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バーバーのある生活

小学生の頃、たまに父親の理髪店に付き合っていた。父は「散髪いくけどどうする?」とだいたい月一ベースで声をかけてくる。決まって日曜の朝のことだ。このどうする?の中には、理髪店の後、近所の甘味処で“お茶”をすることも含まれている。夏ならかき氷、冬ならおしるこだ。
誘いに応じるか否か、私の意思決定基準はいたってシンプルだ。甘味処へ行きたければセットのバーバーについて行く。食べたい気分じゃなければ、セットのバーバーにも行かない。ただそれだけ。なぜか、バーバーと甘味処はパッケージというのが父と娘の暗黙の了解事項だった。
理髪店の入り口には丸いパイプ椅子が置かれていて窓側の古びた棚には雑然と大人の男が読むような漫画雑誌と週刊誌、誰がそんなに読み込んだんだと不思議になるほど角がへなへなになっているゴルゴ13と島耕作が数冊置いてあった。
どの本も母親から見てはダメだと言われていたので父が散髪をしてもらっている間、私は所在がなかった。ただただ、おしるこのためにそこにいた。
携帯やスマホなどがない時代の父と娘の月一交流。いまならさしずめ「カットが終わったらラインしてね」で済むことだ。誰がすき好んであのエロ本しかない理髪店のパイプ椅子に30分も座っているというのか。
その交流もいつしか誘われなくなった。最後に行ったのは確か、中学受験が終わって卒業までの間だったと思う。私も部活や勉強が忙しくなり、たいしてメニュー数もない近所の甘味処より、友達とマクドナルドに行く方が楽しくなっていった。

それだけのことだ。

ただ、、、死ぬまでにもう一度くらいあのパッケージコースに行ってもいいかなと思ったりもする。今ならゴルゴ13だってかなり“分析的に”読む自信もある。
初めて私から誘ったらお父さん、なんていうだろうか。
「もう床屋に行くほど髪の毛はないから、おしるこだけ食べにいこうか」って自虐しつつパッケージディールを解除してくるかも。

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