死ぬかと思った
文字によるアウトプット力を上げようとnoteを書いているうろこだきです。
今日は2ヶ月に1回の通院の日です。
私は家族性高コレステロール血症という病気を持っています。
毎日1錠の薬を飲んでいるのでそれをもらいに2ヶ月に1回の通院が必要になります。
家族性高コレステロール血症は生まれつき血液のコレステロール値が異常な人で食事制限や運動では改善されないみたいです。
子どもころからサッカーをしていましたし太っているわけではないのですが健康診断ではコレステロール値が高く引っかかっていました。
その度に通院して「食事制限と運動」を言われていました。
この時はまだ「高コレステロール血症」という診断でした。
遺伝じゃないやつです。
大人になってからは健康診断に引っかかっても「あーまたアレ言われるだけやしなぁ」と思って通院しなくなりました。
体調が悪いとかの体感も全くないので気にしなければ普通に過ごせていましたし。
最後に通院したのは20歳くらいやと思います。
ですが2年前の健診のあと、相談員の方に「前回からもう10年以上経過しているので通院してみてはいかがですか?新しい薬とかできているかもしれませんよ」と言われ今の病院に行ってみることにしました。
そうすると「家族性高コレステロール血症」の話を言われ、初めて食事制限や運動では改善されないことを聞かされました。
私の血液の状況が深刻すぎて、もしこのまま放っておいたら30代で死んでいたかも、、とも。
良い医者に出会うのって大事ですね。
薬を飲むようになってからはコレステロール値も正常になり、副反応もなくばっちりです。
ということで一生薬を飲み続ける人生となったわけですが、これをどうとらえるか。
病気なことを嘆いてめんどくさいと考えるのか。
病気であることに意味を見出すのか。
私は病気になることは不幸の原因にはならないと考えます。
問題は病気に心まで支配されてしまうことが不幸なのだと思います。
例えば私の病気であれば1日1錠の薬さえ飲んでいれば全く問題ありません。
なんならたまに忘れても大丈夫なくらい。
病気によって生活の自由が奪われたからといってそれがそのまま幸せを奪われたわけではないのです。
人は生老病死と言って、生きて老いて病気になって死んでいくものです。
それを苦ととらえるのか楽ととらえるかはその人の自由。
それなら何でも楽ととらえた方が人生楽しいよね!
そんなお話。
病院の待ち時間が2時間もあるのでのんびり過ごしたいと思います。
読書が進みます。
待ち時間って最高です。
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