象徴言語と概念言語

私たち人間は言葉を用いることが出来ます。そこが他の動物との大きな違いです。最初はある物を指し示すためのラベルや指示代名詞としての音としてのコトバであったものが、徐々に意味を持つことにより、概念を作り出し、文化を作り出しました。

そして、概念が作りだした文化と、いかに折り合いをつけていくかが人間生活を営む上での鍵となります。

人間以外の動物には文化、つまりルールがないため、本能に忠実に生きても罰せられることはありません。

しかし、人間が生きる上で本能に忠実に生きてしまうと必ずルールを破ることになり、罰せられることになります。

そこで、フロイトはイド・と自我と超自我とのバランスを大切にする理論を打ち出しました。


現代では超自我を強く求められるようになり、必然的に概念という文化に縛られることが求められるようになりました。適応障害がそれです。


教育システムが進歩するにつれて、幼き頃から概念言語を教えられるようになってしまい、より文化に縛られるようになりました。物語文よりも、受験勉強の本や英語の問題集を読まされるようにカリキュラムはどんどん変化しました。


ここで大切なのは概念から離れた言語を復活させることです。それは象徴言語です。☉は太陽の象徴言語であり、この記号から、太陽、父親、自己、才能、エネルギー、生きがい、使命、公、自尊心などなど無限の意味を創り出すことが出来ます。

つまり、象徴言語は1から無限を生み出します。

アクセルの働きであり、イドからエネルギーを引き上げるという連想が湧きます。

 

対して概念言語は「太陽」という言葉からは「太陽」というそれ以上でもそれ以下でもない意味しか規程されません。

つまり、概念言語は1:1にしかなりえません。

ブレーキの働きであり、超自我からエネルギーをブロックするという連想が湧きます。

(ちなみにDSMはいかに象徴言語を排除して概念言語を用いた診察にするかがテーマにあるように思います)

 

 

象徴言語は神話や、アストロロジー、マルセイユタロットなどに親しむことで養うことが出来ます。人の話を聞いて、どのような概念言語を見出すかという考えをすると連想がストップされます。しかし、どのような象徴言語が働いているかを見出しながら話を聞くと、大きな連想が働き、解決の糸口が見えてきます。

 

象徴言語に親しむことで、子どもたちのような自由なチカラを取り戻すことが出来て、トトロが見えるようになるかもしれません。

 

象徴機能が鍛えられると数多くのチカラを取り戻すことが出来ます。その1つの例は、人の話を象徴言語に照らし合わせながら聞くと、メモを取らなくても覚えることが出来るようになるのです。

 

概念言語で話を聞くと相手が10個のテーマを語ったならば、10個のテーマをそのまま記憶しないといけません。

しかし象徴言語で話を聞くと、そのテーマにあったシンボルを覚えるだけで良いので、勝手に覚えられるという利点があります。

 

みなさんで、象徴言語で遊んでみませんか?
ちなみにお菓子な世界の公用語はもちろん象徴言語です。みんなでお菓子な世界を創造しましょう♪

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