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ウマ娘で学ぶ競馬史 #25 天翔ける衝撃 (2004〜05)

みなさん、ウマ娘ストーリー最終章前編にて「モンジュー」の名前が正式に出てしまったことにより、ウマ娘アニメ世界線とゲーム世界線が並行世界だと判明してしまったことに戦慄してますか?

これは本当に嬉しい事件で、モンジューの名前が使えるのなら次回紹介するハリケーンランも名前は出せるんです。同じ馬主さんなので。
社台の馬が実装できた暁には、あの伝説のレースが再現されたり…してほしいですね…道は長い…


サムネガン無視で進めてすみません。今回の競馬史は、上の謎のウマ娘ちゃんの元ネタであろうウマについてのお話と、その他名馬によるめちゃくちゃ長い前座(GI戦線のお話)です。

今回は国際的なお話をしたい気分だったため、海外競馬関連の話題がちょこちょこ出てきます。
下の記事を読んでおくと分かりやすいかもしれませんが、真面目に読むと1時間かかるため掻い摘んでOKです。

では参ります。

我が道をゆく者たち

キンカメ伝説の裏で、あの馬たちも伝説を作っていた。
(前回安田記念までで短距離路線を放り投げてしまっていたため、そこからスタートです)

アイビスサマーダッシュ

第1回はメジロの馬が制し、第2回で世紀の大レコード、第3回で勝ち馬が日本最速(世界最速?)の上がり31.6秒をマークした伝説のレース。(第3回はネットに動画が上がってなかったため省略しました)

そして、今年はアイビススタンドに王者が帰ってきた。第2回覇者、カルストンライトオ
前回と枠は違えど、貫禄の競馬を見せた。

3馬身突き放し、タイムは53秒9
レコード更新とはならなかったものの、1000mでの実力は本物だということを見せつけた。



スプリンターズステークス

カルストンは弾みを付けてGIに挑戦したが、この年は海外からもGI馬がやってきた。
🇭🇰ケープオブグッドホープ
既にオーストラリアとイギリスでGIを勝ってる馬だ。

なんでそんな馬がわざわざ日本なんかに?と言いたくなるところだが、これは第1回「グローバルスプリントチャレンジ」という企画の影響だ。
様々な国のGIレースで戦って、一番ええ成績とれた馬の陣営に賞金とか色々あげるで〜というやつ。

上の記事で紹介したように短距離が鬼のように強いオーストラリア、競馬発祥の地イギリス、そしてパートII国だった香港、日本、シンガポールで開催された。
当時の香港、日本、シンガポールはパートIIの中ではかなりレベルの高い国だったため妥当なライン。

そこで飛び込んできたのがケープオブグッドホープだったのだが、なんと日本馬が圧勝。しかもあの馬が。

直線じゃなくても勝てるんだぞ。と走りで語る勝利。
コーナリングで失速しないよう、大西騎手がうまく騙して走り切った。
大西直宏騎手はサニーブライアン以来の中央GI制覇となった。最強の逃げ馬とコンビを組むと強いらしい。

デュランダルも追い込んで2着。そしてケープオブグッドホープは意地の3着。もちろんケープがスプリントチャレンジ初代王者になった。



マイルチャンピオンシップ

一方こちらはファインモーションの引退レース。
なんとこの年から国際GIになった。

国際GIなのでここにも外国馬がきた。🇬🇧ラクティという馬だ。既にチャンピオンステークスとクイーンエリザベス2世ステークス(日本で言う天皇賞(秋)と安田記念くらい格式高いレース)を制した名馬だ。

もちろんデュランダルが1人気で、ファイン、ラクティと続いた。

まさかまさかのラクティ出遅れ。そしてファインは掛かりまくり沈んだ。

そしてデュランダルは最終直線で大外に出した。
今も昔も馬場のギリ荒れてないところを上手く走る池添騎手は、一番状態のいいところを上手く突き、他馬をぶち抜いた。これでGI3勝5連続連対

たぶんこの馬は本質的にはスプリントで強かった。
でも追い込み馬という特性が邪魔して勝ち切れなかった。
京都のマイルは直線がそこそこ長い。デュランダルのためのコースだった。

この後の香港マイルでは敗れてしまったが、5着と十分な成績を残した。


これで引退のファインは札幌記念で快勝していたぶん、マイルを強要されたのが痛かった。
そのきっかけとなったアドマイヤグルーヴは、引退レースの阪神牝馬S(1600m)を意外なまでのマイル適性の高さを発揮し勝利した。
つまり「(進む道が)逆だったかもしれねェ…」ということになる。なんとも勿体ないローテだった。


高松宮記念はアドマイヤマックスが制したのだが、尺の都合で割愛。

産経大阪杯

春のスーパーGIIだけあって豪華メンバーが揃ったが、1番人気に支持されたのは7歳馬だった。

はじめてのGIはマンハッタンカフェの菊花賞。はじめての重賞制覇はシャカールを退けた2002年大阪杯。
2002年シンボリクリスエスの天皇賞(秋)以降、屈腱炎で戦線を離脱。マンハッタンカフェが同じ理由で引退を表明しようと、彼と陣営は諦めなかった。
ちょうど一年後、クリスエス連覇の天皇賞で復帰し…わずか2戦でまた屈腱炎を再発。

デビューから4年が経ち、いつものメンバーが皆ターフを去った頃、ようやくペガサスの羽は空に舞った。
3月開催の中京記念で、同じ怪我に苦しみ、それでも走り続けたメガスターダムとワンツーフィニッシュ。
そこで感覚を取り戻したサンライズペガサスは、大阪杯でも力強く羽ばたいてみせた。
しぶとく逃げるサイレントディールを追い詰め、後方から伸びるハーツクライを振り切ってゴールイン。不治の病とも呼ばれる屈腱炎を乗り越え、3年振りに同じ舞台で勝利を手にした。

ついにGIの舞台には手が届かなかったものの、同年には毎日王冠も制覇し引退。そして念願の種牡馬入りも叶った。今では孫世代がターフを駆けている。

GIに勝つだけが成功への道ではないことを、サンライズペガサスは教えてくれる。



天皇賞(春)

この年はGI馬が多数居ながらも、中距離馬がパッとしない馬ばかり。そんな中、波乱を起こした馬がいた。
馬番10番。鞍上のアンカツさん曰く、「生涯の中で最も上手く乗れたレース」をご覧あれ。

3連単190万円。大波乱の立役者はこの馬。

スズカマンボ

父 サンデーサイレンス 母父 キングマンボ

19戦4勝[4-3-2-10]

主な勝ち鞍 天皇賞(春) チャレンジカップ

主な産駒
メイショウマンボ サンビスタ メイショウダッサイ

04世代

勝ち鞍を見ての通り、競走馬としては世紀の一発屋止まりなのだが、種牡馬としては三発もぶちかましてる一流馬だ。

メイショウマンボ、サンビスタ、メイショウダッサイ。これらの馬はそれぞれ芝、ダート、障害の競馬史を語る上で絶対に欠かすことの出来ない馬だ。
特にサンビスタは化け物。またいつか解説する。

そんな馬を輩出できちゃったのだから、スズカマンボも実は相当なポテンシャルがあったのかもしれない。
天皇賞勝ててほんとよかった。



安田記念

実はマイルCSと同様、昨年から国際GIになっていたこのレース。
徐々に動き出す国際化の波。90年代のうちから外国馬を招待して負かされてを繰り返していたが、全ては国際GI化のためだった。

この年は🇭🇰香港から2頭の一流馬(と1頭の帯同馬)がやってきた。
サイレントウィットネスデビューから無敗17連勝でGI8勝の伝説的名馬だったのだが、スプリントしか走ってこなかったところをマイルに挑戦して敗北。その流れで安田記念に来た。なんでや。
ブリッシュラックはサイレントが負けたマイル戦の覇者。その組み合わせで連れてくるんだ…

一方の日本馬はデュランダルは蹄がかなり厳しい状態になったため治療に専念。
テレグノシス、ダイワメジャー、ダンスインザムードが上位人気という怖いオッズになったし、こういうことを細かく説明するということは(以下略)

大波乱です。しかも勝ったのは日本馬。
1着馬、アサクサデンエンはこんな名前で父がジャパンカップ勝ち馬シングスピール、母が英国馬ホワイトウォーターアフェア。ヴィクトワールピサの兄

2着は復帰初戦のオープン戦を5着に飛ばしたスイープトウショウ。フェアリーキングプローンは3着と立派すぎる着順。


宝塚記念

ここも荒れたのであわせてご紹介。
前年の覇者タップダンスシチーが人気を集め、対抗馬は前年の秋古馬三冠の疲れとこれからを見据えて春を休養に充てたゼンノロブロイ。

しかし勝者はまさかの…

スイープトウショウ。漢池添、渾身の雄叫び。

タップダンスシチーがハナを切らず、徐々に位置を上げていったが最後力尽き失速。
スイープにしては前の方の位置でレースを進め、見事に勝利した。
ハーツクライがえげつないスピードで追い上げたものの、クビ差残した執念。

一線級の牝馬が古馬王道GIの壁を壊した。
エアグルーヴ以来の衝撃に観客は沸いた。
そしてこの宝塚記念を皮切りに、最強牝馬達が続々名を馳せていく。

牝馬最強時代の先駆者は、スイープトウショウだった。



🇬🇧インターナショナルステークス

宝塚でまたしても3着と悪くない成績を残したゼンノロブロイ。彼は海を越えた。

さっき軽く触れたイギリス版天皇賞(秋)みたいな格式あるレースにロブロイは挑んだ。
鞍上は武豊。出走馬のレースを見て入念に対策を練ったのだが…

勝ったと思ったその瞬間、後ろから飛び込んできたのは…唯一対策を練っていなかった、まだ無名の馬だった。
エレクトロキューショニスト。電気死刑執行人と名付けられたその馬は、度々「日本馬キラー」として行く手に立ちはだかることになる。



スプリンターズステークス

季節は秋へ。例のごとくケープオブグッドホープとサイレントウィットネスが参戦したこのレース。
やはり短距離王は格が違った。

いつもなら勝ち切ってる距離からデュランダルが仕掛けても、王者は更に前にいた。

香港の英雄

Silent Witness

香港年度代表馬(2期連続)

父 El Moxie(ミスプロ系) 母父 Bureaucracy(ハイペリオン系)

29戦18勝[18-3-2-6]

主な勝ち鞍
香港短距離三冠連覇(ボーヒニアスプリントT、センテナリースプリントC、チェアマンズスプリントP) 香港スプリント連覇

02世代

香港馬特有の無名馬から生まれた名馬。
デュランダルは上がり32秒台で追い詰めたが届かなかった。

今後の活躍も期待されたが、日本からの帰国途中にインフルエンザかなんかにかかってしまい、以降連敗したまま引退した。なので実質20戦18勝だ。


天皇賞(秋) 〜天覧競馬〜

この年の天皇賞(秋)は天覧競馬だった。
1800年代末期に明治天皇が勝者にトロフィーを贈呈したことから始まった、The Emperor's Cup(帝室御賞典)。それがやがて天皇賞になり、今に至る。

そしてこの年は久々に天皇皇后両陛下がレースをご観覧になる年だったのだが…先にこれを見てほしい。

ご覧の通り、スイープは返し馬を拒否しました
ゲートは先入れでなんとか落ち着いたものの、返し馬をしないままの発走。4番人気です。気が気じゃない。

当時の天皇皇后両陛下がお見えになってる中でスイープちゃんは「ハシリタクナイ!」とそっぽを向いていたのだ。池添さんのプレッシャーは計り知れない。

レースはタップダンスシチーが逃げるのかと思いきや逃げなかった。ストーミーカフェが作り出す激遅ペースに後方の馬は苦戦を強いられる。

1000m通過が1:02.4。(平均は1分ジャスト)
スローペースの中、最後の直線で先行馬ダンスインザムードが先頭に立ったが、1番人気ロブロイがしぶとく追い詰める。これは勝ったかと思いきや、内で何かが伸びる。なんとなんと単勝14番人気の大波乱となった。

ヘヴンリーロマンス

父 サンデーサイレンス 母父 サドラーズウェルズ

33戦8勝[8-8-3-14]

主な勝ち鞍 天皇賞(秋) 札幌記念 阪神牝馬S

主な産駒 アウォーディー ラニ

03世代

またしても牝馬。完全に時代が変わった。
そしてレース後のウイニングランで、日本競馬史に残る美しい光景がカメラに写った。

天皇皇后両陛下に深々と最敬礼をするミッキーこと松永幹夫騎手。ポンポンと叩くと軽くおじきをしたヘヴンリーロマンス。

実は、このレースは「勝ち馬の鞍上は陛下に最敬礼を」というお達しが来ていた。
だが、ヘヴンリーロマンスはかなり気性が荒いためそう簡単に立ち止まれない。なのでミッキーさんは「今日勝っちゃったらどうしよう」と思っていたらしい。
だが、いつになく落ち着いていたヘヴンリーは素直に立ち止まってくれた。

深々と馬上礼をしたミッキー。その感動は数年後の天覧競馬でのデムさんに受け継がれていく。



ジャパンカップ

ジャパンカップは上位人気が全て外国人騎手に吸い取られた。
デザーモのゼンノロブロイ、ルメールのハーツクライ、デットーリのアルカセット、割って入る横山典弘と3歳馬アドマイヤジャパン、ファロンとウィジャボード、ジレとバゴ。

アルカセットはサンクルー大賞しか大きいとこは勝ててなかったものの、どんなレースでも崩れない抜群の安定感が売りだった。外国版ゼンノロブロイ。
ウィジャボードはヨーロッパの年度代表馬で、この時点で既にGI3勝の名牝。(7勝して引退する)
バゴは凱旋門賞馬でクロノジェネシスとステラヴェローチェの父だ。

そんなレースを制したのは…

アルカセットだった。
ロブロイとのデットヒートに耐え、強襲するハーツクライも交わしてゴール。

勝ったのはデットーリ。ルメさんまた2着。
乗り替わりが激しいアルカセットを唯一GI勝利に導いていたのがデットーリ。ロブロイでいうペリエのような存在だったのだろう。

父がキングマンボ(エルコン、キンカメと同じ)だったこともあり日本で種牡馬入りしたものの、活躍馬は全く出せず。

そして、これが最後の外国調教馬のジャパンカップ勝利になった
2006年から21年まで、外国馬が勝つどころか掲示板入りがやっとになっている。
日本馬のレベルの向上か、芝の変化か。



マイルチャンピオンシップ

香港マイルのせいか、国外からは誰も来なかった。
日本馬最強決定戦になったこのレース。

6歳馬デュランダルはこのレースで引退を発表。
引退効果もあって単勝は1.5倍。
しかし、この年は前が止まらなかった。

上がり最速をマークしたものの、馬群に沈んだデュランダル。スプリンターズSの疲れもあったのかもしれない。
上位がほぼ先行勢の中、ただ1頭だけ後方からぶち抜いた馬がいた。

ペリエ騎乗のその馬は、中2週の強行ローテで国外へ飛び立った。



🇭🇰香港マイル

ブリッシュラックやラクティ、アサクサデンエンらも出走した舞台で、彼は鬼脚を炸裂させた。

まさに弾丸のような末脚。2度目のGI制覇。
その馬の名は…

弾丸ストライカー

ハットトリック

父 サンデーサイレンス 母父 ロストコード

21戦8勝[8-0-0-13]

主な勝ち鞍 マイルCS 🇭🇰香港マイル

主な産駒 🇫🇷ダビルシム 🇧🇷マカダミアetc

04世代

オリビエ・ペリエに導かれ、堂々とアジアの頂点に立ったエースストライカー。

ハットトリックって名前のくせにGI2つしか取れてないやん!などと嘲笑することなかれ。
彼は引退後の一発が一番デカかったのだ。

引退後はアメリカから種牡馬オファーがあり、国外に飛んだ。そんでなんやかんやでブラジルに行ったりなんかしたりしつつ…
アメリカ、フランス、アルゼンチン、ブラジルでGIを勝つ馬が誕生。
国産馬で種牡馬として4つのパートI国でGIを勝った馬は、ディープインパクト、ハーツクライ、ハットトリックしかいない。(個人調べなので他にいたら教えて)

パートII国だがトルコではハットトリックのサイアーラインが繋がっており、孫世代がダービーで勝ったりしてるらしい。すごい。


そして、このレースで3着になった馬はその年の桜花賞馬だった。ここからはその馬たちの話だ。


衝撃の始まり

ここまで読み進めて、今の競馬を好きな方ならなんとなく「今でもよく見る勝負服の馬が増えたな」とか「ハットトリックの勝負服ってもしかしてエフフォーリアと同じ?」と気付いた方もいるかもしれない。

実は、前回あたりから日本競馬が大きく変わった。
ノーザンファームが猛威を振るい始めた。
前回紹介した3歳GIの勝ち馬のうち、デルタブルースとキンカメがノーザン生産馬だ。

今までノーザンの生産馬はセリで売却したり庭先取引とかで個人馬主(エアとかアドマイヤとか)のもとへ渡ることがほとんどだったが、なんやかんやあってノーザンファーム代表の吉田勝己氏は傘下のクラブ法人、サンデーレーシングキャロットファームの強化に踏み込む。今まで社台レースホース一強だったクラブ法人に新たな風が吹く。

シルクとG1は置いといて、これがサンデーR、キャロットF、社台RHの勝負服です。これから嫌というほど出てきます

ノーザンFと社台Fは同グループでありながら、クラシックを勝つための馬をライバルとして生産し続ける。そこに中小牧場の付け入る隙は無い。社台の時代、クラブ法人の時代が始まってしまった。

これから名前が出てくる3歳馬は、全てノーザンファームか社台ファーム生産馬だ。



2005年クラシック。一昨年のネオユニとエイシンチャンプで苦悩した福永Jはかしこい選択をする。

ネオユニの瀬戸口厩舎からまたしても期待馬が出たため、福永騎手が乗っていた。
しかしもう1頭、角居厩舎のすごい馬の騎乗依頼を受け、無敗で勝ち上がってきちゃったため、桜花賞でまた二者択一を迫られてしまった。
先約だった瀬戸口厩舎の馬に乗ることになった福永騎手。これが幸運だった。


桜花賞

瀬戸口厩舎の期待馬は、「あまり本番に直結しない」と言われるトライアルレース、フィリーズレビューから桜花賞に臨んだ。これには理由があるが、とりあえず先に桜花賞から見ていこう。

モンローブロンドが逃げ粘ってるところをラインクラフトが早めに抜け出し捉える。しかし負けじと追走するデアリングハート。そして後ろからえげつない脚で襲いかかるシーザリオだが、アタマ差残してゴール。

勝ったのは福永祐一とラインクラフトだった。
(魔法使いの杖みたいな流星がかっこいい)

ラインクラフトはスイープトウショウと同じエンドスウィープ産駒。次回ももう1頭エンドスウィープ産駒が出てくる。
エンドスウィープはかなり優秀な種牡馬だったが、2002年に早世しちゃったため、次回取り上げる馬がラストクロップ。生きてたらサンデーサイレンス地獄もある程度緩和されてたかもしれない。

3着デアリングハートデアリングタクトの祖母
この馬もまたサンデーの子だった。



NHKマイルカップ

桜花賞の後、福永騎手は瀬戸口先生に「ラインクラフトはマイルが向いてるから桜花賞→NHKマイルに行かせてほしい」と提言した。
当時から調教師的目線で馬を見ていた福永騎手だから出てきた発言だ。

これがすんなり受け入れられ、見事桜花賞、NHKマイル、オークスで有力馬の乗鞍を確保。
そしてこの年、福永騎手はGIを6勝する。今回の記事ではさっきのラインクラフト含め4勝を取り上げる。


桜花賞を制したラインクラフトは、さらなる高みへ向かう。1番人気は朝日杯3着の素質馬ペールギュント。
しかしここでも彼女は衝撃の競馬を見せる。

内ですっと伸びて、後は特に鞭も入れず突き放すだけ。3歳牝馬とは思えない、衝撃の走りだった。

開拓者

ラインクラフト

父エンドスウィープ 母父 サンデーサイレンス

13戦6勝[6-3-2-2]

主な勝ち鞍 変則二冠(桜花賞&NHKマイル) 阪神牝馬S

05世代

史上初の、変則二冠牝馬誕生の瞬間だった。

NHKマイルというレースは、外国産馬のためのダービーとして作られた。タイキシャトルやクロフネなど、名だたる「外国産馬が」歴史を紡いできた。
その壁を壊したのがキングカメハメハであり、その上に新たなる時代を拓いたのがラインクラフトだ。

3歳の牝馬が、馬の実力が顕著に出るマイルという距離のレースで牡馬を抑えて1位に輝いたこと。
そして、この馬の牝系が、数十年に渡って社台グループが育ててきた牝系であったこと。

つまり、牝馬の時代の到来。ならびに、内国産馬の時代の到来
すなわち、日本競馬のレベルの大幅な向上
日本競馬は世界に追い付こうとしていた。

それを裏付けるように、彼女の最大のライバルが伝説をつくる。




オークス

ここは勿論シーザリオが圧倒的1番人気。
桜花賞であんだけ詰め寄った1着馬&3着馬。それがNHKマイルでワンツー決めてるんだからとんでもなくレベル高かったんじゃ?と見られてたし、実際そう。

だが、ライバルも負けちゃいない。

2番人気はエアメサイア。武豊大好き伊藤厩舎の馬なのでもちろん武さん騎乗。激戦の桜花賞を4着してるので力はある。あとは展開さえ向けば。

そして、3番人気がこのレースの肝となる馬だった。

善戦女王

ディアデラノビア

父 サンデーサイレンス 母 ポトリザリス

25戦5勝[5-1-7-12]

主な勝ち鞍 フローラS 京都牝馬S 愛知杯
重賞5戦連続3着記録保持者

主な産駒 ディアデラマドレ ドレッドノータス

05世代

なんでラインクラフトがフィリーズレビューに出て、シーザリオがフラワーカップに出たのか。
答えは、この馬がチューリップ賞に出たから。

エアメサイアはデビュー当時かなり期待されており、デビュー戦勝利後、重賞には出ず、1勝クラスのレースをしっかり勝ってから重賞に備えようとしていた。
そこでメサイアをすごい末脚で2馬身ちぎったのが、アンカツ騎乗、角居厩舎のディアデラノビアだった。
これに有力馬陣営も怯え、彼女が出走予定のチューリップ賞を回避したのだろう。

だったのだが…
チューリップ賞は単勝1.5倍背負ってズタボロに負けてしまう。完全に位置取りミスだった。

なんとしてでも桜花賞に出したかった角居さんは無理やり連闘でフィリーズレビューに出したが、4着でギリギリ出走権取れず。
アンカツから武豊に乗り替わりのオークストライアルのフローラSは勝ち、今度はアメリカのデザーモ騎手を背に臨戦態勢を整えた。

レースは上位3頭の一騎討ちとなった。
しかし最後に輝いたのは黒き女王シーザリオと福永祐一だった。
上がり3F、33.3秒。恐ろしい末脚。
これでは他馬は追い付けない。


同じく角居厩舎のディアデラノビアは3着。ここからの活躍も期待されたが、以降は女ナイスネイチャになってしまう。ライバルが二冠馬なとこまで同じ。
こうなった理由は血統背景が大きいんじゃないかと見ている。実はこの馬、母親がアルゼンチン産馬だ。

↑でも書いた通り、社台グループは選りすぐりの早熟で優秀なアルゼンチン牝馬を買い取っていくため、産駒も早熟になりやすい。
だからこの馬の相対的な能力のピークは、2歳〜3歳時の冬だったのかもしれない。もしももっと早くデビューできていて、阪神JFに出られていたら変わってたのかもしれない。
(娘も2歳時に骨折して出られてないし、孫もデビュー遅れてるからなんとも言えないけど)


🇺🇸アメリカンオークス

オークスが終わり、女王シーザリオは二冠を目指すため秋華賞…ではなく、アメリカンオークスに舵を切る。
アメリカンオークスについては前回超雑に触れたが、ダンスインザムードが2着になったアメリカの芝GIだ。アメリカの芝路線はレベルが高くないとはいえ、パートI国のGIのため世界的に評価される。

ここで生まれたのが伝説の実況。
シーザリオの代名詞だ。
そして彼女は、二つの国の女王となった。

SUPERSTAR

シーザリオ

父 スペシャルウィーク 母父 サドラーズウェルズ

6戦5勝[5-1-0-0]

主な勝ち鞍 オークス 🇺🇸アメリカンオークス招待

主な産駒
エピファネイア サートゥルナーリア リオンディーズ

05世代

ジャパニーズ!!!スーパースター!!!セイッッッザリォォォォォゥ!!!
父スペシャルウィークが日本総大将になってから6年。今度は娘がジャパニーズスーパースターになった。

日本馬史上唯一のオークス二冠
後にも先にも得られないであろう勲章を手に入れ、シーザリオは…
繋靭帯炎を発症してしまった………

福永自身、「どの国に行っても勝てる自信がある」と語ったほどの強さだっただけに、惜しい引退だった。
アメリカンオークス制覇後、現地の方に「BCフィリー&メアターフに出走する予定はあるのかい?」としきりに聞かれたという。このレースは牝馬版ジャパンカップみたいなレースで、芝の最強牝馬はここで決まる。
この年のBCフィリーはウィジャボードに、グラスワンダーの全妹ワンダーアゲインなどが出走し、次回紹介するレイルリンクの叔母にあたるインターコンチネンタルが、姉のバンクスヒルと同レース姉妹制覇を成し遂げた。シーザリオにも勝機はあった。
そうなったらラヴズオンリーユーより遥かに前に日本馬がBCを制覇できていた。今の競馬も変わっていたかもしれない。

でもシーザリオが引退して産んだ子たちが無双しちゃってるから元取れてるどころの騒ぎではない。


ちなみにこのアメリカンオークス、1着シーザリオがエピファネイアリオンディーズサートゥルナーリアの母でオーソリティの祖母。3着シンハリーズはシンハライトの母、9着イスラコジーンはイスラボニータの母、11着シルクアンドスカーレットはエイシンアポロンの母
全部このシリーズで取り上げる予定の名馬なだけに凄さが際立つ。

2着メリョールアインダも産駒が日本で走っており、7着シルヴァーカップは日本でオープン馬を3頭も出してる優秀な繁殖牝馬だ。
そういう意味でも日本競馬史に残る伝説の一戦なのかもしれない。



秋華賞

ついに人気が逆転した。
シーザリオのいない牝馬クラシック。前哨戦のローズステークスでのラインクラフトの惜敗。
ついにメサイアの出番がきた。

セーフティーリードでもって粘りに粘るラインクラフト。しかしサンデー産駒特有のキレでグンと伸びるエアメサイア。

ラインクラフトとエアメサイアの叩き合い。
クビ差の死闘の果て、なんとか掴んだ秋の華。
決死の末脚が栄光を導いた。

エアメサイア

父 サンデーサイレンス 母 エアデジャヴー
母父 ノーザンテースト 叔父 エアシャカール

12戦4勝[4-4-2-2]

主な勝ち鞍 秋華賞 ローズステークス

主な産駒 エアスピネル

05世代

シーザリオに主役を奪われ、(色んな意味で)先にゴールされ評価が確定してしまった今、勝てるのはもう一頭のライバル、ラインクラフトだけだった。

史上初の変則三冠を打ち砕く、執念の末脚。そして…

10年後の朝日杯。終わらない戦い、付かなかった決着の結末は、子供達に受け継がれていく…。



エリザベス女王杯

ご覧の通り今世代の牝馬はレベルがアホみたいに高かったため、このレースでもメサイアが1番人気。鞍上は武豊のまま。
そしてアドマイヤグルーヴは初期のサイレンススズカに乗ってた上村騎手に乗り替わりとなった。
レース前からご覧いただこう。

気性難と呼ばれる馬のほとんどは、レース中の前進気勢が凄すぎて騎手の抑えが効かない。イナリワンやサイレンススズカなどがそのタイプだ。

だが、スイープはそうではない。不動系気性難。嫌な事があるとてこでも動かないが、一度レースに出たら従順に動いてくれる。
つまり、スイープトウショウがすんなりゲート入りできたら勝つに決まっている。

メサイアは届かない。アドグルも決め手に欠ける。
それこそオークスのシーザリオを彷彿とさせるような異次元の末脚だった。なんと、上がり33.2秒

これからの時代の女王はスイープと決まったようなものだったが…
翌年の春シーズンに向けての調教中に、骨折してしまいました………

ここ数年で馬場造園の技術が上がり、明らかにスピードが出やすい芝になっている。それに対して馬の調教やケアの技術が追い付いていなかった。
この時期の名馬、やたらと苦難に苛まれがち。

とはいえスイープは翌年もまた元気に戻ってくるし、レース発走時間を大幅に遅らせるお茶目な部分も見せてくれる。お楽しみに。


英雄譚

今回はここからは本番。日本競馬をたった一頭で背負うほどの名馬のお話。


日本競馬を変えるヒーローは、唐突に現れた。

その馬は目立たない馬だった。
子供の頃はノーザンファームにて、シーザリオ、ラインクラフト、GI7勝馬カネヒキリ、GI9勝馬ヴァーミリアンらの陰に隠れ、関係者が期待を寄せるまでには至らなかった。

しかし、本格的な調教が始まると話が変わった。
どんなに緩く追っても、陣営が想定したタイムを軽く上回ってくるのだ。それも、疲れた素振りを一切見せず。
そして、後に手綱をとる武豊が初めて乗った後、調教助手にこう言った。
この馬、ちょっとやばいかも


小柄な体型や繊細な性格を不安視しラジオたんぱ杯は目指さず、年明け3歳になってからデビューさせた。
デビュー戦、調教助手は「あまり派手に勝たせないでくれ」と言った。疲れを残したくないからだ。
もちろん、豊さん本人もそのつもりだった。

そのつもりで、こんな勝ち方をしてしまった。
鞭一つ入れぬまま。
そして、ゴール後も彼はケロッとしていた。


この新馬戦を同じ舞台で見ていた騎手がいた。
いつも通りレース後に地下馬道へ引き上げるアンカツさん。その途中で見た豊さんの表情が印象に残っているという。

実際、武豊オフィシャルサイトのブログでも豊さんはデビュー前から「この馬すごいですよ」と何度も宣伝している。こんなのは後にも先にもこの馬だけ。それほどの期待がこもっていたのだろう。



そして2戦目、軽い放牧を挟んで迎えた若駒ステークス
オープン戦だが、1勝クラスを飛ばしての参戦だ。自己条件ではない。それでも、単勝1.1倍の圧倒的支持を受けての出走となった。


このシリーズを書くにあたって、色々なレース映像を見た。直近の年度で言えばシンボリクリスエスの有馬記念なんかは衝撃のレースだ。でも、それでも。

中央競馬の全レース、どのレースを見ても、これ以上の衝撃を与えるレースは未来永劫無いのではないかと思ってしまう。

その名の通り、“衝撃”の末脚

日本競馬暗黒期に現れ、突如として伝説となり、僅か2年でターフを去った後も、今なお歴史を刻み続けるその馬を、鞍上の武はこう呼んだ。

英雄

ディープインパクト

JRA顕彰馬

父 サンデーサイレンス 母 ウインドインハーヘア

14戦12勝[12-1-1-0]

主な勝ち鞍
無敗三冠 春秋グランプリ ジャパンC 天皇賞(春)
阪神大賞典 神戸新聞杯 弥生賞 若駒ステークス

2012〜2021日本リーディングサイアー
主な産駒
ジェンティルドンナ グランアレグリア コントレイル
サトノダイヤモンド シャフリヤール エイシンヒカリ
ハープスター アルアイン フィエールマン ヴィブロス
ラヴズオンリーユー シルバーステート ヴィルシーナ
マリアライト ミッキークイーン リアルスティール
ダノンキングリー グローリーヴェイズ ワグネリアン
レイパパレ 🇮🇪スノーフォール 🇮🇪サクソンウォリアー
マカヒキ キラーアビリティ リアルインパクト キズナ
アスクビクターモア 🇮🇪オーギュストロダン ポタジェ
ダノンバラード 🇫🇷スタディオブマン 🇦🇺プロフォンド
他多数
孫世代(父の父としての主な産駒)
ソングライン アカイイト ラウダシオン ピンハイ ハピメイケイエール ディープボンド ファインルージュ
母父としての主な産駒
キセキ ジェラルディーナ ステラヴェローチェ他多数

05世代

いつもこのプロフはだいたいすっきりした感じで終わるのだが、ディープの場合は残したものが多すぎてすごい気持ち悪いことになってしまっている。

普段は主な産駒のところはGI馬全頭と一部の善戦マンやアイドルホースを書き連ねているのだが、今回は多すぎるため、一部GI馬を省略している
全頭見たい方はwikiでどうぞ。多すぎて狂う。



とんでもない末脚を使って勝ってしまったディープインパクトは、マスコミから過度な期待をかけられるようになってしまう。
勝つ事は当たり前。次はどれほどの着差を広げるか。

たった2戦で伝説になってしまったが故に、弥生賞のレース後の空気は、「これからへの期待」ではなく「物足りなさ」が渦巻いていた。

3歳春までのレースは(というかそれ以外のレースにも言えるが)「競馬を覚えさせるために競馬をしているレース」が多い。

口向きの悪さを矯正して〜とか、詰め寄られたらビビって掛かっちゃうのをなんとか耐えさせて〜とか、そういうトライアンドエラーの連続で競馬は成り立っている。

見てる側は「思ったより着差付かんやん、こいつ弱いな」と言えるが、それは陣営が「今後の勝ち筋を増やすために今回は」と試した上での結果かもしれない。

弥生賞レース後のインタビューの記者の雰囲気を見て、武豊は軽くキレた。オブラートに包みながらも「勝ったんだからいいだろうが」という旨の発言をした。ごもっともだ。


しかしディープインパクトを語る上で、この弥生賞が「最も微妙な勝ち方をしたレース」であることは否定できない。全レース見たあとだと「これほんとにディープか?」と思う。

だからこそ、現在の弥生賞の正式名称が「報知杯弥生賞ディープインパクト記念」になってるのがマジで理解できない。
これは馬主の金子さんすらも首を傾げてるらしい。
なにやら今のJRAのお偉いさんがディープ大好き人間だからこうなったとか。
(フジテレビ賞スプリングSオルフェーヴル記念、東京スポーツ杯2歳Sコントレイル記念も待っとるで)




クラシック三冠

皐月賞
弥生賞の勝ち方が勝ち方だっただけに、「ディープインパクトが負けるならここだろう」とレース前は言われていた。
それでも単勝1.3倍。支持率はトキノミノルに次ぐ歴代2位だったらしい。トキノミノルすごい。

朝日杯勝ち馬や弥生賞2着馬も出走していたのだが、その中でもディープは堂々とレースを進めた。

4コーナーを回る時、ディープインパクトのレースで初めて鞭が入った
手応えが無くなったから鞭を入れたらちゃんと走ったという。

ゴールインの数秒前まで他馬が前にいた。
そこから2馬身半突き放している。最後の100mだけで2馬身半だ。驚異的な加速力。
ここがディープインパクトの走りの特異点。



ウマ娘ファンのために分かりやすく説明すると、アストンマーチャンとゴルシは対照的な走りをしている。

マーチャンはピッチ走法といって、ストライドは短く、脚の回転数が速い。だからコーナリングが上手いし、泥だらけの馬場でも脚が沈みにくいから強い。
マーチャンはコーナリングが急な中山競馬場のスプリンターズステークスを不良馬場で勝っている。

一方のゴルシはストライドがデカい。ストライド走法または大跳びと呼ばれるこれは、スピードの出やすく、とにかく走りやすい馬場だと強い走方。
だからゴルシは日本でGI6勝したけど凱旋門賞は参加賞で帰ってきたし、ピッチ走法のオルフェーヴルやナカヤマフェスタは2着まで辿り着いた。

じゃあディープはどちらかと問われると、どっちもなのだ。
ディープはストライドがデカい。小柄な馬なのに並の馬よりデカい。並の馬が一完歩(1ストライド)で平均7m走るところを7.5m走るらしい。なのにディープは滞空時間も平均より0.01秒短いそう。

つまりディープはピッチ寄り大跳び走法ということになる(はず)。
そうなると弥生賞でああなったのもなんとなく理解できる。


レースの話をすると、2着馬は12番人気のシックスセンス。大荒れだった。
シックスセンスは今回名前を挙げた05世代の中で唯一社台ファーム、ノーザンファーム生産馬ではないが、追分ファーム(ゼンノロブロイが生まれたとこ)っていう社台グループの牧場生まれなので似たようなもの。この馬も後に活躍する。



最大の難関をくぐり抜け、いよいよダービーへ。
この異次元の走りを見てほしい。

佐藤哲三が御すスペシャルウィーク産駒、インティライミも完璧なレースをしている。例年なら勝ってる。

それでも全く相手にならない。ナリタブライアン、スペシャルウィーク以来の5馬身差圧勝
シーザリオのオークスと全く同じ、上がり33.4秒
そしてタイムは、2:23.3

キングカメハメハのダービーと同じタイムであり、シーザリオのオークス走破タイムより5秒速かった

シックスセンスは3着に入り、皐月賞がまぐれでは無いことを証明したが、そんなことは勝者の前では無力すぎた。

1951 トキノミノル
1960 コダマ
1984 シンボリルドルフ
1991 トウカイテイオー
1992 ミホノブルボン
2005 ディープインパクト

史上6頭目無敗牡馬二冠馬誕生の瞬間だった。



長期放牧を終え、秋の阪神。
暫定三冠馬の鞍上にとって最も嫌なレースが神戸新聞杯だ。GIでもないのにここで負けたらとんでもない事になるというプレッシャーがかかるから。(ブライアンも菊花賞を前に負けてとんでもないことになった)

とはいえディープは軽く勝利。当時の神戸新聞杯は2000mでトウショウボーイが記録したレコードが30年近く破られていなかったのだが、ディープが一気に0.5秒更新。三冠への期待がますます高まった。



菊花賞

最後の一冠はダービー2着のインティライミが裂蹄で秋全休になったため、ますます一強ムードが強くなっていた。

この頃にはJRAが調子に乗り始めていた。
まだ勝ってもないのに「めざせ三冠!!ディープインパクト号弁当」なんて弁当を場内で発売しだしたり、やたらと公式がディープをプッシュしていた。まるで勝つのが予定調和かのように。
他馬の陣営は何を思っていたのだろう。

単勝は1.0倍勝っても元返し
今後二度と起こらない出来事だ。

そして、武豊は過去最高の緊張に襲われていた。
「負けてはいけない雰囲気」が漂っていたからだ。
もちろんディープは強い馬で、まともに走れば勝てる。それは間違いない。しかし彼は競馬に絶対が無いことを誰より知っている。
天皇賞(秋)でメジロマックイーンが降着処分を受けたこと。その記憶がフラッシュバックする。

そしてゲートが開いた。

ディープはスタートを上手く出た。“出てしまった”といった方が正しい。
このレースは初めてディープの脆さが出た。
走る事が好きすぎること、そして賢すぎること。

ディープは走り出したら止められない。ディープに鞭を入れるのは檄を入れるのではなく、「もう全力で走っていいぞ」の合図だったという。それくらい走る事が好きだった。今回は普段は下手なスタートを上手く出てしまったため、前に前に行こうとしてしまった。

そして、賢い馬特有の「ゴール板を覚えて掛かってしまう」ところ。
菊花賞は長距離レース。ゴール板を通過してもう一周回ってくる。でもディープは1周目のゴール板をゴールと勘違いし、掛かってしまった。

しかしそこは菊花賞3勝、天皇賞(春)5勝ジョッキー。
馬群に無理やりねじ込んで「まだだぞ」と折り合いをつけた。
そして最後の4コーナーで鞭を1発。
そこからの伸びは凄まじかったが、やっぱり負けた時の不安がデカいのか、何回か鞭を入れている。

上がりタイムは33.3秒
なんでダービーより速いのか全く理解できないし、とにかく強すぎる勝ち方だった。

2馬身突き放し勝利。
史上二頭目の無敗三冠馬となった。
武豊はルドルフの岡部騎手に倣い、馬上で大きく3本指を掲げたのだった。

世界のホースマンよ見てくれ!これが、日本近代競馬の結晶だ!

馬場鉄志

そんな実況が高らかに響き渡る。1頭の冴えないサラブレッドは、僅か1年で日本競馬の夢になった。



有馬記念

ディープの次走はここに決まった。

数十年に一頭の英雄を1度見ようと、90年代の競馬全盛期ばりの盛況となった中山競馬場。
香港ヴァーズで同期のシックスセンスが2着(しかも1着はウィジャボード)になった事もあり、ディープの強さは圧倒的なものであると証明された。

古馬との戦いは初なのに、それでも単勝1.3倍。

2番人気は今回で引退が決まっている、デザーモのゼンノロブロイ。3番人気はペリエのデルタブルース、4番人気はルメールのハーツクライ
もう外国人騎手にでも頼らない限りディープには勝てないんじゃね、という思考回路なのだろう。

それが正しいことを証明する結果になるとは、誰も思ってもみなかった。

その馬は、伝説に触れた。
無敗四冠馬誕生の瞬間を、自らの手で塗り替えた。

神域に触れる者

ハーツクライ

父 サンデーサイレンス 母父 トニービン

主な勝ち鞍 有馬記念 🇦🇪ドバイシーマクラシック

主な産駒
リスグラシュー ジャスタウェイ スワーヴリチャード
シュヴァルグラン ドウデュース ヌーヴォレコルト
アドマイヤラクティ ワンアンドオンリー サリオス
ウインバリアシオン カレンミロティック 🇺🇸ヨシダ
ダノンベルーガ ノットゥルノ タイムフライヤー

母父としての主な産駒 エフフォーリア

04世代

ディープはまたしても出遅れ後方から。
そしてこの日はハーツクライが先行策に打って出た
これはクリストフ・ルメール伝家の宝刀。
強い差し馬を無理やり前方で折り合い付けて脚を溜めさせ、そこから直線で引き離しにかかるという、後にグランアレグリアなどでも試した戦法だ。
この時はシンボリルドルフのレースを参考に研究したらしい。

ディープは直線に向いてから末脚を解放させた。
それでも覚醒したハーツクライには届かなかった。


ディープインパクトはこれから古馬GIを無双するため、無敵だと思われがちだ。
だが、ディープインパクト、キングカメハメハ、ハーツクライの三頭の能力値は、あるいはスペシャルウィーク、エルコンドルパサー、グラスワンダーのように拮抗していたように思う。

このレースはたまたまその歯車がカチッとハマり、ハーツが伝説を塗り替えた。
しかし、ゴール直後のどよめきは、ハーツの勝利でなく、ディープの敗北に対するそれだった。

ディープインパクトは完璧な馬ではない。
それでも、これだけの人を魅了する名馬で、勝つ時はとんでもなく強い馬だったことに疑いの余地はない。

だが、ハーツクライも同時に偉業を成し遂げた名馬であったということを、今回と次回の記事で解説していきたいと思う。


あとがき

ディープ回なのに他がめちゃくちゃ長くなってしまった。

ハーツクライを「神域に触れる者」なんて厨二な煽り文句付けましたが、産駒もみんな触れてるんですよね、神の領域に。アーモンドアイを倒したリスグラシューとか、キタサンブラックを倒したシュヴァルグランとか、ジェンティルドンナを倒したジャスタウェイとか。ハーツ産駒は最強馬キラー。覚えておきましょう。

そして次回はもうディープが引退する予定です。はやいね。でもディープ以外が活発すぎてまた文字数超過しそう。
土日使って読んでください…許して…
追記:間にもう一回挟むことになりました

それでは。


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