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映画『日本沈没2020 劇場編集版』レビュー

【小松左京が書けなかったディアスポラの日本人を描く】

 湯浅政明監督へのインタビューを行って、5.1chの音響などを味わいに是非に見に行って欲しいと書いた以上はやはり見に行かなくてはと、TOHOシネマズ上野で『日本沈没2020 劇場編終版』を見る。

 インタビューに備えてオンライン試写で観ており、その前に全10話のNetflix版もおさらいしてあって、ストーリー展開にも編集度合いにも前知識が理解があったせいで、何が起こってもその次にはどうなって、最後はどうなるかが分かってて、そのためか次々に周囲にいた人たちが亡くなっていく辛さよりも、それを受け止め乗りこえて歩み進んでいった先、もたらされる様々な解答に深く感じ入ってしまって、映画全体をひとつの完成形として捉えることができた。

 大地震によって済んでいた家を奪われ、家族があっちへ行ったり、こっちに行ったりする中で、酷い出来事が起こり酷い人たちが現れ安全な場所を求めて彷徨う人たちに試練がもたらされ、それが心にズキズキと刺さっていた初見時と比べると、唐突な死も非道で差別的な言動も、こうした自体に起こりえる出来事として半歩下がったところから達観気味に、あるいは諦観気味に眺められるようになっていた。

 これが映画を初見にして『日本沈没2020 劇場編終版』に触れた人だと、さっきまで喋っていた陸上の仲間たちが、駒沢陸上競技場のロッカーで悲惨な目に遭い、歩の空腹をどうにかしようと頑張った父親が大変な事態に陥り、いっしょにトイレを探していた三浦七海がばったりと倒れ、そして母親や先輩にも悲しい事態が訪れる。

 ひとつひとつが驚きと呆然と落涙をもたらす離別であって、それが毎週少しずつ進むならまだしも2時間半の間に立て続けに起こって、呆然としつつグッとこみ上げてくるものが収まらないうちに次の呆然が重なり気持ちを昂ぶらせ続けそう。それもまた映画としての”感動”だと言えなくもないけれど、辛い人には辛いかもしれない。これが初見となった人たちに聞いてみたいところではある。

 ただ、今時の映画はそうしたあがったりさがったりのジェットコースター的な展開も少なくないだけに、見て感情を引きずり込まれる前に次の展開が来て、そして頑張った結果が得られるクライマックスへと至って、ネット配信版と同様の感銘に溺れることができるかもしれない。10時間近くをかけずとも得られるひとつのビジョンを2時間半で得られるという意味で、便利な劇場編終版と言えなくもない。

 そんな『日本沈没2020 劇場編終版』は、小松左京が『日本沈没』という小説を書こうとした時に意図した、日本とは、日本人とはいったい何だろうかということを、日本という国土を奪うことによって問おうとしたことが、初めて描かれた映像版だったのではないだろうか。それも、純粋な日本人たちが国粋主義的な思いの中で凝縮させていくのではなく、フィリピン人の母親であり日本人との混血としての歩であり、ユーゴスラビアから来た青年でありエストニアを拠点に活躍するユーチューバーでありといった、多彩で多様な人々を絡めることで相対的に感じさせようとしたところに、小松左京からアップデートされたような感じもある。

 もしかしたらカイトの出自にもいろいろとひねりがあるかもしれない。回想に流れた子供時代、西洋凧をあげるカイトの服装からそんなことを思った。そうしてたどり着いた場所で剛は、eスポーツの選手となり日本代表としてオリンピックに出場して金メダルをとりながら、それでも国はどこでも良いんだとつぶやくコスモポリタン的な人間像を見せる。すっかりアスリート体型になった歩は失った足を義足に変えてパラリンピックに走り幅跳びの選手として出場する。水泳の選手だった母親に体型も似てきたところが親子の関係を思い出させてちょっぴり涙を誘うところが憎い。ぎゃあぎゃあ言ってた15歳の頃と比べた成長ぶりが感じられた。

 そうして国に依りながらも場所は国外だったりする人もいれば、浮上した土地に戻り国土に依拠する人もいてと、さまざまな日本人たちの日本に対する温度差のある感情を見せることで、どうであっても良いんだよ、自分がなりたいようになり、やりたいようにやれば良いんだよと教えてくれている映画。それでいて最後に日本のさまざまな風景を重ねて良いところもあったとくすぐる映画。そんな気がした。

 自分ならああいった状況に陥った時に何を選ぶ? そう問われて迷うけれどもその前に、生き残らなくちゃいけないから大変だ。それとも誰かのために何かを繋ぐ役割をまっとうするか? それもまた格好いい生き方かもしれない。カイト、お前のさりげない行動はとても美しかった。先輩、あの走りはとても最高だった。もう1回くらい行って、湯浅政明監督のコメンタリーを聞きながら見たい。(タニグチリウイチ)


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