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#58 べこ餅考

 鯨餅の亜種と考えられるのが、青森県下北半島から北海道渡島半島に分布する伝統菓子「べこ餅」だ。鯨餅と同じく、米粉を用いて作られる餅菓子で、生地に練りこんだ砂糖の甘さだけという、とても素朴な味わいがある。柳田國男が岩手県の伝統菓子として「べこもち」を紹介しているから、かつては東北北部で広く食べられていたのかもしれないが、今後さらに調べてみたい。
 筆者が育った青森市ではあまり一般的ではなく、生まれの上北郡野辺地町で見かけた記憶がある。鯨餅で育った影響かもしれないが、この手の米粉を使った餅菓子が大好きで、今でも鯨餅、べこ餅だけでなくすあま(素甘)やういろう(外郎)も好みである。
 下北半島のべこ餅は、断面が金太郎飴のように美しく装飾されており、大きな蒲鉾のような形に作ったものを薄くスライスして完成する。鯨餅のように短冊形ではなく、カマボコ形にスライスされた状態で売られている。北海道のべこ餅は金太郎飴スタイルではなく、薄いカマボコ形や木の葉形に整形された状態で作られている。特に、木の葉形は北海道の特徴であり、黒白などツートンカラーになっていることも多い。かかる黒白が北海道に多いホルシュタイン種の乳牛に似ているところから、牛の方言である「べこ」が当てられ、べこ餅になったともいう。鯨餅も黒白の色合いが鯨の皮に似るためそう呼ばれたことと命名原理は同じであるが、べこ餅の命名由来についてはそれほど単純ではないのである。
 そもそも牛を「べこ」と呼ぶのは、東北北部の方言であるが、北海道渡島半島には青森県や岩手県から渡った人々が多いという歴史的経緯があり、方言もよく似ている。前述の柳田國男説を採れば、すでに東北北部では同様の餅菓子をべこ餅と呼んでおり、明治以降に輸入された北海道のホルシュタイン種とは関係が薄い。また、北海道のべこ餅のルーツと目される下北半島のべこ餅はカマボコ形であり、金太郎飴のような造形も黒白とは関係ない。カマボコ形は、牛が伏せたような形、天神様の神使で知られる臥牛の造形に似ることからべこ餅になったという説もあるのだが、どうもはっきりしない。米粉で作られるため、音読みの米粉(べいこ)餅が訛ってべこ餅になったとする見解も示されている。
 北海道では、べこ餅だけでなく、似たような餅菓子を「くじらもち」や「かたこもち」と呼ぶ地域もあり、下北半島でも当初は「くじらもち」と呼ばれていたという。下北半島の付け根に位置する野辺地町では、鯨餅はあまり一般的ではなく、べこ餅の方がよく知られている。おそらく北前船を通じて鯨餅として東北・北海道にもたらされた餅菓子文化は、各地域において様々に言い慣わされ、混同しながら歴史的変遷を経ているのであろう。

下北半島の「べこもち」

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