映画『龍の歯医者』特別版レビュー

映画『龍の歯医者』特別版レビュー

Ryuichi Taniguchi

【清水富美加の声が林原めぐみの声に聞こえて仕方がなかったんだ】

 オリジナルの短編アニメーションを、様々なクリエイターに作ってもらってネットで配信する「日本アニメ(ーター)見本市」というプロジェクトから生まれた長編アニメーション『龍の歯医者』は、「日本アニメ(ーター)見本市」の1本として作られた短編の『龍の歯医者』を中に取り込みながら、背後に世界観を作り込み、前後にストーリーを付け加えることで、スペクタクルを感じさせてくれる壮大な作品になっていた。

 それを観てまず思ったことが、ヒロインの岸井野ノ子を演じた清水富美加は声優としても大きく期待できた人だったということだ。

 まず声の質が良い。くぐもっていなくて粒立っている感じがある。そして、どこか林原めぐみの若い頃を思わせる。「日本アニメ(ーター)見本市」といえば、林原めぐみと山寺宏一の2人がすべての作品で声を演じるという無茶を通したシリーズだったけれど、長編化された『龍の歯医者』でそれを通すのはさすがに無理だったと見えて、短編では林原めぐみが演じた野ノ子に清水富美加を起用し、ベルという少年のキャラクターを新しく入れて声を岡本信彦にして、その上に山寺宏一を短編と変わらず悟道ヨ世夫という歯医者のリーダーに起用し、林原めぐみには大人の女性の夏目柴名を演じてもらっていた。

 こうなったの場合、野ノ子の声は他に名の知れたアイドル声優でも良かったはずだけれど、短編では林原めぐみだった少女の声が、長編では大きく違っていたら拙いと考えたのかどうなのか、決して声優が本業ではなく顔出しの女優として活躍していた清水富美加が、似た声質の持ち主だということで起用されたように感じた。真相はキャスティングした人にを聞いてみないとは分からないけれど。

 物語については、どこか死後の世界の暗喩めいたところがあった短編版だったけれど、長編版は死後の世界を匂わせながらも一応は現実の世界という位置づけで、そこで争っている2つの勢力の片方には龍がついていて、巨大な体躯で地上を睥睨して敵を威嚇している、といった状況。そんな状況が続く中で、龍を掲げる側にとっては敵となる部隊の若き将校として不遇な死に方を遂げたベルが、時々起こる蘇りとして龍の歯からこぼれ出て、そして龍の歯医者になっていくというのが最初の展開。そして、過去に龍で発生した巨大な虫歯菌、天狗虫が再び暴れて暴れ回った裏に、過去の事件で生き残った柴名が絡んでいたことが分かって、どうしてなんだといった疑問が浮かび、その柴名が変幻した人間型の天狗虫と果たして戦えるのかといった興味を誘う。

 龍を弱体化させることを狙って暴れ回った柴名の働きで抜け落ちた歯とともに野ノ子とベルが地上へと落下していって、ここでテレビ放送されたバージョンでは確かいったん天狗虫編として終わりとなって、そして始まった殺戮虫編では、ジェット旅客機の横を龍が飛んでいては台風を食べてしまったりして、現代にもなってしっかりと龍は存在して、その超自然的な力を誇示しているという世界観が示されていた。

 劇場公開されたバージョンではここはカットされていたけれど、戦場の上を龍が飛んで異様を誇示して味方を鼓舞する展開がその後にあって、龍という架空の生き物が物語に描かれている世界には、観念としてではなく物理的に実在し、超常的な力を振るっていることが分かってくる。そして、人間たちは龍の存在を受け入れ、力として利用していることも見えてくる。すべてはその世界では現実。ならば試練を経て龍の歯から帰ってきた者が龍の歯医者になるというのもひとつの現実だったのだろう。そして龍の歯医者たちが自分の死に際、キタルキワを自覚して、その時を誰にも言わないで粛々と待っているということも。

 それはベルのようにいったん死んだ後、龍の歯から蘇った者も同じだったのかもしれない。野ノ子といっしょに地上へと落ち、龍へと戻るかどうかでゴネたベルも、野ノ子が死ぬところを見たくないという理由だけではなく、自分がいつまた死ぬかをしっかりと自覚していて、野ノ子と必要以上に親しくしようとはしなかった、だから突っ慳貪な態度を取ったといった想像も浮かぶ。もちろんそうとは知らず、自分が理不尽な死を迎えた過去を持つだけに、死にあらがわない野ノ子たちが許せなかっただけかもしれないけれど。

 それでも2人で戻った龍の上で、ベルは野ノ子に新しい歯を持たせてあふれ出る虫歯菌を防がせる一方で、自身はひとり龍宮へと向かい、親知らずを持ってできたブランコの前に立ちふさがって、その殺意を煽って撃たれ、自分に訪れたその時を受け入れた。格好いいけれど、ちょっと身勝手なベル。それだけに、残された野ノ子が、ご飯だよと言ってベルを探して歩いている姿がどうにも切なくて愛おしくてジンと来た。

 そんな個々のドラマの一方で、龍というものが死にかけては復活していく様を見て、やっぱりいったい何者で、何のために存在しているのかといった疑問も浮かんで来る。蘇って龍の歯医者となったベルが、どうして蘇ったのかといった部分でも、危機に陥る龍を救ってそして去って行くような役回りを何者かに与えられ、そして再び輪廻の話に帰って行ったのでは、といった解釈もしたくなった。そういうものだと受け入れるのは簡単だけれど、創造した舞城王太郎にはきっとしっかりとした設定があるのだろう。何度も見返して考えていきたい、その真意を。

 通して見て改めて、野ノ子の声を演じた清水富美加の巧さを強く感じたというか、やはり林原めぐみに似ているような気がしてならなかった。ちょっとだけ清水富美加さの方が澄んでいて、気だるさがない気はするけれど。だからこそその声をもっといっぱい聞かせて欲しいのだけれど、出家してしまって名前も変わった今だと使うところもあまりなさそう。出家からの復帰なり、気にしないでの起用を多くに願いたいけれども、果たして。(タニグチリウイチ)

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Ryuichi Taniguchi
書評家、サッカー観戦家、出没家、ウェブ日記家、ほかもろもろ実行中。ライター仕事、就職先など募集中。