冷えていく
文字に対する圧倒的な信頼が世界に膜をかぶせているように思う。
「文字」「圧倒的」「信頼」「世界」という単語を目にして、それぞれに抱くイメージを疑わぬままに受け入れてしまう。海に「うみ」という名前をつけて、愛おしい立ち振舞いを「かわいい」と形容するとき、その海は死に、あの愛しさは消滅する。すべての海の最大公約数としての「うみ」は実態を持たぬ無色透明無味無臭の海である。
文字である「波」はこの世界のあらゆる波を包括するが、その波自体を指し示すことは永遠にできない。そのため「何度も同じことを繰り返し書く」しかないのだ。繰り返し「波」を書き綴ることでその波の姿は消えてしまうのだろう。
文字文化によって、「歓び」も「智慧」も記号の後ろに隠れてしまった。そして我々は次第に対象を細部まで観察するための五感を衰退させてしまったのかもしれない。
言葉で語ることで、その余剰を剥ぎ取って殺してしまえる。血生臭いなと思う。
丁寧に慎重に言葉を紡ぎたい、でも文字は記号で、「 愛 し て る 」は音だから、あなたのこと、いつまでたっても愛せない。
2020年 夏
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