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広大無辺の夕暮れ#1

 大地は、低山に低木、残りは草原で埋め尽くされているようである。空は薄くもがかった晴れで、雲と宇宙の間が見えるほど、視界は泰然としている。時は夕暮れなのか、雲には橙色の光が反射している。ただ、この土地は広すぎて、一度に夕焼けがやってくる仕様にはなっていないのだと思う。奥はまだ真昼間で、手前から順に夕焼けが忍び寄る。ゆっくりと進む太陽と併走し、この土地の夕暮れはのそのそとその全体図を広げていく。
 大きな木はひとつもない。低く、地面にはびこるように低木が身体を寄せ合って生えている。だから、遠くから見ると一見草原である様子で、かと言って本当に草原の部分もあるような印象だ。たったひとつだけ大きく生えている木、というものもない。皆、空気を読むようにして、それか、太陽に自分の手を伸ばす必要がないほどに、ここには光が満ちあふれているような、そういう土地の木たちの規範じみた理想的な生き方をを皆律儀に守っている。木が上に伸びる上で障害になるものがひとつもないと、まっすぐに、上に上にどんどん伸びるのではなく、上に伸びることさえしないのか。うっそうとした森に生命の豊かさを感じることはあるが、ここには、そういう豊かさではなく、光と空気の豊かさを感じる。奥は、どこまでいっても同じような土地である。人間の持っている移動手段では、この土地に入るのは危険かもしれない。どこまで行っても同じ景色で、移動する間に、昼、夜、昼、夜、昼と永遠に時ばかり過ぎるように感じ、緑の葉を乏しくつけるばかりの同じような木から食料も、ましてやオアシスを思わせる湖も見つけられないために水も手に入らず、持参した全ての食料が尽きる前に、諦めて人間達は折り返すだろう。一体この土地はどこまで続いているのだろうか。おそらく、ロボットやら何やらで調べることはできるだろうが、そこにある空気の淳良や光の含蓄まで知ることはできないだろう。
 右側には、一本の道がある。これは、おそらく人間がこの土地の、できるだけ奥まで行こうと試みたときの痕跡だろう。見たところ、往路のみで、復路がない。彼らは奥までたどり着いたのだろうか。また、奥に広がる淳良と含蓄を感じることはできたのだろうか。彼らがそれらを我々のもとへ持ち帰ることができなかったとしても、それは人類にとっては大きな躍進であったのだと思う。
 夕暮れも後半にさしかかっている。この大地、広大無辺の大地は、ゆっくりと目を閉じて、そろそろ静寂の眠りにつくのだろうか。逆に目を覚まし、夜の活動に身を起こすのだろうか。

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