話アプリを使った自己紹介はこれで何度目だろう。何度やっても話すタイミングがつかめないし、イマイチ楽しめない。こんなこと今まで気づかなかったけど俺はれっきとしたコミュ障だ。 入学したら普通に友達がで

甘党、辛党

やっぱり、甘い星がすき。 「ずっと一緒にいられますように」 とか最高だよ。 甘くてふわふわでとろけちゃう。 「あの人が幸せでありますように」 もいいよね。これはね、ちょっとすっぱいの。 この甘酸っぱさがたまらない。 「家族みんな健康に暮らせますように」 これは、噛めば噛むほど甘くて、口がしあわせな気持ちになるんだよ。 だから私いつも噛んでる。 おばあちゃんには 「好き嫌いはだめでしょ、バランスよく食べなさい」 って怒られるけど、やっぱりこういう甘いのが

知らんけどおじさん

はー忙しい忙しい。今はちょ、忙しいねん。 お前は誰やて?  俺は「知らんけどおじさん」や。 関西人な、なんやテキトーにもの言うたあと、 「…知らんけど。」 言うやろ⁉ あれのな、エビデンス取ってくるのが俺の仕事やねん。 お前ら関西人、ほんま何にでも「知らんけど」つけるやろ? やから俺、毎日チョー忙しいねんで。ほんまやってられんわ。 * ん?なんや?昨日の仕事教えて? あー昨日はなあ、なんやったかいな、ああ、あれやあれ、 「豆腐食べたら巨乳なるらしいで、

俺は毎朝、保育園の前の道を通る。 朝のその道では、保育園へ向かう多くの親子とすれ違う。 まだ寝ぼけているような子もいれば、少し歩くごとに止まってお母さんを困らせている子もいる。 かわいいなあ。 眺めていると思わず口元がゆるむ。 俺にも、こんなかわいい時代はあったのだろうか。 こんなにも純粋に世界を見つめていた時代は―。 そんなことを考えながらこの道を歩く時間は、俺の至福の時だ。 * しかし、最近少し妙だ。 俺が子どもたちを眺めながら歩いていると、その親たち

爆音の正体

ゴオオオオオオオ、ガガガガガガ、ブンブン、カシャ、ゴオオオオオオオ 7月のある晴れた朝、日本全国津々浦々、一人残らずすべての人が飛び起きた。 雷の10000倍ほどの騒音が、突如鳴り響いたのである。 しかしそれは、雷のように単一の音ではない。たくさんの様々な音が交じり合った紛れもない騒音だ。 空から日常に降り注ぐ爆音に人々は混乱し、口々に何かを叫んでいるがその声はもはや誰にも届かない。 学校は休校、会社は休み。皆、イヤホンや耳栓を耳にはめ、それでも足らず耳に布をあてが

俺の趣味は、

「趣味は、何なんですか」 俺は当たり障りのないこの質問が苦手だ。好きなことはそれなりにある。釣り、ギター、登山、読書。でもどれも、趣味と言えるほどのめりこんではいない。 答えに窮していると、先日入社したばかりの後輩が嬉しそうな顔をした。 「もしかして先輩、趣味ないんですか?もしよかったら僕と趣味探ししてくれませんか?」 予想外の展開に話を聞けば、どうやらそいつも趣味がないことに苦しんできたらしい。 それ以降、俺たちは休日になる度に、いろんなことに手を出した。 カメ

「私が由美やったら、卵焼きに歯磨き粉入れてるわ、知らんけど」

① 由美「なあ~聞いて、昨日隆史に醤油買ってきて~言うたら、間違えて歯磨き粉買ってきてん!」 聡子「やば!私が由美やったら、卵焼きに歯磨き粉入れてるわ、知らんけど」 ② 由美「なあ~聞いて、昨日せっかく朝ごはん作ったのに寝坊した隆史が『歯磨きする時間ないからいらんわ』とか言うてきてん」 聡子「やば!私が由美やったら、卵焼きに歯磨き粉入れてるわ、知らんけど」 ③ 由美「なあ~聞いて、昨日隆史が『今日の卵焼きちょっと失敗してんじゃんw』とか言うてきてん~」 聡子「