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さらば、短き夏の光よ

ルイージおじさんはおとうさんのおとうとです。

はじめてひげをはやしている男のひとを見て、マリオみたいだな、とおもった。でも、赤い服はに合わないともおもった。おとうさんにはひげはないし、はげているけど、マリオはおとうさんだとおもう。
だから、いつもちょっと困ったようなかおで笑うおじさんのことは、ルイージおじさんとよぶことにした。

ルイージおじさんの部屋はたばこのにおいがした。
ほかの部屋はぜんぜん使っていないからきれいなのに、ここだけはもうしみついちゃってとれないんだって笑っていた。
ゲームをたくさんもっていて、きょうだいがいないぼくに遊びかたを教えてくれた。おじさんはまいしゅうサンデーを買っていて、コナンのれんさいが始まったばかりのころ、これが面白いんだと言っていた。

夏のおわりはいつも屋上で花火をした。
夜はかんビールとジュースでかんぱいして、テレビで映画をみた。
ふだんはからっぽなのに、ぼくがくるときはいつも、ジュースやチョコレートで冷ぞうこがぎゅうぎゅうになるなぁ、と笑っていた。

こわい話をしてくれたことがある。
ともだちとみんなで遊びに行く約束をしていた日の朝、おじさんはきゅうに気分がわるくなって行くのをやめた。予定どおりしゅっぱつしたともだちは、事故にあった。
おじさんは、ぼくの一族にはそういうところがある、だからだいじょうぶだよ、と言っていた。なにがだいじょうぶなのかわからなかったけど、とりあえずうなずいた。ともだちがどうなったのか、ぼくはしらない。

おじさんはけっこんしていなかったけど、いちどだけ、かのじょさんが家にきたことがある。
おこづかいをくれたよ、とおじさんがぽち袋をもってきたから、こっそりかのじょさんに「ありがとう」っておれいを言いにいった。そしたら「あんたにはあげてないけど?」ってへんなかおをされた。どうしていいかわからなくなって、下をむいてにげだした。
かのじょさんが帰ってからおじさんにきいたら、ちょっと困ったかおをした。あとからわかったのだけど、かのじょさんはいとこのおにいさんにだけおこづかいをあげたのだけど、それじゃかわいそうだからって、おじさんはぼくにも自分のお金でおこづかいをくれたのだ。そういうひとだった。

親戚から、あの家が売れたと聞いた。

おじさんはもういない。
ぼくの手元には、封を開けていないハイライトのパッケージが一つ。

夏の日差し、サルスベリの花。ほこりまみれの白いカーテンがひるがえる出窓、山積みの古い本や新聞紙のインキのにおい。旅先で笑う人々の黄ばんだスナップ写真、ガラス棚に並ぶなんだかよくわからない土産物。息を切らして駆け上った階段の先はだだっ広い屋上。プランターの土と植物と蚊取り線香のにおい。水をはったペンキの空き缶に花火をつっこむときの音。

すべての思い出を風がさらって、また今年も8月が去っていった。
あなたの声が、表情が、年々遠くなっていく。
あの家を訪ねることはもうないだろう。
本当は今だってインターホンを押せば、ちょっと困ったような笑顔で出迎えてくれるような気がするのだけれど。

さよなら、ルイージおじさん。
さよなら、二度とはめぐってこない夏の日々よ。

ぼくはまた一歩、秋に向かって歩きだす。



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