エッセイ|「怪物」
どんどん!
またあの地下室だ。昔からあそこには化け物が棲みついていて、時々暴れてうるさかったのが、最近どうやら激しくなっている。
とうとうここも、もう厳しいか...
どんどん!
俺はこの化け物に心底恐れている。しかしそいつから離れてどこかへ行くことはできないで、少しでもそいつから意識を遠のけようと部屋を転々とするだけでいる。
部屋は無数にあって、大体どこも同じ様相を呈しているんだけれど、少しずつ違う。例えば鏡があったりなかったり、女がいたりいなかったり、南向きだったり西向きだったりする。
どんどん!
俺が化け物の存在に初めて気づいたのは、銀色の柵がある晴れた部屋にいた時だった。その時は今のように暴れていることはなかったのだが、直感で「いる」と気づいた。気づいてしまってからそれは少しずつ大きくなってきたのだ。
どんどん!
俺は実は、その化け物の正体にはとっくに気づいていた。その化け物は、随時発生する反対側の俺だ。俺が何かを肯定するたび、あるいは何かを好きだと言うたび、いや、もはや何か口にするたび、存在するたび、
どんどん!
その反対側があることを忘れるな、と叫ぶのだ。
正義は裏返った悪だ。
何かを好きということは、同時にそうでない何かを好きでないと主張することになるが、それは事実ではない。事実は、あらゆるものが好きなのであり、嫌いなのだ。正しくもあり、間違ってもいるのだ。全ては相対的なものなのだ。
しかし...その存在に食われるということは、俺もまたその化け物を食うということに他ならない。なぜならば、食うという行動と同時に食われるという現象が起こらなければならないからだ。
それはすなわち消滅を意味し、同時に維持か、あるいは生誕を意味する。
それが一体どういうことなのか。
化け物が静かになった。
そうか、俺は諦めたんだ。流れ続ける時間の中で、自分がたった1人であるということを受け入れてしまったのだ。
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