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本棚を買った結果見えた嗜好と現実

欲しかった大きな本棚を買いました。
縦180×横75、薄型の白い本棚。
耐震対策も完了。
調整可能な棚は縦幅が微妙で、文庫本用のベストな調整が出来ないのがもどかしい。けどまぁ、余ったスペースは飾る棚として活用すればいいかなとか。

これで平積みになってた漫画とか、収まらずに本収納ケースに詰めてクローゼット奥に封印してた大判本を出せるようになったんです、が。

俺、思ってたより本持ってないな???

確かに、そんな本読みではないんですけど、他に趣味がないんで趣味:読書って言い方しても大丈夫だなって思うぐらいには読みはするんですよ。
するって思ってたんですよ。
いざ本棚に収納と言う形で自分の読書量を見てみると、全然埋まってない。埋まらない。実家から持ってきたい本もいくつかあるけど、それでも余裕がありまくる。いやまぁ買ったばかりで埋まるのも困るんですけれど。

単行本はたまにしか買わないとはいえ、文庫本も多いわけではない。人に進められたのしか買ってない気がする。図書館で借りるのもあるけれど、一人暮らししだした時期を考えるとほぼ増えてないことがよく分かる。2年とはいえそこまで読んでないとは思わなかった。
漫画は連載で増えるから買ってしまうけれど、小説はそうやって強いられるペースが少ないからなぁ。

何が怖いって“読んだ気でいた”ことが恐ろしい。
買って読んでいない、ならまだしも、本棚に入ってすらいない本を“読んだ気でいた”のは妄想と理想と現実の区別がついていないって事でしょ。ツイッターとかで発売しました!とか話題です!みたいな本の情報を知っただけで満足して、知ってたけど買ってなかっただけでーす的な態度で読んだ側にいる気分になってた可能性がある。実際にはそんな態度を取る相手すらいなかったけど、そんな可能性があったということだけでも悪寒が走る。

あと"読みたい"欲と"飾りたい"欲のバランスがいる。本を買う、選ぶ際に重要視するのが「読みたいか」という事と「本棚に置きたいか」という事のようだ。
読みたくて買った本はだいたい買った日か、遅くても一週間で片付ける。けど置きたい本は、買うことだけが目的だったりするので、読まずに置かれるだけなことがある。本棚に置いてどうしたいのかは自分でも分からないが、その本を買った、持っていることですでに満足する、というハードルの低い満足をしているらしいことは分かってきた。作者にお金が入ればいいやとか、同じ趣味の人が見つかればいいなとか俗的な思考で本を買っている。

結果的には積ん読本と何ら変わらないことをしている。読むことを重視するのでなく買って並べることを目的としてしまっているのだ。趣味:読書ではなく趣味:購読と言った方がいいかもしれない。
といっても本が好きなことに変わりはないので、困惑した割に実は問題なかったりした。無意識的にやっていたことだけど、実はちゃんと趣味嗜好に適った行動だったことに安心感すら覚えてしまった。

本棚を買ったことで現実が見えてないことが分かり、自分の嗜好は揺るがないことに気付かされた。本を通じて自分という人間を見つめ直すことが出来たのは行幸だと思う。

俺、本棚買っただけなんだけどな。



最後に、本を入れる前に少し夢を叶えてみました。

ゼロワンベルトを全部飾ってみた。正確には全部じゃないけど、持ってるやつは全部。これにはテンション上がりました。本を入れるために泣く泣く戻しましたけど……。
いつかまた飾れたらいいなとか。

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