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イギ2


 川沿いのタイレストランでイギと遅めの昼食を取っていた。前日の夜までは雨の予報だった。気温の見当を外し、着てきた服では暑すぎると薄々思い始めていた。うすら寒い小雨の中を散歩でもするようなしっとりとした一日を想像して朝は起きたのに、今や外は暖かく晴れていて毒気を削がれたわたしは、物を考える責任をひとまず置いて目の前のガパオライスの続きに取り掛かった。先に食べ終わった彼はデザートに出されたタピオカの原材料が何なのかを知りたがって調べ物を始めた。やがて、それがキャッサバのでんぷんから作られること、そのでんぷんは無洗米を製造する際に米を磨くのに使われることを知ってにこにこしていた。わたしはその様子を愛らしいと思ったが、「(あなたには)どうでもいいか」と呟いて本人は調べ物に戻るので、伝わらないものだと思いながらわたしは食事に戻った。
 大磯に行こうと彼が言った。わたしがようやくタピオカを口にしたか、やっつけ終わった頃合いだった。大磯、とわたしは繰り返した。ここは山手線沿線の街で、彼は翌日も朝から仕事で近くまで戻らなくてはいけないのに、昼時もゆうに過ぎたこれから、都心から70㎞近く離れた大磯に行くのだと言う。心が躍った。
 お茶と小ぶりなクロワッサンの袋詰めと金柑とトマトを揚げたスナックを買ってイギとわたしは駅のホームで電車を待った。グリーン車に乗ろうと言って彼はあっという間にホーム上の券売機でグリーン券を買った。その機械にわたしのICOCAは受け付けてもらえなかった。イギにはなじられたが、青いカモノハシの可愛さを訴えて食い下がった。「いこかなのに、これじゃ、いかれへん」と彼が言った。わたしはけらけら笑った。空はますます晴れて、そよ風が吹いていた。グリーン券は乗車後に車掌から買った。
 車内でだいぶ遅れたバースデーケーキをあげた。わたしの家の近所にあるパティスリーの小さなケーキをふたつ選んでいた。本当はもう一つ自分用に買っていて、それは自宅で食べてしまっていたのだが、他のふたつのケーキが箱の中で動かないよう空になったプラスチックの台だけを残していた。渡すときにはそのことをすっかり忘れていた。箱を開けたイギの表情が一瞬明るくなり、それからみるみる迷子のような顔になって「一個ない…」と呟いた。心臓が握り潰されるような可愛らしさだった。うっかりしていて匙も何もないので、ケーキの表面に刺してある店名の書かれた紙のプレートをスプーンのように使って、イギはムースとクリームとジェノワーズが層になったケーキを少しずつ食べた。
 平塚駅で電車を降りてバスに乗り換えた。座席に落ち着くとすぐに眠気がやってきた。ゆっくりと流れて行く商店街の風景を横目にうつらうつらしていたわたしの腿を、彼のあたたかい手のひらが撫でていた。
 夢とうつつの境目で街の様子を無責任に口にしたりしなかったりしているうちにイギが立ち上がり、導かれるままに降車した。到着は90分後だと無意味な嘘をついていた彼は、もうそんなに経ったのかと怪訝な顔をするわたしに、90分も時間がかかったら僕が耐えられるわけがないでしょう、とふにゃりと言った。


 目的のリゾートホテルに入るとラウンジの向こうに海が広がっていた。ふだんは外に出してテラス席を設けるのだろうパラソルが窓際にひっそりとしまわれた、オフシーズンの海浜ホテルのラウンジには誰もいない。
 イギはいつの間にか宿泊の予約をしていたらしかったのだが、日付を間違えて一ヶ月先の予約になっていた。そちらをキャンセルして改めて当日受付として処理してもらう間、彼は神妙な面持ちで手続きを待っていた。その顔を覗き込むと、恥ずかしい…と小さく呟いた。団体客がロビーに入ってきた。見ているうちに、知っている人間が世界に彼しかいないような感覚を覚えた。知人友人の顔が思い出せなかった。チェックインが完了し、わたしは正気に戻って充てがわれた部屋に向かった。
 わたしは荷物をベッドの足元に置き、イギは奥の窓際のソファに陣取って持ち物を並べた。彼の陣地がわたしとは関係なく完成したように思えて途方に暮れた。テリトリーを壊して裸にひん剥きたいと思った。一服するなどしてゆるゆると過ごす間さえ、わたしはじりじりと落ち着かなかった。
 スパに行こうと言って今にも部屋を出たがる彼に抱きついて首に頭をすりつけた。抱きしめ返されて嬉しいのに、会う前にかいた汗が気になって腕をすり抜けたい気持ちとで心が中途半端に分裂していた。かまわずわたしをベッドに寝かせて覆いかぶさった彼はしばらくわたしをじゃらすと、再び起き上がってわたしをスパに促した。わたしは彼の目立った股間を指して、それで部屋を出ていけるの、と問いかけた。人間の顔つきがはっきりと変わる瞬間をそのとき初めて見た。
 彼はベルトを緩めてわたしをソファまで連れて行くと、腰掛けてわたしをそばに寄らせ、ボトムスの隙間から膨らんだものを取り出して自分でしごき始めた。わたしは鼻の先が触れそうなほど近くでそれを見守っていた。カルキに似たにおいが皮膚の下の体液を主張する。わたしは余裕を取り戻していたが、「もう出るから咥えて」という言葉が頭上から降ってきて、体じゅうの血液がとつぜん沸騰した。三寒四温の春先のでたらめに暖かい午後、まだシャワーも浴びていない。最初の一舐めにひるみはしたが、すぐに先端を口に含んだ。じっとして舌を慣らし、それから舌先や唇をあてどなく表面に漂わせるけれど、彼の指が根元を行き来しているので邪魔にならないように先だけ咥えて射精を待った。
 ゆるいゼリー状のものが口内に流れ込んだ。質感は愛おしいのに、塩辛さに驚いたはずみで口を開けてしまった。隙間から漏れ出た精液はイギの根元の毛を濡らし、わたしはティッシュを取りに立ち上がった。口に残ったものをティッシュに出してみると、それは真っ白でとろとろとして綺麗だった。ふだん、彼のコンドームの着脱はこちらの記憶に残らないほど速やかで、思えば精液を確認するのはそれが初めてだった。ティッシュの色より白い体液にもう一度、舌で触れた。やはりびっくりするほど塩辛かった。


 そのホテルの露天プールは海に向かって張り出していて、肩まで浸かるとまるで海に浮かぶようだった。波を立てればざあ、と鳴って温水が階下に落ちていく。少しずつ暗くなっていく風景を眺めながら、泳ぐイギを追いかけて進んだ。プールサイドに上がり、浮力を失くして突然重くなる体を塩素のにおいがする水が滴り落ちていく。裸を晒すのは簡単なのに、レンタルした水着をイギの前で着るのは恥ずかしかった。ジャグジーになっている丸くて浅い二人サイズのプールは水温がやや高く、陽が落ちて冷えてきた屋外であたたまるのにちょうどよかった。体を縦にするとあまりにも浅いので、ほとんど寝転がるように浸かっていた。
 プールから上がりバーカウンターのあるラウンジを抜けると、サウナや岩盤浴の小部屋が並ぶエリアがあった。廊下の棚には乾いたタオルが充分に備えられていて、洗い立てのタオルが好きなだけ使えることがラグジュアリーの基本だと信じているわたしを密やかに喜ばせた。イギは探検を始め、わたしは岩盤浴室でじっくり汗を出した。分厚い壁が生む独特の反響音を聴きながら寝転がるわたしのもとにイギがやってきて隣に寝転ぶものの、向こうに変な部屋があったと言って落ち着かない。ついて行くと、Healing と題された小部屋があった。扉を開けるとオレンジの香りがした。床、壁、天井のすべてが真っ白なタイル張りで、照明は落とし気味だがタイルの色調に反射して薄暗い印象はなく、かすかな水流の音が絶えず、あたたかい。細く流れる水の向かいの壁は湾曲しベンチ状になるように造られていて、わたしたちはそこに並んで座った。
 「こんな地獄があると思う」とどちらかが言った。Healingと名付けられた、オレンジのアロマが香る白い密閉空間。ナチスが建造した人体実験の箱に似たようなものはあったかもしれないよね、と適当なことを言った。だんだん人格が不安定になっていって、限界を越えると壊れるのだ。ふと横になってイギの膝の上に頭を置いてみた。滲み出す汗がタイルの隙間に落ちた。脂肪の編み目と筋肉の繊維とがみっちり絡んで、包丁を入れれば細かいサシが見えるのだろう硬い腿に頭を預けながら、わたしはだんだんぐったりとしていった。気分が悪いわけではない。発汗が進むにつれて少しずつ身体が重くなっていくのだった。飽和したミストが腹や肩に積もり、ちろちろというかすかな水音が続く。彼もわたしの頭に手を置いてじっとしていた。「ひとりで入ったら堪えられなかっただろうな…」と彼が言った。
 人工の雪が降って山になっている部屋もあった。二方面がガラス張りだった。他がぜんぶ暑い部屋だからこれは銭湯にある水風呂と同じ理屈なのか、と思ううちにイギが中に入って行ってミニチュアの雪山を両腕で抱いた。出てきた彼の様子から、雪質は気に入らなかったようだ。
 階下の温泉に入り、夕食会場に向かった。イギは和・洋・中の豊富に揃うビュッフェをたっぷり4周してから最後に麻婆豆腐を食べるか炒飯を食べるかで真剣に悩んでいた。食後、部屋に戻る途中にも、彼はクロワッサンの買い置きがあることを思い出していて不穏だった。わたしは夜中に物を食べてはいけないと彼を諭し、眠る時にクロワッサンをどこに隠そうか考えた。


 部屋に戻って人心地がつくと、イギはソファに座ってひとりでチルアウトを始めた。わたしはもどかしさに辛抱が効かず、カマをかけるつもりで、もう寝るの、と訊いた。寝ないよ、と笑みを含みながらイギは答えるものの、そう言って彼はソファから動かない。わたしはいっぱいいっぱいになってひとりで布団にもぐりこんだ。勢い余って顔まで布団をかぶってしまったのですぐに息苦しくなった。ふて寝のなりをしたあげくにあっけなく動くのも癪でしばらく我慢していた。部屋の様子を耳で伺うが、物音がしない。おそるおそる布団から頭を出すと、ソファに座っているはずのイギが目の前にいた。悪い顔で笑っている。わたしも思わず悪い笑い方をした。彼の腕が伸びてきてわたしの頬を捉えた。いやだいやだと頭を振ってもその手を解けない。運良く手が外れても、彼は執拗にわたしの頬を掴み直しては自分のほうへとわたしの顔面を向けさせた。部屋着もいつの間にか脱がされ、あちらこちらの敏感な部分をもてあそばれた。そのうち内臓の奥が熱くてたまらなくなり、逝きたい逝きたいとごね始めた。今逝かなくては死んでしまうと思っていた。じゃあおなかに力を入れてて、とイギは言った。わたしが言われた通りに筋肉を締めていると、イギの唇が首や胸を這い始めた。身体の芯がさらに熱くなって髄が融けて溢れそうになった。皮膚がうるさくざわつき、乳首を食まれて背中が跳ねた。立て続けにビクビクと跳ねる体はまるで本当に逝っているようだった。逝っているのかもしれなかった。何がどこの感覚なのかぐちゃぐちゃになってよくわからなかった。これは魔法と呼んでいい。わたしは感動していた。
 「ここラブホじゃないから…」とイギが呆れた声色で言った。「うるさいと隣の部屋に聞こえるでしょ」そう言いながら彼はわたしの乳首を舌先で押し続けた。いつまでも声を漏らすわたしの顔を掴み、ねえ、と強い語調で声をかける。「そんなに聞かせたいの」
 彼の声を聴きながらわたしは混乱していた。この人に出会う前、わたしの身体はここまで感受性があっただろうかと、頭の隅で疑問符がちらついた。
 イギが落ち着いたので、今度はこちらが上になった。彼はあまり攻守にこだわらず、すぐにおとなしくなって受け身の姿勢をとった。わたしは彼の胸の肉をさらさらと撫で、おなか、股まで丁寧に触っていった。鼠蹊部から陰毛の生えた箇所にかけてはとくに敏感で、毛の流れに逆らって生え際を押さえるように撫でると彼の声が震えた。ふいうちで脇や胸の下を撫でるとおもしろいように声が上がった。わたしのことを呆れるのは理屈が合わないくらいに彼もまた屈託なく鳴いた。
 両脚を割って尻の谷間を撫でた。きれいにしてないよとイギは言うが、わたしはかまわず濡らした指を入れた。
 エッジのやわらかなイギの声が、開きっぱなしの喉から絶え間なく漏れる。感じるそのままに内臓が動き、内臓の動きそのままに動く空気が声になるようなシンプルさが良い。さっきまでわたしの顔を強く掴んでいたイギの手は頼るところを探して枕を握り、わたしが力負けしないよう必死に固定している彼の脚にはしきりと力が入った。中をやわやわとこする指の動きにどう変化をつければいいのか、空いた手でしごいている彼の先端の感覚が中の感覚を邪魔してはいないか、わたしの頭は洗濯槽のようにぐるぐる回っていた。イギは変わらず喘ぎ続け、目をつむっていた。彼の中に侵入している指が誰のものなのか、彼にとっては関係ないことのように思えた。イギがここまで性感を得ることができるのは、彼がこれまで培ってきた経験の賜物なのだ。目を開けてほしい気持ちと快感の世界に浸る彼を邪魔したくない気持ちとに挟まれ、わたしはひとりだった。
 ふと仕返しの言葉が思いつき、ためしに口に出してみた。「ここラブホじゃないから。隣に聞こえても知らないよ」
 イギはまぶたを持ち上げ、湿った目でわたしを見ながら弱く笑った。「いいよ、どうせ貴方の声だと思われるだけだから。いっそ聞かせてやる」
 孤立していたわたしが、ふたりに戻った気がした。
 逝きそう、と小さくイギが呟いた。そのあとに抱かれるつもりでいたわたしは射精はいけないと咄嗟に考えて、先端を強く握って尿道を塞いだ。後から後から、いっそ彼をここでぐちゃぐちゃにすればよかったのだと後悔することになる。射精感が過ぎたらしい彼はまだ中で反応し続けていて、あまりの感じようが不憫にさえ見えた。わたしは指を引き抜くと、もう終わったのだと安心させようと彼の顔を撫でた。するとまたひときわ大きくイギは喘いだ。彼のスイッチは本当に全身を性感帯に変えるのだ。
 敏感さにおいてイギは自らを「天才」と呼んだ。指一本で中逝きさせたなどと言えるのはひとえに彼の優れた感受性によるところなのだと、わたしは黙って散らかした道具を片付けて床に就いた。まだスパを楽しみ足りていないイギが、早起きは苦手だけど6時に起きよう、とのんびりと言う。複雑な感情を持て余したまま布団をかぶったわたしの曖昧な返事は、声になって届いたのかわからない。


 定刻にイギの目覚ましが鳴り、彼とわたしは朝の露天プールに浮かびに行った。明るく曇った真っ白な空がまぶしかった。温水から出た肌はすぐに冷たさを訴えるので、首から下がすっかり水面下に浸るように奇妙な姿勢を保ってあたたまった。そろそろ風呂を浴びて朝食を取りに行こうとなり、わたしたちは塩素を流してラウンジに出た。
 張りのあるリクライニングチェアは人を座らせたことなどないという風情で静かに並び、端整なバーカウンターは新品のオブジェのように佇んでいた。バーのメニュを読もうと目を凝らして、振り返るとイギの姿が消えていた。周囲を見回した。気配もなかった。


 何組かのささやかなグループが朝の露天プールを楽しんでいる声が遠くに聞こえた。わたしは息を潜めて待った。悪戯かもしれない。彼はたびたび悪趣味を働くのだ。目の前に人工雪の部屋があった。部屋と通路を隔てるガラスにわたしが写っていた。レンタル水着の上からタオル地の厚いガウンを羽織る見慣れない姿だった。オフシーズンのリゾートホテルには、時刻のせいもあって人影はない。顔を横に向けると大きな窓の向こうに朝の白んだ空と色濃い海がある。わたしはじっと水平線を見つめた。そこからイギが出てくるはずもないことはおそらく理解していた。
 ふと咳払いが聞こえた気がして、わたしは階段を急いで降りた。階下にもやはり彼は見当たらなかったが、諦めて風呂に入り身支度をした。何度も廊下を見渡して、観葉植物の陰に目を凝らしたりしながらスパのエントランスに戻ると、ソファに座るイギの後ろ姿があった。わたしは何も言わずに近づいた。わたしを見上げた彼は、「エレベータがちょうど来てたから乗っちゃった」と言った。「待ってても追いかけてこないし、まだ上にいるのかと思って咳払いしてみたのに」と。わたしは走って降りたのに、と言いかけて、階段の昇り降りをするのにつま先歩きをする癖があることを思い出した。忍者のように歩くのだ、彼の耳に足音は届かなかったらしい。


 イギは朝食のビュッフェも精力的にこなした。彼があちらこちらうろうろする間、わたしはシェフにオムレツを焼いてもらった。卵液にハーブのペーストを混ぜ、焼いた表面をチーズでコーティングしたうえ、残ったチーズをカリカリに焼いて表面をデコレイトしたオムレツだ。別のプレートに果物もたくさん盛った。果物いっぱい食べるんだね…とイギが呆れたように言う。彼の手にも届くよう卓の真ん中に皿を置いてカットフルーツの残数を意識していたものの、パイナップルひとかけ程度しか減らなかった。思ったよりも果物が減らないのでムキになって食べた。指が果汁でべとべとになった。イギが立ち上がってカトラリーコーナーに向かう。わたしは彼がおしぼりを手に取ったら素敵だと思って見守っていた。彼はおしぼりを取った。戻りかけたイギと目が合い、彼は今気づいたという顔をして「あ、そっか、(あなたも)手を拭きたいのね」などと言ったのが可笑しかった。わたしのためにではなくとも彼はおしぼりを手に取ったのだ。それが嬉しかった。「もうひとつ取ってくる?」自分でいく、とわたしは答えた。「ひとりでできる?」母親のような問いかけが可笑しかった。けっきょくわたしはおしぼりを取りに行かず、彼のおしぼりを少し使わせてもらって済ませた。
 チェックアウトをしてタクシーで駅に向かった。帰りのグリーン車でイギの横顔を撮った。逆光でたいした写真にはならなかったがわたしは満足した。彼の指の皮膚が硬くなった部分に蜜蝋クリームを塗った。彼はべたべたすると言って嫌がったし、わたしもこの手の行為はなるべくしないでおきたかったと少し後悔した。ただどうしても痛々しく見えて塗ってしまった。
 イギは本当にそのまま出勤していった。わたしは家に帰って自宅の窓辺に座り外を見ていた。体はしきりに眠気を訴えてじんじんしていた。わたしは頑なに起きてイギの所作や塩素入りの水の挙動や朝の海の色などを何度も思い浮かべて記憶の線を濃くすることに時間を費やし、やがてとうとつに眠りに落ちた。




ランジェリーが増えます