生誕250周年「1か月でベートーヴェンの32曲のピアノ・ソナタと16曲の弦楽四重奏曲と9曲の交響曲をぜんぶ聴く!」⑪

11日目「作品59の弦楽四重奏曲3曲(第7番ヘ長調、第8番ホ短調、第9番ハ長調)を聴く!」

5日目と6日目の2日にわたって作品18の弦楽四重奏曲6曲・半ダースを聴いて以来、ひさしぶりの弦楽四重奏曲です。というのもベートーヴェンは、1801年に最初の弦楽四重奏曲を出版してから今回聴くこの3曲が出版される1806年まで約5年間にわたってこのジャンルを手がけていなかったと考えられるからです。7日目から10日目まで聴いてきた交響曲、ピアノ・ソナタのほか4曲のピアノ協奏曲や9曲のヴァイオリン・ソナタなどが次々に書かれて出版されるなど創作活動のピークを迎えていたことも理由の1つかもしれません。5年ぶりに出版された3曲の弦楽四重奏曲は、伯爵・公爵の爵位を授かったロシアの外交官、アンドレイ・キリロヴィチ・ラズモフスキー(Andrey Kirillovich Razumovsky)から依頼を受けたことから「ラズモフスキー弦楽四重奏曲」と呼ばれています。とくに3曲目の第9番ハ長調作品59‐3は、スケールが大きく内容・構成が充実していることから通称「ラズモフスキー第3」とも言われる傑作です。

1.弦楽四重奏曲第7番ヘ長調作品59-1

第1楽章は、第2ヴァイオリンとヴィオラに支えられた力強く親しみやすいチェロのメロディーで始まります。全体で40分以上かかるこの大曲にふさわしい出だしです。堂々としていて風格があり、4つの奏者同士で多彩なフレーズをうけわたしながら展開していきます。第2楽章でも同じ音を刻むチェロの響きが印象的で、2つのヴァイオリンとチェロを加えた4人によるアンサンブルが堪能できます。第3楽章はもっとも長く、ようやく第1ヴァイオリンが活躍します。アダージョ(Adagio)と書かれたヘ短調の美しくもはかないメロディーが切々と歌いつがれていって激しい情熱をぶつけるような第4楽章へとつづきます。ラズモフスキー伯爵(のち公爵)はベートーヴェンへの依頼にあたって、出身のロシアの主題を使うようリクエストしたと言われていて第4楽章はじめにそのロシア民謡が聴きとれます。

2.弦楽四重奏曲第8番ホ短調作品59-2

同時に出版された「ラズモフスキー弦楽四重奏曲」のなかで唯一の短調。4人が同時に力強く奏でる和音で始まるドラマティックな第1楽章が印象的です。悲劇的なフレーズと美しいメロディーとが互いに交錯しながら展開していきます。第2楽章は、親しみやすく美しい旋律を4人の奏者が深々と奏でます。アレグレット(Allegretto)の第3楽章はリズミカルではずむようなパッセージが耳に残ります。ラズモフスキー伯爵(のち公爵)のリクエストに応じて中間部にロシア民謡のメロディーが登場しますが、このフレーズがのちにムソルグスキーやリムスキー=コルサコフ、チャイコフスキー、アントン・アレンスキー、ラフマニノフといったロシアの作曲家が自作に用いています。第4楽章は楽しくリズミカルなメロディーで始まって次第に激しさを増していく構成で力強く堂々と曲を閉じます。

3.弦楽四重奏曲第9番ハ長調作品59-3

聴いた瞬間から耳をうばわれる重々しい和音で始まります。ゆっくりとした導入につづいて、堂々と躍動的な第1主題になるところなど傑作と言われる理由がわかる構成です。10日目に聴いた交響曲第3番変ホ長調『英雄』が交響曲を聴く醍醐味だとしたら、弦楽四重奏曲を聴くおもしろさや魅力が味わえる楽章です。一転して第2楽章はチェロによるピツィカートが印象的な憂鬱な主題が淡々と展開していきます。このコントラストのあと、短い第3楽章はおだやかで美しさがきわだちます。つづけて演奏される第4楽章は短いフレーズが4つの楽器それぞれが調和しながら展開していってめまぐるしいまま終わります。

この曲の第4楽章については、いまだに解決していない演奏の店舗についての問題があります。いまのようにCDや音楽配信がなかった時代、作曲家がイメージしたとおりの演奏をしてもらうために楽譜に記されたのがアレグロ(Allegro)、アンダンテ(Andante)などの速度記号と3/4、3/8といった拍子の「演奏記号」です。第4楽章はAllegro molto(アレグロ・モルト=非常に速く)で2/2拍子。小学校や中学校で習ったことがあると思いますが、1小節あたり二分音符を2つの割合で演奏するということを示しています。この曲が作曲された当時、ベートーヴェンは発明されたばかりのメトロノームを想定してこの速度記号を記したとする解釈があります。これをそのまま採用すると、演奏不可能なほどのスピードになるとして多くの弦楽四重奏団がギリギリのテンポで演奏してきました。あるブログ運営ユーザーが「快速ランキング」を挙げていますが、平均で5分30秒ほどの長さなのにもっとも速い演奏と遅い演奏とでは約1分30秒もの違いがあります。興味のある方はぜひ、いろんな演奏を聴きくらべてみてください(笑)。

この曲もYouTubeにアップされている演奏をアップしておきます。フランスのエベーヌ四重奏団(Quatuor Ébène)による2018年8月のパフォーマンスです。


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